第2話

 携帯電話を耳にあてソファで横に寝そべっていた僕がいた。

 「芥川賞、おめでとうございます」

 電話の向こうから声が聞こえる。


 ソファで、昼寝をしていた僕が、慌てて飛び起きた。

 ・・あぁ、夢だ。

 願望が強すぎて夢か現実か区別がつかなくなる。微睡んでいる頭をスッキリさせたくて、冷蔵庫に入れていたコーヒーを取りに行った。



 ピンポンとチャイムが、いまにも切れそうに頼りなく鳴った。10年間一度も替えた事の無い電池が切れそうだ。

 チャイムを鳴らして尋ねて来る人が殆ど居ないので、こんなに長く電池が持ったのかなぁと思いつつ、来客の顔を思うと、気が重くなった。


 平成の大合併で、町から市に昇格した市に住んでいる。田んぼが多いのどかな地域だったのは10年前だ。

 大学入学と同時に住み始めた。周りが田んぼでその中に2階建アパートがポツンと建っていたがあれよあれよと言う間に、すっかり住宅街になってしまった。

 以前は、カエルの鳴き声がうるさくて何度も引っ越しを考えたが、今は住宅街になり、犬の鳴き声と、バスケットボールのドリブルの音が早朝、夜遅くまでうるさい。

 一軒家に、犬を飼う事と、子どもがバスケットボールをやっているのか、大人の趣味か狭い庭にバスケットゴールがある家が多い。最近のステイタスなのかやたら目につく。自分家さえ良ければいいと、あからさまの家が多い。

 犬のフンも歩道に多い。


 2ヶ月ぶりに、ひと月前からこのアパートに戻ってきた。

 このアパートにいない時は、東京の本駒込のお屋敷町の一画にあるアパートに住んでいる。


 知人が10年ぶりにアパートを訪ねて来た。玄関ドアを開けて、

「愛ちゃん、10年ぶりでこのアパート忘れないでよく来れたね」

 気が重いのを隠して、御愛想を振りまきながら声をかけた。


 僕のパートナーの姉の会川愛が、僕に話があると言って、東京を離れて岐阜に引きこもっている僕に、壱に内緒でわざわざ会いに来た。

 

「10年前とこの辺全然変わったね、なんなの、やっと建てました状態の家の集まりね、もしかしてC Mのアパート家賃で家が建つってやつかあ・・治安悪くない大丈夫!

 本駒込とは真逆の所ね」

と、まだ僕の話題に触れていないので助かった。


「あぁ、まだ治安は大丈夫だけど、近所迷惑を考えない家の集まりだな、朝早くから犬の鳴き声とバスケットボールのドリブルの音の騒音だよ。

 若い世代の家の集まりだから、その子どもがどう育つか想像つくよ、その頃には、僕もここを出て居ないと思うけどね」

 

 愛ちゃんは呆れた顔で、

「緑が多いから、アパート引き払わないって言ってたよね、騒音は公害だよ、ストレス溜まるでしょう?大学も卒業しているし、そろそろいいんじゃない、それにここの家賃、壱が出しているんでしょう」

いよいよ確信の話なのか。


「・・・・壱が、出してくれている。助かってるよ。僕の創作部屋なんだ」


「2人の事に私が言う必要ない事はわかっているけど、度々来る新幹線代、車ならガソリン代、・・東京のアパート家賃その他諸々全部、壱が払うのよね、成くん・・・・そういうのヒモって言うのよ」


 僕、一井成(イチイジョウ)は自称小説家だ。収入は殆どない。

 パートナーの会川壱(アイカワイチ)プロピアニストが、僕の面倒を見てくれている。


 僕と壱は、4歳の時ピアノ教室の見学会で初めて会った。

 僕の母親はなるべく早く習わせるたら、上手くなるって勘違いして僕を連れてきた。


「バイエルを最長でも2年間で終了出来ない時は辞めもらいます。ご自宅で遊びで弾いて下さい」

と、初日から厳しい事をピアノの先生が言った。僕は何を言われいるか意味がわからないが、ピアノの先生の絵本に出てくる王女様の様な髪型に目が行って離れなかったのは今でも覚えている。

 言われた母親は狼狽えていたが、僕を通わせた。


 気が遠くなるような練習を毎日しなければ、年齢が低い分2年間で終了出来ない、僕には無理だった。

 一緒に始めた壱は1年間でバイエルを終了して次のソナチネに移った。才能なのか努力なのか、詳しく聞いた事がないので分からないが、凄い。

 僕はと言えば幼稚園卒園と同時にピアノ教室を辞めた。母親の忍耐努力の足りないせいだと今だと分かる。

 毎日の家での練習、特に幼稚園児の様な小さい子どもは、大人がピッタリ付いて教えなければ上達は難しい。母親はピアノ教室に通っていると上手になると勘違いしていた。

 全くの全くだ。僕の母だ、そんな者だろう。

 

