第27話 何だか様子がおかしいぞ?
アードルフとシャルロッテはブレンダンブルク辺境伯家の脚竜車に乗り込んで、一路帝都ヴェリビリを、そして皇城を目指す。
と言っても道中は途中に街もないほぼ一本道で、馬車でも半日しかかからないのにそれより速い脚竜車なわけで。朝食を摂ったあとゆったり準備してから向かっても充分昼前にたどり着く計算だ。
ちなみに報せを持ってきてくれた使者は騎竜で駆けてきてくれたらしく、アードルフからの返答を伝えられてすぐに戻っていったとのこと。先触れの代わりを務めてくれるらしい。
「あの、今から向かうのはわたくしは構わないのですが、アードルフさまは今日のご予定がおありだったのでは?」
「ああ、それならヘルマンがいますから心配ありませんよ」
いやヘルマン執事が有能なのは見ていて分かるのだが、それでも彼はあくまでも執事でしかない。
「元々5年前に、本来なら彼が辺境伯位を受けるはずだったのですよ。あの戦で一番の戦功を立てたのは彼なので」
「えっ、そうなので…………もしかしてランゲ将軍ですか!?」
ヘルマン・ランゲ、ブレンダンブルク辺境伯軍にその人ありと恐れられた猛将である。先の戦でも先代辺境伯、つまりアードルフの父が戦死するほどの激戦のさなか、跡取りであるアードルフを守って見事撤退戦を成功させた。
その後も重傷を負って前線を離れたアードルフが戻ってくるまで彼はほぼひとりで戦線を支え続け、敵であるルーシ軍およびその尖兵となったポーリタニア王国軍、モラヴィア王国軍を見事に押し止めたのだ。
それでブロイス軍は態勢を立て直すことができ、そのことが結果的にアードルフの敵将討ち取りに、そして最終的な勝利に繋がったのだが、ランゲ将軍の頑張りがなければおそらく、いや間違いなく敗北していたに違いなかったと言われている。
それで戦功第一とされたのだが、本人が引退の意向を示し、それでアードルフが亡父の辺境伯の爵位を引き継ぐことになったのだ。
それから5年経ち、隆々だった筋骨もすっかり細くなり表情も穏やかになっていて、シャルロッテは全然気付かなかった。まあ彼女は戦勝式典の時はほぼアードルフの姿しか追っていなかったので、それもあってヘルマンに気付いてなかったのだが。
「元より事務的な実務はほとんどヘルマンがやっているのです。本来私がやらねばならぬのだが『まだ早い』と取り上げられてしまっていて」
「そうなのですか……」
ランゲ将軍の、いやヘルマン執事のその態度は何なのだろう。頼りない辺境伯に対する当てつけ?それとも可愛い子を甘やかしているだけ?
どちらか分からなくて苦笑するしかないシャルロッテである。今度本人に聞いてみようと、彼女は心の中で拳を握った。
というわけで道中ホントに何事もなく、ふたりは無事に皇城へ到着した、のだが。
「なんでしょう、何やら随分騒々しいような」
「何かあったのかも知れん。確認してみよう」
ふたりは脚竜車の窓を少し開け、門衛と話をしている馭者の会話に耳を傾けた。
「ですから今ちょっと立て込んでおりまして、ルートヴィヒ殿下への謁見は⸺」
「しかしですな、辺境伯閣下はその殿下から召喚されましてこうして参っているわけでございます。召喚の御使者が先触れの代わりに来城をお伝え下さっておられるはず。とにかくお取り次ぎのほどを」
「どうした、何事だ」
「あっ隊長、実は辺境伯閣下がルートヴィヒ殿下に謁見をと」
「それなら登城されたらお通しするよう仰せつかっている。お通ししなさい」
「はっ畏まりました」
どうやら、何とか通してもらえるようである。
アードルフとシャルロッテは皇城の応接室のひとつに案内され、そこで待たされることになった。
「こちらでお待ち下さい」と通され、本当にしばらく待たされた挙げ句に現れたのはルートヴィヒではなくエッケハルトである。
「いやあ申し訳ありませんねお待たせしちゃって。ちょっと色々立て込んでまして」
「だが、呼んだのはそちらだろう?」
待たされてやや不機嫌なアードルフ。それはそうだろう。全て話すからシャルロッテを連れて来て欲しいと言われた以上、準備万端で待っていると思ったのに、いざ来てみればどう見ても
「いやそれがあのバカ皇、じゃなかった殿下が、『どうせなら全部見てもらおう』とか無茶なことを言いやがりましてですね」
何やら不敬な文言が混ざってる気がするが、長年ルートヴィヒの婚約者としてエッケハルトとも付き合いがあったシャルロッテには
こんな程度でいちいちツッコんでられないと彼が思い知るのは、もう少し先のこと。
エッケハルトは「まずはご覧頂きましょう」とか言いながら、ふたりを応接室から連れ出してルートヴィヒの執務室まで連れて行った。
だが扉の前まで来れば、開けなくても室内から聞こえてくる
「…………どうしてですの?何がありましたの?」
シャルロッテが訝しむ。聞こえてきたのはルートヴィヒ皇子の声と、リン宮中伯の声、それにエーリカ第一皇女の声だったのだ。
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