death player VII

「此処でじっとしていろ」


 そう言い、窓へゆっくりと近付く。ジェシカにそれを止めることは出来る筈もなく、掴んでいたコートの袖を離した。


 その手が、血で濡れている。


「これって……」


 自分の血ではない。自分の身体には掠り傷一つない。そしてコートを掴んでいた手ばかりがそうなっているという理由は、一つしかない。


「ねえ、怪我しているの?」


 コートの袖を良く見ると、血が滴っている。掠り傷では絶対に出ないほどの出血量だ。


「……私を……護ってくれたの?」

「一般人を護るのが〝ハンター〟の義務だ。気にする必要などない」

「……そう……義務……なの……」


 その返答は、やはり期待していたものとは明らかに違う。そしてそれを聞く度、ジェシカは切なく、哀しくなった。


 だが彼女は知らない。〝ハンター〟に一般人を護るという義務など、一切ないということを。


「おいおいおいおい、おいおいおいおいおいおいおいおい、おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい! いい加減こっちを注目しやがれってんだよ!」


 窓外の空中に立つ、灰色の髪をバカみたいに逆立ててだらしなくスーツを着ている男、バグナスが叫んだ。

 その双眸が赤く発光している。派手に登場したのに注目されず、傍目にはイチャイチャしているように見える二人に嫉妬しているらしい。


「ったくよぉ、こんなときに女の所にシケ込むなんてよぉ。狙われてるってぇ自覚あんのか?」


 鼻で笑い、皺だらけのスラックスのポケットに両手を突っ込んだまま大笑いした。


「俺に何の用だ」


 あくまで冷静に、だが逆に感情を全く感じさせない声で訊く。それを聞き、バグナスは笑うのを止めた。


「莫迦か手前ぇ、さっき狙ってるっつたろうが! 耳ぃ付いてねぇのかこの野郎!!」

「参考までに訊くが、何故俺を狙う?」

「言う必要はねぇなぁ。強いて言えば、手前ぇが気に入らねぇだけだ」


 ポケットに手を突っ込んだ姿そのままで、バグナスは再び大笑いした。無茶苦茶である。


 だが暫くすると、その高笑いは次第に止まり、


「くぉら! 人が大笑いしてるってぇのにノーリアクションかよ! 巫山戯てんじゃねぇぞ、この××××野郎!!」


 やはり無茶苦茶である。そして理不尽でもあった。


 だがそれでも無表情のリケットの後ろで、ボロボロのソファを移動させているジェシカが一瞥し、鼻で笑った。


「そこ!!」


 ポケットから手を出し、突然ジェシカを指差して叫んだ。只でも鋭い双眸が更に鋭さを増し、視線だけでも気の弱い者だったら殺せるくらいの迫力で叫んだ。


「ちょっとくらいツラが良いからって舐めてんじゃねぇぞ! あまりいい気になってっと、仕舞いにゃ×××を××て××××に×××を××××じまうぞ、こんアマ!!」

「………………間に合ってるから、要らない」


 バグナスの下品な悪口雑言にそう言い返し、ソファを見詰めて溜息をついた。


「あーあ……この『まぁぶる』のシングルソファ、気に入っていたのに……然も限定品で、もう手に入らないのになぁ……」


 ミカンのプリントがされているソファを抱き締めて、その肌触りの良さを確認するように頬擦りする。だが残念なことに、それは引き裂かれてしまっていた。縫って修復することも出来なくないだろうが、元通りにするのは困難だろう。


「命があるだけまだ良いだろう」

「そういう問題じゃないわよ。こうなったらなにがなんでも弁償させて! 任せたわよ」

「……」


 それに対して何も答えず――答える気がないのだろうが――、リケットはブラインドを乱暴に外した。そのブラインドにもシングルソファと同じミカンの絵が描かれていたが、彼にとってそんなことはどうでもいい。ジェシカは小さく悲鳴を上げたが。


「おっほぉ、この俺様とるてぇのかよ? 面白ぇ、やってやるぜ!」


 ポケットから両手を出して、バグナスは邪悪に嗤いながら、その〝能力〟を解放した。


 そしてリケットは、蛮刀を抜いて左手で逆手に持ち、首の動きだけで自分の長い髪を後方へと払う。


 そして……。


「You die」


 独白し、窓外へと飛び出した。

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