 ピアノの先生が優しかったのは、最初のひと月だけだった。全く練習をしないで通う僕に、

「お家で、練習して来てねって先生お願いしたよね。どうして練習しないの?」と何度も言われたが、あまり実感が湧かなかった。

 先生は母にも何度も言っていたが、母も曖昧な返事をして先生も呆れていた。2年間で最初の10ページも終わらなかった。


 僕と壱は違う幼稚園に通っていたが、ピアノ教室のレッスン日が一緒だった。僕が午後3時で壱が午後3時30分からの時間帯で、僕はレッスンを終え、近くの公園で遊ぶんでいると、レッスン終了した壱も公園に来た。母親同士は、おしゃべりに夢中になって、レッスン日は、遅い帰宅になる。母はこの日はコンビニで好きなお弁当を選ばせてくれた。

 毎週、壱と遊べるのも楽しみだったが、週一回のコンビニ弁当も楽しみだった。

 ある日壱に、この後コンビニのお弁当買って夜食べるんだって教えたら、コンビニでお弁当売っているんだね知らないと言われて、何と言って良いかわからないで、黙ってしまった事を今でも覚えている。


 ピアノは上手くならないが週1回、壱と遊べる事とコンビニ弁当の為通ったような感じだ。

  


 通い始めと同時に購入した僕の為のグランドピアノは一度も弾かないまま実家にまだある。

 実家に帰った時はなるべくピアノの部屋には苦い思い出を思い出すので、入らないようにした。


 壱とは、小学校、中学校は同じで、高校から別だった。

 背格好は、僕の方が2cmくらい高く185cmくらいでがっちり型クォーターなので外人顔が濃く遺伝した。母さんの母さん、ばあちゃんがギリシャ人だった。

 壱は、涼しげな顔で、めっちゃめっちゃかっこ良い、細く見えるが、しっかりした骨格に筋肉が程良くついている。

 僕は気が向けば筋トレをしているので壱以上に、筋肉が付いている。・・時間に余裕がありすぎて、壱には若干申し訳無いと思っていた。


 壱は小学5年生の時、僕に、

「成は、俺の初恋なんだ。ずっと守ってきたつもりだよ。お願いだ、俺と付き合いって」


 明日から夏休み1学期の最終日の自宅に帰る途中の歩道を歩きながら、普段の他愛のない会話の延長で告白された。


「僕が壱と付き合うって、どう言う事?今と違うの、女の子と付き合うのと同じ意味で、壱と付き合うって事?」


「そう言う事、俺の事を一番大好きになってほしい」


「僕はずっと前から、壱が一番大好きだよ。わかった、壱が僕の彼女だね、付き合うよ」


「絶対、他の奴と仲良くしたら許さないからな。

 それと俺は彼女じゃない、男同士でも付き合う事は出来る」


「そうなんだ、わかった」


 幼稚園の時から壱は僕の面倒を見てくれていたので、壱に意見を言うなんて事は考えてもいない小学生の僕だった。

 壱より10cmくらい背が低く145cmくらいで顔もまだお人形のような顔立ちだった。

 壱は背も高くかっこよくて女の子達に人気があった。何人かの女の子に告白されたって言っていた。

 一応小5からのパートナーだ。



「・・・・ヒモかぁ、愛ちゃん、壱の事心配なのはわかるよ。いくら稼いでも、湯水の様に使うパートナーに寄生されているよな」


「まるで他人事見たいな言い方ね、・・・・まぁそれでも良いけど、もし壱が、病気にでもなったらどうするの、少しはバイトでもしてお金貯める事も考えたらどう。小説のネタになるかもよ、ここで寝てばかりだとアイデア浮かばないよ。

 それに壱はますます人気が出てきて、付き合い広くなってるでしょう。

 成くん捨てられたらどうするの」


「えっ、壱、何か愛ちゃんに言ってたの?最近気になる人がいるとか?

 ・・・・

もしかして、壱が心配じゃなくて、僕の心配してわざわざ東京から会いに来てくれたの?」


 愛ちゃんとも20年以上の付き合いだ。僕達の2歳上で、僕達が幼稚園の時小学1年生の愛ちゃんも弟の壱と一緒にピアノ教室に来ていたのでそれ以来の長い付き合いだった。

 僕の事も壱以上に面倒を見てくれた。

 壱は小さい頃から、しっかりしていたが、僕は、何かとだらしなく、いつもグズグズしている子供だった。愛ちゃんはお姉さんと言うより、母さん以上に僕の世話を焼く小さな母さんだった。

