心臓を、君に。
観音堂 紅葉
第1話 夢
いつの日だっただろうか。彼と出会ったのは。
「……きろ、お…ろ、おい、起きろ」
耳元でそんな声がして、薄っすらと目を開ける。まるで雪の精かとも思えるような、この世の者とは思えないほどの美しい青年が、そこに居た。
「……起きたか。こんな吹雪の夜に、外で何をしておるのだ」
おれは、その美しさに釘付けになっていた。吸い込まれてしまいそうな翡翠色の瞳に、揺れる白銀の美しい長髪、真白の肌。全てが、完璧だった。
「……放り出されたんだ。仕事が上手く出来なかったから」
「そんなに寒そうにして、風邪を引くんじゃあないか?これを羽織るといい、少しは温かいだろう」
そう言うと、肩に掛けていた羽織をおれに掛けてくれた。
「寒くないの」
「我は構わない。お前さんが風邪を引く方がいけないだろう」
「……ありがとう」
ほとんど他人に優しくしてもらったことのないおれは、受け取って良いのか迷ったが、その好意に甘えることにした。
「そういえばお前さん、名は何というのだ」
「名前、有るにはあるけど、嫌いなんだ。あいつらは、おれのこと名前で呼ぶから。怖い」
怒鳴られたことしかない、と伝えた。彼は少し考えた後に
「……
「え?」
「ならば、吹雪、はどうであろうか。ほら、今日はすごい吹雪じゃあないか。我らが出会った記念に。我と会うときだけは、お前さんは吹雪だ」
またいつか会えるだろう、と彼は言った。ただひたすらに、嬉しかった。居場所を、彼が与えてくれたような気がして。
「ありがとう!」
素直に、その言葉が口から紡がれていた。そしてふと、気になって聞いてみた。
「おにいさんは、名前、なんて言うの」
「我か?我には……名前は無い。神様としか呼ばれぬからのう、真名など忘れてしまった」
「神様……なの?」
「ああ、ここら一帯のな」
そして彼は、毛に覆われた耳と尾を見せてくれた。村の外れに祠があって、狐の神様が祀られていた。確かに驚きはしたものの、兎に角、おれに名前をくれた彼に、何か返してあげたかった。少し考えて、言葉を放つ。
「こぎり」
「ん?」
「
神様が祀られている祠の近くの森は、いつも霧が立ち込めていて、奥が見えない。そこだけが異空間の様である。そして、狐だから、狐霧。彼は一瞬驚いたような顔をして、綻んだ顔になった。
「素敵な名であるな。我にその名をくれるのか?吹雪は優しいのう」
「だから、また会おう。約束だよ」
「うむ。またな。次にあったときに、それを返しておくれ」
それとは、羽織のことだろう。また会えるんだ、と心が弾む。いつの間にか、寒さはほとんど感じなくなっていた。
そして、時間を見つけては、何度も狐霧と会った。他愛ない話をして、いつも一人ぼっちのおれに寄り添ってくれた、大切なひと。
でもいつの日からか、狐霧はおれの元に来てくれなくなった。どうせ気まぐれだったのだろうと思えど、どうしようもなく寂しかった。目に涙が浮かんできて、それらを一滴残さず全て落とすように、瞼を閉じて――。
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