like a demon V

「こっちに来るわ……どうしよう……私、まだ死にたくないよ」

「吸い込まなければある程度なら大丈夫だ。だが肉体の方は諦めろ。最悪脳が無事なら再生出来る」

「イヤよ!」


 リケットを真っ直ぐ見詰め、突然左の胸を出す。


「此処にある刺青タトゥは、絶対に消されたくない。だって、これは貴方と私の『誓い』なのよ。何があっても、消されたくない」


 其処に刻まれている、懐中時計と重なる月の刺青タトゥを一瞥し、少し考えるとグラブを外して突然ジェシカの胸を鷲掴みにした。

 何事が起きたのか理解出来ずに呆然とするジェシカを尻目に、程なくその手を離す。彼女の刺青タトゥは、綺麗になくなっていた。


「……え……何を、したのよ!?」


 大切なものが消えてしまい、激昂してリケットの頬を叩いた。それを避けもせずに受けたが、動じる筈もなく、更に叩いたジェシカの平手の方が痛かった。


「その刺青タトゥは預かっておこう。さて、お喋りの時間はお終いだ。来るぞ」


 前方から巨大な重力塊を従えたバグナスが迫る。そして後方からは最悪の生体破壊ガスがゆっくりと、獲物を狙う蛇の様に近付く。


 この逃げられない状況で、突然リケットはジェシカへ口付けをした。


「……巫山戯んな、このサイコ野郎!! この状況で何考えてんだ!?」


 ジェシカもそう思った。だが彼がなんの考えもなく、ましてその場の雰囲気や気の迷いでそんなことをしないのはすぐに判った。


「ありがとう、『――』」


 口が塞がれている為に声には出来なかったが、ジェシカは彼のその気持ちだけで充分だった。


 人工心肺を埋め込んでいるリケットは、呼吸を必要としない。人口肺が、酸素を作り出すから。

 リケットの口からは酸素が流れ出し、それがジェシカの呼吸を助けていた。


 そして――〝ドラゴン・アシッド〟が、意外なほど優しく二人を包む。


 だがそれは最凶最悪の自然兵器である。よってそれに曝されたジェシカは、服はもとより皮膚が、髪が、そのガスによって焼け爛れていく。


 幾ら呼吸が出来るとしても、長時間は保たない。肉体が崩壊していくから。


 そして〝結界〟の効果も既に限界だ。


 リケットは一度目を閉じ、そしてジェシカを抱かかえたままバグナスの方へと跳んだ。そしてナイフを次々と投げる。


「莫迦じゃねぇのかよ、それは効かねぇっつうのは解ってんだろうが!」


 バグナスの言う通り、ナイフは全て軌道を逸れ、重力塊に吸い込まれた。それを一瞥したバグナスが鼻で笑い、そしてリケットを見た。その瞬間リケットの両腕から放たれた四条の鋼の鞭が彼の四肢に巻き付いた。


「〝Equipment of Molecule Collapse by a High-pressure Electric Current〟」


 独白と共に、鞭へと高圧電流が流される。だがそれは感電させるためのものではなかった。


 突然、鞭が絡み付いているバグナスの四肢が消滅していく。いや、正確には分子単位で分解されているのだ。


「何だと!? この効果は〈EMエムCシーHECヘックBreakerブレイカー!=〉!? 何故、貴様がこんな物を――ち、これまでか……」


 自らの両手両足を引き千切り、バグナスは重力塊の中へと消えて行った。


 その瞬間、彼が発生させていた空間の歪みが全て消え、〝ドラゴン・アシッド〟の発生も収まった。


「生きているか?」


 ビルの屋上に降り立ち、唇を離してジェシカを見下ろした。


 彼女の皮膚は焼け爛れ、髪は全て抜け落ちていた。更に焼けた皮膚からは頭蓋骨すら覗いている。体幹の表皮はおろか脂肪すら焼け爛れ、内臓が露出し、そして下半身は完全に消失している。


 そしてリケットは、〝サイバー〟であるため生体としての機能が低い所為もあり、それによる汚染はある程度抑えられていた。



「戦闘服全壊、身体機能43%ダウン、残存エネルギー0.2プール、残存活動所要時間47秒――ジェシカ・Vの生命反応確認……心肺機能停止、脳機能再生可能限界時間8分16秒。生体機能再生――不能……」


 淡々と呟き、そしてリケットは、ジェシカを抱き締めたまま倒れた。


 その瞬間、突然その場に現れたエア・モービルが屋上に降りる。


 そのオレンジの車体にはこのように書かれていた。


〝M・R13〟

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