第45話

 いつもの事ながら家に灯りがついているとホッとする。

 アパート暮らしの時は思わなかった感情に年をとったかなと思いながら、

「ただ今」

と、言い僕が玄関を開けて靴を脱ぎかけていると、


「おかえり」

と、壱が玄関に走って来て

「成、聞いてくれ。宝の奴に、またやられた」

と、壱は僕の帰りを待ち侘びていたようで、勢い勇んで言ってきた。


 僕は、壱の目を見て一瞬どうでも良いと思ったが、

「どうした?」

口先では、労わるような口調の言葉が出て

我ながら上出来だと頭の片隅をよぎった。


 僕の反応に満足気に、壱は苦笑いをしてきた。いつ見ても良い男だなと、全く関係ない事を考えてしまった。


 僕、一井成とパートナーの会川壱は、幼馴染で共に33歳、同じ医院で勤めている。


 僕は医師、壱は受付の医療事務員で、僕は患者さんの外部委託した血液検査の結果等、様々な残務が残って壱より帰宅時間が遅くなりがちだった。


 僕は研修医終了後、自称小説家で自由人だったが、5年前から勤め出した。

 会川壱は元ピアニストで今は医療事務員だ。

 一時は、離れたが今は一緒に僕の実家に住んでいる。

 僕の両親は亡くなった祖父の家にいる。


 祖父の訪問診療は僕の担当だった。老いを目の前で追っている自分に苦しかったが、誰しもが通る道だ。

 手を引ける人間も必要だと、自分に言い聞かせ難しい事はわからないが、看取った。

  

 亡くなる数年前、祖父の訪問診療先に就職が決まったあたりに、祖父がくれた1枚の写真がある。

 幼い頃の、僕と壱が写っていた。


 亡くなった後、祖父からだと壱に見せたら、

壱の瞳から涙が出ていた。何も言わずに暫く泣いていた。

 祖父にとっては、5歳の女の子のような僕とやんちゃの中に凛々しさがある壱が、全てなのだろう。年を重ね体も大きくなった僕達だが、祖父の目には幼い僕らが重ねて見えていたと思う。

 僕と壱を認めてくれた祖父に感謝している。

壱にも祖父の気持ちが伝わったのだろう。

 誰に対しても口数が少なくわかりづらい祖父だったが、僕は大好きだった。


 昨年、本郷医院で受付1人と看護師1人を増やした。

 それまでは、本郷先生と僕、看護師た田中さんと佐倉さんベテラン女性看護師2人と受付の壱の5人でやっていた。

 医師2人に看護師2人だと足りない、本郷先生にの考えは、もう直ぐ引退なのに、これ以上スタッフを増やすのはと、躊躇していたが、増員した。

 

 その1人が、高橋宝23歳で、看護師の資格を持っているらしいが受付として入って来た。

 本人曰く看護師は、向かないらしい。


 壱と一緒に受付をやっている、何があったか夕食を食べながら聞いたら、この前も同じ様な事を聞いたなあと思いながら、


「今日のカツカレー美味いよ」

と、全く関係ない事言ったら


「おい、俺の話聞いてたか?」

壱の怒り矛先が僕の方にきそうな勢いの言葉が返って来た。


「もちろんだよ、僕のプライバシーを餌に患者さんを誘ってるって話だよね」


「ああ」


「僕じゃなくて、壱でしょ」


「違う、成を目当ての患者で宝の好みの奴に電話して誘っているようだ。

 今日、患者が会計済ませている時、宝と揉めていた。患者の方は本郷先生に言いつけると相当憤慨していた。

 俺が会話に入ると、面倒な事になりそうなので黙って聞いていたが、あいつヤバいな…、

 宝が宥めて帰って行ったが、まだまだ余罪がありそうなので帰り際に聞いたら、

(ちょっと誘っただけ)って、シレッとして言うんだ、何人だって聞いたら4〜5人だって、皆んな成の事を目当ての患者ばかりだとよ。

 あいつ可愛いなりして、やる事は詐欺師まがいだ。

 本郷先生に迷惑かける前に全て切れって言ったよ、半年くらい前も同じ事で隠密に済ませたのに、また-だあ。

 成どう思う?」


「半年前の尻拭いは最悪だったね、僕ら3人と宝が声かけてトラブルになりかかった男3と女3人で、合コンだったな、9人の合コンだよ、何かの罰ゲームだ。もう絶対にああ言う落とし前のつけ方嫌だからね、僕は関わりたくない」


「俺だって嫌だ。宝…あいつだいぶ病んでんなあ、あいつが一番懲りてるはずなのに、また同じ事やって、もしかしたら前の職場でも似たような事やって居られなくなったのかもな」


「本郷先生に迷惑かけたくなくて俺らで骨折ったけど、また尻拭いするとまた同じ事を繰り返すな」


「僕もそう思うよ、一歩間違えると事件になるから、宝と話し合いをして本郷先生に伝えるか判断しよう」


「宝が声かける奴って、皆んなストーカー体質っぽい。前回の何人かに仕事帰りに出待ちされ怖かった。何回目かで壱が警察に言うぞって凄んでくれて助かった。

 あの思いはもう嫌だ」


「災難だったな、宝は男も女もどっちもらしいから、厄介だ、全員が成狙いになって思い出しても胸糞悪い。成も良い人振りすっからなあ」


「僕は悪いことしてないし…、変な事言うなよ、全部壱が蹴散らしてくれて助かったよ」


「小さい時の成が可愛いかった話で2時間引っ張ったな、我ながらウンザリだ。誰にも教えていないエピソードまで喋ってしまった。」


「どの話が壱にとっては大事だったの?」


「成って言う名前が、お嬢だと勘違いしてたとき、一番最初にお嬢って聞こえたんだ。

 次に会った時に成に(お嬢ちゃん)って言ったら(お嬢ちゃん?僕、お嬢ちゃんじゃないよ男の子だよ、じょうだよ)って言って、ズボン下ろした事。俺だけの宝モノだったけど、つい披露してしまった…、もったいない」


「僕は覚えてないから、良いよ」


「俺は一目惚れだから」


「ふうん」


「くたびれた夫婦みたいだからそう言う反応なしな」


「そっか、わかった」


「まあ明日にでも、宝と話、成を絡ませるなんて俺が黙っているわけない」


「僕は絶対に関わりたくない」


「わかった」


 

 


 

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