 (お人形見たいで、成くん可愛い)って会うたびに言ってくれた。

 10年前も、初めての独り暮らしの引っ越しを壱と一緒に手伝ってくれた。その後は来る事がなく今日初めてアパートに来た。


 今はどうか?どう思っているのか怖くて聞いた事がない。もしかして呆れられている・・・・。


「うん、全部ひっくるめて心配なの。壱が新しい所に引っ越したのきいた?」


「・・・・っ、引っ越した。知らない」 


 この岐阜のアパートと東京の本駒込のアパートと壱の練習兼事務所の防音室のあるマンションの3つを壱は借りている。

 岐阜は僕だけの創作部屋で、僕と壱の住まいの本駒込のアパート、マンションは壱の事務所兼ピアノ練習部屋だ。


 その壱のマンションを引っ越したのは聞いていない。毎日連絡アプリで連絡し合っているのに、肝心な事は伝えてこない・・・・。


 いつからこの関係になったのかも思い出せない。僕は自分から聞く事はしない。全部壱が、僕の世話をしてくれていた。僕の我儘も全部叶えてくれる。


 何も出来ない僕が、ますます何も出来ない状態になっていた。

 甘え過ぎた・・・・。なんか不味い・・・・。

 何かが起こり始めている、いつもなら軽くでも引っ越しは教えてくれていた。

 壱が借りるマンションはピアノの移動もあるので時間とお金がかかる。

 実際の所、壱の収入も知らない。僕に月15万のお小銭をくれる、普通に貰う僕もよく考えると変だよなぁ。


「愛ちゃん、僕どうしたらいいのかなぁ、壱に甘え過ぎた。対等じゃないから僕からは聞けないよ。

・・・・、捨てられる前に、・・・・僕の方から、

ねぇ、どう思う、どうしたらいいんだろう」


「ちょっと、話飛躍しすぎ!、なんで別れるまで行くの。努力しなさいよ、全部壱に頼りきっているから成長ないのよ。壱の思い通りじゃない」


「えぇ、壱の思い通りって何?」


「・・・・、ええ、気付いていないの・・・・俺がいないと成は生きていけないって事」


「あぁ、その通りだ、働くと言うと、小説書く時間なくなるとか、小遣い足りないのかとか言うんだ。

 やっぱ働くと言うと、成お願いだ家にいてくれって」


「まあね、壱の心配もわかるよ、成くんカッコいいからね」


「はぁ、僕じゃないよ壱だよ」


「成くんだよ」


 カッコいい話はなんでも良いが、壱が僕に隠し事をしている。もし聞いたら、前に言ったよって押し通すよな、僕は面倒な事嫌いだから、そうだったかと、流して終わりだな。

 このままでは日陰の身状態で一生終わりそうだ。やっぱり、うぅん・・・・生きた証を残すか。

 この贅沢な生活を手放して僕は生きていけるのか、後でゆっくり考えよう。

 

「これからの生き方、真剣に考えてみるよ。

壱には相談しない。壱はこのままが一番だって言うに決まっている。

 所でマンション替えたのいつの事?」


「半年前よ、私が知ったのはひと月前。壱からじゃなくお母さんが言っていた。お母さんには教えている見たいね。

 前の壱のマンションの近くのケーキ屋の話を

していたら、もうそこには壱はいないって、引っ越したって。

もぉ、凄くびっくりしたのよ。あんな家賃の高い所からもっと高い所に引っ越したって聞いて。

 マネジャーさんにも住んでもらうって」


「和井さんと一緒に住んで居るんだ。知らなかった」


 和井さんは壱と同じ高校で音楽科の2年上の先輩。 

 壱と同じピアノ専攻でよく連弾をする仲だったらしい。大学も同じだと言っていた。

 大学の時から始めたネットショップが成功してたぶん、今もやっているはずだ。


 壱がプロとして活動のきっかけも和井さんのおかげだった。

 大学卒業記念に、都庁のフリーピアノでの演奏を、ゆチューブで公開した。

 全て壱のオリジナル曲だ。その後の英語でのインタビュー全てがショートムービーで仕上げてくれた。その後緩やかにプロのピアニストに登って行った。

 コンクールに出るピアニストではなく、ゆチューブを足がかりにした活動だ。 

 壱の容姿が、ファンを掴んで言った。主なプロデュースを和井さんがやってくれて、壱は演奏に専念出来た。

 たまにやる連弾が凄い人気らしい。


 和井さんは、身長は170cmくらいで細みな体系で髪の毛は天然パーマのクルクルして淡い茶系で肩くらいの長さでふわふわさせている。目もぱっちり二重で可愛いらしい方だった。

 僕と髪の毛質は似ているが、僕はひとつに結んでいる。壱は真っ黒のストレートをひとつに結んでいた。

 もしかして心移りか、二股か・・・・なんて、あるわけないか。


「愛ちゃん、僕の事心配しないで、大丈夫だから、小説家にこだわらなけば、なんとか食べていけるよ。僕一応医師免許持っているから」


「そうよ、成くん、ちゃんと考えて。

 別れるとかじゃなくて、壱の言う通りの生活は、成くんを世間に出さない事だからね。余計なお世話だけど成くんも可愛い弟だから、心配で話たかった。

 今度は東京で会いましょう、この辺観光して帰るわ、またね」

愛ちゃんは、颯爽と帰った。


 あっと言う間に、帰られても寂さが残った。

僕のだらしなさを指摘されると思っていたが、逆で、心配させていた。


 うぅん、どうしたらいいか、・・・ゆっくり考えて見ようと思い、ソファに横になった。

 さっきまで、ごろごろしている日常に疑問も感じなかったが、今は、このまま年を重ねていくのが、不味い気がすると思いながらも、またうとうとした。

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