63:落胆

 冴内が一通り最新式のハンドガンやアサルトライフルやボルトアクションスナイパーライフル等を手にしたり構えたりして満足した後で、いよいよ英国が世界に誇る名剣【英雄剣】と対面することになった。


 冴内にとっては今回の英国訪問の最大目的はあくまでもアリオンに装着する馬具の製作依頼であり、今やそれと同じかそれ以上に大事な目的としてシーラ嬢と親睦を深めるというのもあるがそれは密かに心に秘めた思いである。


 そしてせっかく来たのだからストーンヘンジ・ゲート内を見て回りその地で活動するゲートシーカーとも交流出来ればいいなぐらいに考えていた。


 対して英国情報部員達の最大の目的は冴内と英雄剣を引き合わせることであった。冴内がゲート素材で製作されたありとあらゆる武器を触ることすらできないのは重々承知しているし、冴内のスキルのどこにも英雄に関する記載がないのも重々承知しているのだが、それでも英雄剣と対面接触することで、何かが起きないかと期待していたのだ。有り体に言うと英雄として覚醒してくれるのではないかと期待していたのだ。


 一応冴内も英雄剣についてはある程度は知っていた。子供の頃テレビの特別番組で見た記憶があり、単なるドキュメンタリー番組ではなくドラマ仕立てで娯楽性もあったので覚えていた。この番組が放映された後しばらくの間、日本でもあちこちの小学校や公園で厚紙や段ボールで作られた英雄剣が活躍していた。


 そしていよいよ本物の【英雄剣】との対面の時がやってきた。


 当然英雄剣は特別な存在なので、一般の武器が置かれている場所とは別に特別な部屋が用意されていた。その部屋の中央部にはまるで神聖な棺のような印象を与える台座が鎮座しており、英雄剣は静かに眠っているかのように、その上に横たえられて置かれていた。部屋の壁には英雄剣を取り囲むように5人の製作者の肖像画が描かれており、この部屋だけ武器屋というよりも世界有数の国宝展示室といった趣だった。


 英雄剣は柄の端から鞘の先端を含めて全長2メートル程もある巨大な剣で刃幅も広く30センチはありそうだった。


 そもそも英雄以前に怪力大男でもない限りこんな巨大な剣は持ち上げることすら出来ないんじゃないかという大きさで、試してやろうという気概すら一瞬で消し飛ぶ程の圧倒的存在感だった。


 それでも完成当時は英国のみならず世界各国から腕自慢シーカー達が我こそは英雄だと豪語し英雄剣に挑んだのだが、ほとんどが重すぎて持ち上げることが出来ず、かろうじで持ち上げることが出来ても鞘から抜刀することが出来なかった。


 鍛冶職人が刀身を完成させ、武器職人が柄、鍔を取り付け、偏屈な魔法使いが己の命を注ぎ込んで英雄剣が完成したその瞬間、英雄剣はズシリと重みを増した。完成した英雄剣を鞘の中に収めるのには怪力自慢のシーカー達が数人がかりでなんとか収めることができた程だった。


 10年程前に戦闘系スキルで世界最強ステータスの人物が挑んで以来誰も英雄剣に挑んでおらず、今では観光目的で訪れた外国人シーカーがたまに拝見していく程度である。


 そんな英雄剣が今まさに冴内の目の前に手を伸ばせば届くところの位置にあった。


「冴内様、是非触ってみて下さい」

「えっ?こんな大事な国宝に触るなんて恐れ多くて出来ませんよ。それに自分はゲートで作られた武器は触ることが出来ないんです」

「はい、失礼ながら存じ上げておりますわ」

「それでもせっかく来たのですから記念に触れてみて下さい。ちゃんと許可はとってありますから大丈夫ですよ、ホラ!」と、シーラ嬢に手をつながれたので拒否することなど100パー不可能断じて否とうことで冴内は英雄剣に触れることにした。


 記念に動画を撮っておきますわねとシーラ嬢は携帯カメラを向ける。何故か他の職員(情報部員)さん達もカメラを向けているので、非常に恥ずかしい気持ちでいっぱいだったがまぁ恰好だけでもということで、意を決してとうとう英雄剣の柄を握りしめようと試みた。


 決定的その瞬間!冴内以外の全員が呼吸を止め固唾を飲んで見守る!そして!!


 スカッ・・・と、まさにホログラムのように冴内の手が柄を通り抜けた。


 そのまま柄以外にも鞘など英雄剣のあちこちを触ろうとしても全てが冴内の手を通り抜けた。


 冴内的にはサービス心であちこち触ってみたのだが冴内以外の全員にとってその行為はまさしく彼らの心にグサリグサリと何度も剣で突き刺さすかのような痛みを与えたのであった。


 常に冷静さを失わず感情をコントロールし表情に表さないよう訓練してきた情報部員達であったが、あらかじめ分かっていたこととはいえ、やはり落胆は大きく平静を装わなければという思いとは裏腹に表情に出てしまった。シーラ嬢も必至に賢明に笑顔を保とうと涙ぐましい努力をしていたがそれでもやはり口角がわずかに引きつっていた。


 さすがの冴内もそこまで鈍感じゃないので、場の微妙な雰囲気の空気を感じ取り、いくら触れてもいいと言われても最後にベタベタ触ろうとしたのはまずかったと猛反省し、その場に土下座しそうになった。


 もしも今の様子を録画した動画が配信されて、度を越したイタズラ動画として拡散し、英国政府から超多額の賠償金を要求され、全世界的規模で社会的に抹殺されたら、冴内一族は全滅消滅という地獄の恐怖が冴内を襲い、冴内は泣き崩れる以前に恐怖で気を失いそうになった・・・

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