第8話反乱決意

 __ドミネクレイム城、宰相の政務室。


 政務室に入って、右手の扉を開けると、窓も無い、貴族が使うにはやや手狭な小部屋がある。

その代わり、強力な魔法で防護されており、魔法による盗聴や透視といった行為を防ぐことができる。

部屋の中央には丸テーブルが置かれ、段差もなく、全く同じ装飾の椅子が三つあり、三人の男が、上から見ると正三角形を描く様に座っていた。

 これは、この三人の男達に身分や立場などに差がなく、三人が対等である事を表している。


 三人の内、一人はこの部屋の主、帝国宰相クラース・スキーマ・エネル。

事実上、帝国の実権を握っているこの男と、対等の立場の残りの二人。

帝国で、クラースと共に『三大貴族』と呼ばれている男達だ。


 一人は三十代半ばで、長く艶のあるストレートの黒髪を後ろで結んでいて、『着物』と呼ばれるエリストエルフの民族衣装を身にまとった男。


三大貴族のトウジン家の現当主、トウジン・ミタツ・マサノリ。


 トウジン家は、元は東方で『トウショウジン』という名の国の王だった。

エリストエルフの国、アマノニダイと交流があり、ドネレイム帝国の建国に協力しただけでなく、アマノニダイからの協力を取付け、魔法技術の発展に貢献した。

 長年エリストエルフと交流があったため、固有の文化があるのが特徴的だ。

そして、帝国への貢献度が高いため、他の併合された国とは違い、その文化は消えることなく帝国に残っている。

 例えば、着物といった衣装から、姓と名が逆といった文化まで帝国に残っている。

 トウジン家は、エルフとの交流の成功という実績もあって、代々、軍の総督の地位に就くだけではなく、外交の最高責任者にもなっている。


 もう一人は、白髪のアイビーカットで、服装も白を基調としていて、清潔感とスポーティーな雰囲気のある若々しい男だ。

実際、年も三十手前で、三人の中で一番若い。


三大貴族のガロンド家の現当主、フェンダー・ブロス・ガロンド。


 ガロンド家も、帝国建国前は一国の王だった。

前魔王大戦時、魔王軍と隣接した国であったため、最も被害を受けて死に体となっていた。

だが、帝国初代皇帝が協力したことにより、魔族からの支配を逃れ、帝国の建国メンバーとして迎えられることになった。

当時のガロンド王は、ほぼ死に体だった自国を救ってくれた事と、対等の立場で帝国に迎えてくれたことに恩を感じ、皇帝に絶対の忠誠を誓った。

そして、ガロンド家は代々近衛師団長として、皇帝の近衛を務めている。


 この三人が、皇帝を除けば帝国のトップ。実質、帝国を動かしている者達である。


「大丈夫なのでしょうか?あの者で」


 フェンダーは、自身が感じた疑問をそのまま口にした。

この作戦をオーマに任せた意図について、深く考えていない未熟なことを証明しているが、クラースとマサノリは気にしない。

フェンダーが一番若いというのもあるが、ガロンド家の役目は皇族の守護で、政治にも軍事にもあまり係わっていないからだ。

公の場でなければ、二人ともフェンダーの未熟な発言を咎めたりはしない。


「大丈夫であろう。あ奴も馬鹿ではない。成功させねば自身の身が危ういことに気付き、必死にやるだろう」


 クラースの意図を薄々理解しているマサノリだが、しっかり説明はせず、世間話のノリで答える。

これは、フェンダーを馬鹿にしているのではなく、お互いの役割をはっきりさせたいからだ。

“お前の役目は、皇帝の守護だから、他のことは気にかけなくていいよ”ということだ。


「しかし、オーマ・ロブレムが、女の扱いに長けているなど、聞いたことがない。その手のことが得意な貴族や男娼を使えば良かったのでは?」


 フェンダーはなおも疑問を口にする。

フェンダーが納得していない様子を見て、マサノリはクラースに、“どうする?教えてやるか?”といった視線を送った。

フェンダーの疑問とマサノリの視線を受けて、クラースは意図を教えることにした。


「確かに。女を口説くだけなら、他に適役がいる。だが、この作戦を完璧なものにするなら、奴が一番適任だ。作戦成功後に、死んでもらうことも含めて、な」

「オーマを処分するのですか?」

「当然だ。そうでなければ、作戦成功後に勇者を使って反乱を起こすかもしれん。いや、その気がなかったとしても、帝国さえ揺るがせる戦力を、あんな奴に預けておく気はない」

