第10話

 2か月ぶりの東京は、晴天で清々しい5月の気候だった。

 土曜日のせいか人通りが少ない歩道を歩き、途中コンビニに寄った。

 昼時で店内は混んでいた。どこから湧いて来た人達だろうと、どうでも良い事を思った。

 食料と飲み物を買ってアパートに戻った。

 

 部屋の中はなんとなく埃ぽい、壱はこのアパートに暫く帰って来ていないのだろう。

 まだ壱が帰って来ないので、窓を全開にして掃除を始めた。


 夕方に壱がきた。

「…、久しぶり」


 僕は、一言だけ久しぶりと言う言葉がやっと出た。

 あまりに酷い壱に、絶句してしまった。

 

 身なりを整えない壱を初めて見た。

 髪は帽子で誤魔化していたが、無精髭、パジャマのようなスエットジャージ。


「やっとシャワーを浴びてきた。ずっと洗っていなかった」

と、言って両手で僕に抱きついてきた。


 いきなりで一瞬よろけたが、僕は壱の頭を撫でてあげた。

 なんか狡いと思ったが、とりあえず合わせた。


 2人でソファに座った。このソファは岐阜のアパートにあるソファと同じので僕のお気に入りだった。並んで座り僕が壱に顔を向けて、


「何があったんだ、すごいなぁ」

と、壱の全身を眺めて言った。



「 ……、成、お前だよ、ここんとこ仕事はキャンセルして、仕事部屋にこもっていた」


「えっ、僕?」


「お前、今日俺と話し合うじゃないだろう。

別れを言いにきたんだろう」


「僕は、わからないよ、ただ仕事を続けるつもりだよ」


「俺は、成に仕事して欲しくない。金には困らせない。それじゃダメか?」


「この2年間で充分満喫させてもらった。ありがとう。もう良いよ」


「成、お前は俺をわかっていない。俺は嫉妬深いんだ。本当は岐阜のアパートも引き払ってもらいたかった……、気分転換の創作部屋にしたいって言うから、仕方がなく承諾したんだ」


「ふぅん、そうだったんだ。…そうか嫌だったんだ、気付かないでごめん。

 僕あまり深く考えないから、壱の気持ちも良くわからないんだ」


「そうかもな、俺の言う通りの行動をしているようでも本当は、成の思い通りだもんな」


「えっ、そんなの考えた事も無かった」


「今までは、まあ俺が我慢すれば上手く言っていたもんな」

 壱は自分の髭が気になったのかやたらと顎を触っている。


「今までの事はありがとう。壱の事も大好きだったけど、僕は恋する乙女にはなれない。

 生活が不安定で、充実感ゼロの生活はもう限界なんだ」


「やっと…本音の触りを言ってきたな。

 生活が不安定じゃないだろ、俺が稼ぐよ、成には絶対不安にさせない。

 今までも金を出すの渋った事はない。

 充実感ないのか……小説書きたくないなら他の趣味見つけろよ、絵を描いたり、あっそうだ成が曲作ったら俺がピアノで弾くよ…それ良いなぁ2人でいられるなぁ」

 壱は自分で言いながらニコニコしだした。


「僕は1人で大丈夫だよ、壱の庇護はもういいよ、今までありがとう」

と、僕が言うと、壱は僕の瞳を見ながら懇願する様に、


「成、そうじゃないんだ、俺が庇護してたんじゃなく、成の思い通りの生活を俺が手伝っていただけだ。

 成、俺は成が全てなんだ、重いと思われてしまうと思って言った事は無いが…生き甲斐なんだ。

 急に言われも成には迷惑だよな、5歳の時から成しかいらない」


「なんか凄いね、…あまり言葉で言われた事ないから、……返事に困る」


「成、お願いだ俺から離れないでくれ」


「壱、今は28歳だけどたぶんあっと言う間に年は重ねて行く。僕、何にも出来ない薄っぺらいおじさんになるのは嫌だ」


「成、お前が俺から離れるかもしれないと思っただけでも、仕事が手につかなくなり、俺が俺でなくなる。お願いだ。俺から離れないでくれ」


「僕が仕事しても壱はいいの?それならこのまま、たまに会いに帰ってくるよ」


「俺は、……嫌だ。成、お前はとても魅力的だ他の男や女達が寄ってくる。お前は優しいから皆んな勘違いする。成も誰かを好きになるかもしれない。俺は引き留める自信がない。

 どう考えてみても、成は魅力的すぎる」


「僕は社会をしらない薄っぺらい人間だから魅力的じゃないよ、壱は勘違いしている」


「成、同じ話しの繰り返しで…どうにもならないなあ。

 何がきっかけになった?嫌な事あったか?

 岐阜に行く2か月前は仕事したいなんて一言も言ってないよな」


「きっかけは特にない。嫌な事も特には、暇なんだ」


「急に暇だと思ったのか?」


「急にって訳でもないけど」


「俺にとっては降って湧いたような話だった」


「僕と離れた生活寂しい?今までも1年の半分以上は別々の生活だよね、東京でも壱は仕事部屋に居る方が多いよね」


「俺は金を稼がなきゃな」


「それが嫌かな。そうだよ、壱にぶら下がっているのが嫌」


「成、成なのか?今までの俺の大好きな成とは違う」


「今まで、自分の意見を言う事が無かったからね。好きじゃないの?寂しけど、仕方ないね」


「大好きだよ、愛してる」

 壱はうなだれて自分に言い聞かせるように言った。

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