もうすぐ恋する5分前

たんぜべ なた。

一日早いバレンタイン

 本日は2月13日の金曜日、昔の映画なら「ジェイソン」という化け物オジサンが物見遊山で人界に来る日らしい。

 さて、そんな極めて穏やかな日常において、僕の下駄箱の中で事件は発生する。


 いつも通りに下駄箱を開けると、そこには白い紙袋が鎮座している。

 白地の紙袋には、「ジィオーディアィヴィエィ」と金細工のような文字と馬の印章が刻まれている。


(何だろう?ガンプラの新ブランドかな?)

 袋の中を覗き込むと、濃い茶色のリボンを纏った茶色の小箱と二つ折りされた小さなピンクの紙片。

 ほのかに甘い香りもしている。


 すると、背後から生徒達おとこどもの話し声が聞こえてくる。

 とりあえず、くだんの紙袋はそのままに、上履きを引っ張り出した。


 靴はどうするかって?

 決まってんだろ、下駄箱の上さ!


 ◇ ◇ ◇


 僕の名前は、畠山 定信。

 華も恥じらう?高校二年生だ。

 まぁ、あと2ヶ月もすれば受験生に進級する事になるのだが…。


 面倒な期末考査も無事終わり、下駄箱を開ければ、さらに香りの増した白い紙袋が鎮座している。

 とりあえず、白い紙袋こいつ下駄箱ここに放置すると、面倒ごとになるので、鞄に詰め込み持ち帰る事にする。

 幸い、期末考査期間中は部活も休みだし、今日は他生徒同様にブレザー姿一般服なので、目立つことなく帰宅もできる。

 ちなみに、帰宅中の電車の中では、何人かの女子学生の視線に晒されてしまったが、気にする事ではない。

(漢は黙って、帰るのみ!)


 何事もなく帰宅し、食堂に向かうと母が昼食の準備を整えていた。

「あら、さだのぶ。

 お帰りなさい。」

「ただいま、かぁさん。」

 上着をハンガーにかけていると、母が鞄に反応を示す。

「良い香りがするねぇ?」


「ただいまぁ!!」

 玄関から妹の声が聞こえる。

 ドタドタと走ってくる足音ともに妹が食堂に顔を見せる。

「ママ、ただいまぁ!」

「あら、ゆかり。

 お帰りなさい。」

 妹の前で僕の鞄を物色し始めていた母。


「ママ、何してるの?

 何かいい匂いがするんだけど…。」

「でしょ?」

 近くの椅子に鞄を置いた妹も、母と一緒に僕の鞄を物色している。


 程なくすると、くだんの白い紙袋が登場する。

「これ…かしら?」

 紙袋を取り出す母。

「うんうん、甘くて良い香り♪」

 妹もワクワクしている。

(女性というのは、かくも甘い匂いには敏感なのだろうか?)

 そんな事を思いながら、彼女たちの所作を眺めている僕。


 すると、妹が袋の文字を見て目を丸くする。

「ママ!

 これ、ゴディバよ!

 ゴディバ!!」

「ええ!!」

 妹の声につられて、袋の文字を見つめ驚く母。


 二人母と妹が僕の顔をガン見して聞いてくる。

「あんた・・・」

「お兄ちゃん・・・」

「「これ、どうしたの?」」


「知らん!!」

 僕はバッサリと切り捨てた。


 二人の呆れた視線が突き刺さってくるのだが、知らないものは知らないのだ。

 呆れた視線を向けたまま、袋の中身を確認する二人母と妹


 茶色の小箱は開封され、中からチョコレートが登場したところで、二人母と妹は詰問してくる。

「本当にどうしたの?」

「これって、お兄ちゃんが買ってくるシロモノじゃないわよね?」


「実はな…。」

 という訳で、下駄箱の話をすると、妹が目を輝かせ始める。

 と、そのタイミングで、ピンクの紙片を見つけた母。

 その内容を見ると、慌てて妹を呼び寄せる母。

 そして、ひそひそ話が始まる事、数分…。


「ねぇ、お兄ちゃん。

 ワタナベ アキラ君って知ってる?」

「はっ?」

 渡辺姓わたなべせいなど、山程いる。

 クラスにも四人いる。

 まぁ、アキラという名前ではないが…。


「知らんが、どうしたんだ?」

 僕の返答に、少し戸惑いながら、母がピンクの紙片を手渡してきた。


「明日、ここで待っています。

 渡辺 明」

 可愛い丸文字の下には、渋谷109を指し示す手書きの地図が描かれている。


「これ、男の子かしら?」

 母が訝しそうに紙片をのぞき込めば

「う~~ん、美しいBLの世界!」

 うっとりとする妹


 僕の通う高校は、地元では有名な男子進学校だ。

 中高一貫の男子校で、BLその手の話しも無くはない。


 無くはないのだが、僕には男色の趣味はない!


「…これは、ケンカだな。

 うん、決闘を申し込んできたんだな!!」

 混乱している僕の頭は、そう考える事で、平静を装う事にした。

 益々、冷たい視線を向けて来る二人母と妹


「という訳で、昼飯を食って、鍛錬に行きます!」

「…はいはい。」

 母は、気を取り直したように昼食の準備を再開する。

「私、着替えてこよ。」

 妹は自室に消えた。


「あんたも、着替えてきなさい。」

「へ~い。」

 母に促され、僕も自室に退いた。


 ◇ ◇ ◇


 昼食後、消費されたチョコレートの空箱を尻目に、ジャージに身を包み、僕は日課のトレーニングに出かけた。


 高校から始めた応援団非公式部活

 インターハイや高校野球が始まると、いろんな会場に出張って行っては、一花咲かせるのが主な活動内容だ。

 暑かろうが、寒かろうが関係なく、長ランを羽織りゲタ履きで闊歩していれば、いろいろと言いがかりをつけて来る方々もいる。

 そんな方々を丁重にオモテナシ出来るように、鍛錬を積むことも我々応援団の大切な活動内容だ。


 諸先輩方には、柔道やら空手、剣道に弓道を嗜む方から、カンフーに少林寺、はてはムエタイキックボクシングで腕を鳴らす方もいる。

 ほとんど全員が、何らかの有段者というのは、公然の秘密で、生徒会からも一目置かれている。


 そんな事もあり、僕は合気道を精進する事にした。

 妹も護身術という事で、ともに通ってはいるが…彼女もすでに段持ちだ。

 下手をすれば、僕が負けるかもしれない。


 閑話休題それは、さておき

 明日の決闘に備え、今日はランニングを軽めに、体術に重点を置いたメニュー構成だ。

 小春日和の穏やかな午後、気の早い菜の花の香りに誘われながら、三時間みっちりと身体を動かして帰宅した。


 夕食を済ませ、明日に備えて長ラン正装を準備していると、二人母と妹が怪訝そうな顔で部屋に入ってくる。

「あんた・・・」

「お兄ちゃん・・・」

「「まさか、その格好で行くの?」」


「勿論。

 決闘を申し込まれたんだ。

 正装でないと失礼でしょ!」

 僕の返答に、二人母と妹が揃ってかぶりを振る。


 妹が切り出す。

「お兄ちゃん。

 ワタナベ アカリさんって、知ってる?」


「知らん!」

 女性名詞に類する単語には、小学校以来無縁なのだ。


「だよねぇ…。」

 妹が肩を落とす。


「あんた、明日はジャケット、パンツにしておきな。」

 母が助け舟を入れる。


「何でだよぉ?」

「渋谷109で決闘するようなバカはいないでしょ?」

 聞き返す僕の肩を両手で抑える母。


「とりあえず、母さんの指示に従う!

 いいね?」

「お兄ちゃん、今回はママの指示に従って!」

 説得する母の横で、妹も手を合わせてお願いしてくる。


「わかったよ。」

 二人母と妹の説得を受け入れると、安堵した顔で二人母と妹は出て行った。


 ◇ ◇ ◇


 2月14日、呼び出された日がやって来た。

 二人母と妹が準備した紙袋エモノを携えて、僕は戦地に赴く。


 さて、建物の陰から、目的地を覗いてみると…

 春色のワンピースを着た茶髪セミロングの女性が佇んでいる。

 顔立ちもここから見えるのだが…


 とっても美人だぁ。

 あれですよ、あれ。

『立てばシャクヤク、座れば牡丹、歩く姿はユリの華』ってやつ!

 鼻筋が通った端正な顔立ちに、目元も涼しげな…。


 んっ?

 何処かで見た事あるぞ?

 あの女性。


 口元にあるホクロが決定打。

 …しばし、考えるが答えが出てくる気配がない。


 とりあえず、これ以上、待たせるのは失礼というものだ。

 そして、彼女の方へ駆け出す僕。


 ◇ ◇ ◇


 同時刻、畠山家のリビング。

 母と妹がお茶をすすっている。


「気付いたかなぁ、お兄ちゃん?」

 妹が尋ねれば

「どうかなぁ…そっち方面は、朴念仁だから。」

 母がニコニコしながら答え


「「そうなのよねぇ…。」」

 二人して、深いため息をつく。


「とりあえず、持たせた紙袋の意味を理解してないから…」

 妹が半目になり

「無理ね。」

 母も半目になる。


 定信の手に持っている深緑の紙袋には「Les Macarons Parisiens」の文字が躍っている。

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