「それでしたら、なおのこと、男娼などの方が良くないですか?」

「そういったやつらは駄目だ。英雄になれん」

「英雄・・・・殺した後に、英雄として祭り上げるのですか?」

「そうだ。よく聞け。この作戦で肝心なのは、勇者が我らと敵対しないよう、勇者にどうやって帝国に対して依存心や忠誠心を持たせるか?ということだ。そのためには、作戦を遂行した奴には死んで、英雄になってもらわねばならん。無論、ただ死ねばいいわけではない。ただ死んだのでは、帝国に忠誠を誓うとは限らないし、我々が殺したと分かれば、敵対することになる。そいつが、“名誉ある死”を遂げる筋書を用意した上で殺し、死後、帝国で英雄として祭り上げる。そうすることによって、勇者が帝国に居座り、力を貸す理由ができる」

「“自分の愛する人が、英雄として祭られている国だから、守らなければ”と思わせるわけですか?」

「その通りだ。理由さえ出来てしまえば、真面目な奴ほど利用しやすい。いくらでも飼い殺しにできる。だから、ただ女の扱いに長けるだけでは駄目だ。そして、死んでもらう以上、貴族を使うのも避けたい。万が一感づかれたとき、領地持ちの貴族たちに反乱を起こされたり、それ以降に、“自分も利用され、消されるかも”と疑心を持たれたりしても面倒だ。この作戦を実行する者は、平民階級で、死後、英雄として祭り上げられる功績を持つ者が良い」

「それで、オーマ・ロブレムですか」

「ああ。奴は一度、皇帝陛下より騎士の称号を与える話も出たことがある。英雄として祭り上げても格好がつくし、奴はもうピークを過ぎる年だ。使い捨てる時期としても頃合いだろう」

「平民を英雄として扱うのは、他の貴族から不満が出ませんか?」

「第一貴族は実利優先だ。多少不満に感じても、死んだ奴のことなど気にせん。第二貴族はどうにでもなる。それより、平民どもへのパフォーマンスになることの方が大きい。今まで平民階級で貴族に昇格した者はいない。そのことに、疑問や不満を持つ者たちがいたが、前例ができれば、そいつらを抑えることができよう」

「平民たちの帝国の支持につながりますね」

「そうだ。そこに繋ぐことができれば、勇者を加えた後、オーマや勇者の功績を理由により、民衆を扱いやすくなる」

「・・・なるほど」


 フェンダーは話を聞いて、クラースに対して感心と恐怖心を抱く。

そして、感心の方だけを表に出して、納得の表情を見せた。


 三大貴族として対等の立場ではある三人だが、やはりパワーバランスはあり、クラースに一番傾いているのだった。






__軍の宿舎。


 オーマは、自室に戻ると、いつも酒を注ぐ杯に井戸から組んできたばかりの冷えた水を注ぎ、一口含み、ゆっくり喉へ流し込んだ。

それからベッドに腰を下ろし、大きく深く深呼吸する。

さらにもう一口水を飲んで、頭の中をクリアにすると、頭の中の黒板にこれから考えるタイトルを書いた。


__勇者候補リストの者たちに、帝国のためではなく、自分のために戦ってもらう。


 ・・・・。我ながら、馬鹿な考えだとは思う。

だが、同時に、これしか生き延びる方法がないのでは?とも思う。

帝国と自分。比べること自体が馬鹿らしいくらい、向こうに利がある。

普通に考えて、一国と一人どっちと戦うかなど、まず悩まない。

リストの者達がオーマ側に付くなど、青春ロマン小説の話だ。

いや、小説でもオーマに付く展開など、リストの者たちが帝国と完全対立した場合だろう。

 そして、それはまず起きない。

帝国だって、あれほどの素質を持つ者達なら、好待遇で迎えるだろう。

金、色、物、地位、何でも用意するだろうし、わざわざ敵対行動など取らない。

 オーマ側になってもらうということは、リストの者たちにとって、オーマが帝国以上の存在になる必要がある。金、色、物、地位などを上回るものなど、“愛”くらいだ・・・・・かなり厳しい。


