like a demon VI
ファウル・ウェザーは救急外来の診察室で読書をしていた。
周囲に人がいるために眼鏡を掛けているが、その透き通るほど色白で整っている美しい容貌に見惚れる者は、この病院でも数多い。
例え読んでいる本のタイトルが『まぁぶるウォーズⅡ――まぁぶる一号の逆襲――』だったとしても。
今日の救急患者は少なく、そして入院患者すらも気味が悪いくらいに大人しい。
普段なら幻覚を見て暴れる〝ハイパー〟崩れがいたり、大声で泣き喚く狂った〝デッカー〟で賑やかなのだが、今日に限ってそれらの人々は大人しかった。
多分それは、先ほど院長自ら回診したためではないかと予想されるが、真偽のほどは定かではない。
あとどのような回診であったのかも、謎である。
だがその静寂も長くは続かないのは解っている。それに落ち着いているからといって、呆けている者は一人もいない。
何故なら、此処は「ファウル・ウェザー病院」なのだから。
「……もうすぐか」
読書を止め、ファウル・ウェザーは立ち上がった。それを合図に、スタッフも所定の位置につく。
そして――
『〝M・R〟より入電。歓楽街にて〝
〝ドラゴン・アシッド〟と聞いて、スタッフは一様に顔を顰めた。あれに汚染された者は、既に生体としての姿をしていないからだ。
そして時間が経つごとに汚染は全身に及び、最後には全て溶けてしまう。
だが文句を言う者は誰もいない。只無言で防護服を着込んでいる。
サイレンの音が響き、〝M・R〟のカーゴ・エアモービルが到着したことを告げた。現場が一気に慌しくなる。
スタッフが搬入口に向かう。皆、防護服を着ていた。だが何故か院長――ファウル・ウェザーだけは白衣のままである。
そしてそれを見ても、誰もなにも言わない。言うだけ時間の無駄だし、彼にはそんなものは必要ないから。
〝M・R〟のカーゴ・エアモービルの後部ハッチが開き、車内から〝FFC〟に入れられた患者が二人運び込まれる。
〝FFC〟とは
これが開発されて様々な試験や治験を繰り返して実用化されて以降、救命率が格段に向上した。
そして〝ドラゴン・アシッド〟に汚染された者は、例外なくそのような処置をされるのだ。
そうすれば汚染が広がりにくく、その進行もある程度だが抑えられる。
「ご苦労。状況は既に知っている。君達も僅かだが汚染されているようだ。入りたまえ、治療する」
そう言うファウル・ウェザーに、だが青白い顔の救急隊員達は頭を振った。
「大丈夫です。我らはそれによって死ぬ命を持っていませんので」
隊員に「そうか」とだけ言い、背を向ける。
そしてその場にいる全てのスタッフが処置を開始し、その意識が〝M・R〟から逸れた一瞬の間に、彼らの存在はその場から音もなく消失していた。
――それもまた、いつものことであるため、気に留めるものなど誰もいない。
〝M・R〟とは、そういう存在なのだから。
処置室に搬入された〝FFC〟を開き、其処に横たわる患者を見て……ファウル・ウェザーは盛大に溜息を吐いた。
「……お前かよ」
一方は辛うじて人間と判る程度だが、もう一方はすぐに解った。
〝サイバー〟はその身体に埋め込まれている機械のお陰で汚染されにくい。
〝ドラゴン・アシッド〟はあくまでも〝精気〟であるために、生体とかけ離れている〝サイバー〟には通り難いのだ。
そして搬送さて来れた〝サイバー〟は、彼と――ファウル・ウェザーと同じ境遇の者だったのである。
「誰がお前をこんな目に遭わせられた。なぁ、リケット」
呟き、だがその彼を無視してもう一方の女性が横たえられているカプセルを開けた。
「院長、此方の〝サイバー〟はどうしますか?」
その行動を見て最優先の患者ではないと理解したナースが、だが放置するわけにもいかないため指示を仰ぐ。
「除染洗浄してから高カロリー輸液でもぶち込んでおけ。そいつは単に急激なエネルギー消費による意識消失だ。そして目が覚めたら高カロリーペーストでも喰わせておけば問題ない」
〝サイバー〟のエネルギー源は、実は体脂肪である。よって〝サイバー〟は往々にして大喰らいが非常に多いし、そうしないと身体がもたないのだ。
ファウル・ウェザーはそのナースにそう答え、そのまま治療を開始した。
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