74:長期遠征探索

 走りに特化したスキルを持つシーカーの場合。時速50キロ程度の移動速度で途中睡眠食事休憩を挟んで1日10時間程度、距離にして500キロは走破する。それを一ヵ月も続けると単純計算で1万5千キロになるのだが、それはあくまでも道が平坦だったらということで、実際には山あり谷あり川あり湖ありで、それどころか道すらない場所の方が多いので、実際にはその半分の距離にすら及ばないのが実情だ。しかも一ヵ月の間の食事や衛生面での日常必需品なども運搬しなければならないので思ったようには進めないのだ。


 ゲート探索が始まってから80年も経過しているので相当開拓されていてもいいはずなのだが、ほぼ全て「人力」による開拓なのでまだまだ未開拓で未発見の地が多いのである。ゲートの入り口が幅2メートル高さ3メートル程度ということで、ダンプやブルトーザーなどの大型重機は通過させることが出来ないからだ。


 オートバイの利用は昔から活用されていて、最近では電動バイクも幅広く活用されている。その全てがほぼオフロードバイクだ。しかしいくらオフロードバイクとはいえ、大人の背丈ほどもある草原地帯や鬱蒼とした森林地帯やぬかるんだ湿原地帯などは走破できず、移動は人の足、開拓作業もやはり地道に人の手によって行われていった。


 道を舗装するロードローラー、トンネルなどを掘るための大型ドリル、船舶、飛行機、等々それらの機械類が一切持ち込めない状況での開拓なので80年経過した現在でも手つかずの場所が多いのである。


 最近でこそドローンやAIの加速度的普及により、探索範囲は各段に広がっているが、それでも最後は人の目と手による探索と開拓が必要不可欠なのだ。これまでゲート付近の生活拠点インフラの拡充から優先的に着手してきたので80年かけてじわりじわりと開拓範囲を広げているのが実情だ。


 当然人への配慮、すなわち安全性の確保の面もある。ただ単純に危険対象物だけでなく、過酷な自然環境やさらに地球上にはないウィルスや病原菌など目に見えない脅威の恐れもある。やみくもにただ邁進するわけにはいかないのだ。


 しかしそうした状況にあってもシーカー達はあくなき探求心と好奇心で困難に立ち向かっていったのである。それら困難が時に彼らの命を奪う程の残酷さを見せつけてもなお彼等は挑み続けるのだ。誰かから命令されたわけでもなく自らが喜んで己の好奇心、探求心、そして冒険心を満たすため、本能を満たすために未知なる世界に挑み続けてきたのだ。


 力堂もまさにそんな一人である。確かに彼のステータスは戦闘面において優秀なステータスである。しかし彼の本質は冒険家である。まだ見ぬ土地でまだ見ぬ生き物たちや美しい大自然の景色など、心の負の感情が全て吹き飛ばされるかのような目を見張る美しい光景の数々を目にした時は、誰はばかることなく涙があふれ出てくることもあった。大自然によって魂が浄化されたといっても過言ではない。ある意味ではゲートに魅了され憑りつかれてしまったといってもいいだろう。


 そんな力堂と志を共にする第7次長期遠征探索チームは、富士山麓ゲート起点から北北西の方向におよそ5千キロという地点にいた。目の前には美しく透き通った湖と険しく立ちはだかる山があった。


 いったんここでベースキャンプを設営し、迂回するのか登山するのか引き返すのか、様々な方針を検討しつつドローンを飛ばして山を撮影し、水中ドローンを使って湖の中を撮影し、得られた映像を解析分析していたのであった。


 事態はそんなときに起こった。


 険しい山の調査のためドローンを飛ばして撮影していたところ、山の頂付近で何かの飛行物体が映ったのである。最先端の高解像度カメラを搭載していのでただちに拡大したところ、巨大な竜の姿が映っていた。地球上での恐竜時代の翼竜とはかけ離れたフォルムで、およそ重力という自然物理の概念を無視したそのフォルム。重力下で空中を飛行するために必要な翼面積を持たないフォルム。そのフォルムはまさにファンタジー世界に登場するドラゴンそのものだった。


 その場にいる全員がドローンをもっとドラゴンの近くに寄せて見たいという欲求と、もしもドラゴンを刺激してこちらに致命的な危害をもたらす危険性を考えた理性という二つの重い思いを天秤にかけて苦悩した。


 さすがの力堂もどうするべきかすぐには決断出来ずにいたところドラゴンはさらなる山の頂に向けて飛び去ってしまった。


 ドローンの限界飛行高度と、限界操縦可能範囲に達しかけていたので警告アラームが鳴り響いていたためやむなくドローンを回収することにした。


 力堂は即座にチームを分けて、収集した情報を機関本部に伝達する班とこの場に残って引き続き調査を継続する班に分けた。


 ゲートには通信衛星がないため、ゲート起点から5千キロも離れたこの地では通信電波はゲート村まで届かない。そのためゲート村まで通信可能な距離、通信アンテナ基地局が受信可能な位置、具体的にはゲート村北北西の距離およそ3千キロまで近づかなければならない。今から速いペースで戻っても10日近くはかかる。そのため10人いる隊員のうち3名を情報伝達メンバーとして選出した。いずれも健脚自慢のシーカー達である。


 そうして冴内の研修終了を見送ってから一ヵ月以上経過した今、神の奇跡といっても過言ではない程の偶然により竜発見の報がもたらされたのである。

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