 オーマには恋愛経験が無い。それ故、女性をスマートにエスコートするなど無理だ。

大人の男性としての魅力に自信が持てない。

そんな冴えない男が、一国を差し置いて、何人もの女性を虜にするなど不可能だ。

冷静に考えれば、帝国との対立を考えている今の自分は冷静か?と疑問を持ってしまう。

 考えれば考えるほど、事の難しさに気持ちが萎えてくる。

 そして、“実は捨てられないんじゃないか?”と、都合の良い方向へと、思考が流れ出す。


 今日まで、オーマは帝国のために戦い、貢献してきた。

能力だって、勇者候補たちほどではないが高い。戦績だって優秀だ。

そんなあっさり切り捨てられるだろうか?

 それに、作戦が成功したら、勇者のお目付け役だって必要だ。

その立場になるのは、自分ではないだろうか?そうなれば、むしろ自分の未来は安泰だ。

戦の前線に立つピークを迎え、今後の身の振り方について考えていた自分にとって、安全な場所で勇者や勇者候補達をまとめる立場は都合が良い。

実現すれば、自身にとって一番良い未来だ。

 明るい未来の展望が開けたような気がして、表情に明るさが戻ってくる。


「そうだよ・・・。そんなに心配することは無いって・・・」


 そうつぶやき、気にし過ぎだったという結論を出そうとする。

だが、心の奥に居たもう一人の自分が、目の座った不信感を形作った表情で訴えてきた。


“本当にそう思っているのか?お前、そう信じて死にかけたろ。俺たち平民はよく戦って、出世せずに死んでくれた方が、奴らにとって都合が良いんだよ。お前もよく知っているだろう?”


「・・・そうだ」


 あの事件の時に垣間見た第一貴族の本性は、とてもじゃないが信じられるものではない。


(今回の作戦は、自分の始末も含まれている。・・・そう考えたって、考え過ぎじゃないはずだ。いや・・・)


 いや、自分だけだろうか?サンダーラッツの隊長達も危ういのではないだろうか?それに、勇者候補の子達だって・・・。

さすがに殺しはしないだろうが、飼い殺しにはするだろう。

今日会ったジェネリーなど、帝国を忌み嫌っていても性格がああも真面目では、いいように使われるのは目に見えている。


___それならば、いっそ自分が。


「いや・・・それじゃ、帝国と同じじゃないか」


 無論、オーマに勇者候補の子達を無下にする気はない。

だが、他人を利用するという点においては、第一貴族と同じである。

 では、正直に告白してみるか?

やはり信じてもらえないだろう。仮に信じたとしても、オーマに手を貸す理由がない。

いくら素質があるといっても、赤の他人のために、大国を相手に戦うわけがない。

何とかして、帝国を相手にしても、オーマに味方してもらう理由を作らなくてはならない。


___やはり籠絡しかないのでは?


 考えが堂々巡りして、だんだん心が苛立ってくる。


「ああ、クソッ!!これも全部、貴族連中のせいだ!」


自分の中で生まれた葛藤を吐き出すように、毒づく。


 そこからさらに頭の中で葛藤を繰り返す。

そして終に、オーマの中で貴族たちに対する、怒りとストレスが限界を迎えた。


「・・・もう、やるしかない」


 仕方がないだろう?という、苦渋に満ちた表情でオーマは決意する。自分の中に生まれた野心を受け入れ、実行することを。


「もう良い人じゃいられないな・・・」


 これまでだって、決していい人だったわけではないが、国のため、仲間のためと割り切れることだった。

国のため、その平和のために戦場で人を殺してきたし、仲間たちを死なせないために、手段を選ばなかったことだってある。

自分の良心の自己満足のために味方を危機にさらすなど、愚かなことだと思っていたからだ。

 だが、これからは違う。自分の生存のため、自身の野心のために反乱を起こす。


「認めるよ、自分の野心。受け入れるよ、それに対する非難。許してくれとは言わない・・・・・けど、これだけは言っておく!確かに俺が悪いが、こうさせるのはお前らだ!!俺だけが悪いんじゃないからなっ!!」


 オーマはこの日、自身に任された作戦を利用し、帝国へ反乱することを決意する。

そして、自分が生き残るための、『勇者ろうらく作戦』を開始するのだった___。

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