第34話
12月になり早医院の忘年会も終わり、年末の仕事納めの日になった。
早先生が、
「東京の先生と相談して何かあったら教えて欲しい、白紙になったとか…ありえないか、なんか寂しいな」
「心配頂きありがとうございます。
わかりました。家族とも話し合います」
僕は、神妙な顔をして言った。
今後の事はまだ未確定なので、スタッフの誰にも言っていない。
普段通りに、プラス(良いお年を)と言って仕事場を離れた。
明日からの休みの予定を頭の中で確認しながら歩いていると、あっ東京の先生宅にお土産買わなきゃと気づいた。すっかりお土産は忘れていた。まあいいか、駅で帰る途中買おうと思った。
母には1月2日に先生宅に伺う事を伝えてもらっている。(来てくれるのかな)と母に聞いたらしいが、(聞いていない)って答えたと言っていた。
(どうするの)って僕に聞く母に、
(年末に帰る、その時に言うよ)って言って終えた。
31日に東京に帰って1日は壱と有楽町で待ち合わせだ。
もう銀座散策も、終わりにしようと独り言が出た。
31日夕方、東京の曾祖父の家に帰った。
家の中は、年末とはいえ特に変化はなく普段通りに、両親がTVを見てのんびりしていた、僕が曾祖父の部屋で話しがあるって言って曾祖父の部屋に移動したベッドの近くに両親と僕が座り、
「僕、曾祖父が世話になっている医院で働くつもり、来年の5月くらいからのつもりだよ、まだ最終決定ではないけど、家から通うよ」
と僕はまじめに言った。
28歳になるまで改まって言った事は今までない、どっか心の隅で恥ずかしさが燻っていた。
今までは要所要所には母に立ち話程度で行動に移していた。
「どっちの家」
と、母が聞いて来た。
「実家の方、2階のダンボールも処分するから」
「そう」
母は、他にも聞きたそうだったが一言で終わってくれた。
父も曾祖父も、(そうか)としか言わないが、喜んでいるのが伝わる。
僕は、今まで親孝行というのをしていなかったんだと初めて思った。
「話はそれだけ、曾祖父にも聞いてもらいたかったから、話せて良かった」
と僕が言うと
「ありがとう、あの先生は頼りになる」
と曾祖父がぼそっと言った。
曾祖父が世話になっている本郷医院の本郷神雄先生に言った後の結果を家族に伝えようと思う。
僕は、泣きそうになったがグッと我慢した。
なんの涙だ、自分に向き合いたかったが両親もいる…後で考えよう。
夕飯は3人で食べた、年越しの夕飯は豪華だった。
曾祖父は僕が来る前に夕飯を食べたらしいベッドで寝ながらTVを見ていた、いつも通りの生活パターンで過ごしていた。
僕は、食べ終わり少しゆっくりしたので自分の部屋に戻る事にした。
実家に戻る時、
「明日は出かける、こっちの家には2日の先生の家に挨拶に行った後からくるよ」
と、僕が言うと、
「わかった」
と、母が言う。少し寂しそうだった、母も歳をとった。
僕は人の気持ちに敏感に反応している。
明日、壱に会うのが落ち着かない原因か、たぶんそうだろう。
ダンボールに囲まれた部屋での年越しも悪くないなと思った。
曾祖父は長生きしてくれてこっちこそありがとうだな、ずっと可愛がってもらった。
最後は僕が近くにいてあげたい、今しみじみ思う。
元旦の午前中の有楽町の駅は人通りが普段より少ない。壱がいた、いつものところに、
「あけましておめでとう」
僕が言うと、
「来てくれて嬉しい、不安だった…あけましておめでとう、銀座8丁目まで裏を歩くか」って言って泰明小学校の方から8丁目に向かう。
15年以上2人で散策しているので、暗雲の呼吸でわかる。
静かに歩きながら話をしたいんだと壱の気持ちが伝わってきた。
銀座とは思えない閑散とした裏通りを歩き、途中自動販売機で壱が温かいコーヒーを2本買った。
1本は僕にくれた。近くのベンチで休むことにした。11時近くになり日差しが暖かい穏やかな天気の元旦だ。
ジーパンにダッフルコートの壱はカジュアルな服でも様になる。黒系でまとめていた。
僕は、ブルーデニムに赤系にダウンジャケットを着て来た。
「そのダウンジャケット最近買ったのか?」
壱が僕に聞いた。
「ああコレ、早先生からもらった」
「えっ、なんで」
「豪華なお弁当を僕があげたんだ、そのお礼だって」
11月に早先生宅に相談に行った帰り際、圭さんが僕に、(何をもらったら今、嬉しいかな)って聞いて来てので(そろそろ寒くなったのでダウンジャケット買おうかと思ってます)って何気に答えたら、次の月曜日早速プレゼントされた。
一井先生がダウンジャケットを買う前に、昨日の夜2人で買いに行ったんだって楽しそうに早先生が話してくれたのを思い出した。
「へえ、お礼に、もらったんだ。よく似合う」
壱は、納得いかないようだが、今日は揉めたくないのだろう。余計な事を言わないように我慢しているようだ。
「壱は、体調どう?和井さん元気?」
壱の顔色が変わった、
「体調は、まずまずだ、和井さんとは離れた、9月に退院した後、実家に帰ってそのまま今、実家にいる」
「えっ〜と、何から聞けばいいのか、わからない」
「俺に関心ないか…、成、俺と暮らして欲しい。お願いだ、成の仕事も認めたい。
俺の意地が通用すると思っていた全て甘い考えで、…成は離れた」
「潮時だったのかな」
僕が言うと、
「なんで、たった半年で別人のようだ」
「僕は僕だよ、大丈夫、変わってないよ」
「何が大丈夫だ、まあこんな感じだな」
「仕事部屋はそのままなの?」
「いや、11月一杯で和井さんに出て行ってもらい12月になる前に解約した」
「仕事は?」
「12月までのスケジュールをこなして終わりだ」
「終わりって?」
「今年から新しい仕事を探す」
「えっ、なんで?」
「色々考えた…」
「和井さんは、何て言っているの」
「俺に任せるって、言っていた」
壱は、缶コーヒーを両手で握り下を向いて言った。
9月に和井さんと会った時の会話を思い出す(仕事を変えた方が良く)と言っていた。誰からも言われずに、壱は自分の事をちゃんとわかっていたんだと、感心してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます