2、おてつだい
議会のない期間、レオンはストランド家の領地にある海辺でお店を開いている。趣味で。
レストランよりも気軽で、浜辺に面したテラス席がおおい。
三男とはいえ伯爵家の人間、さらに政治家であるので、ふつうは副業はしない。
これはレオンが店をはじめて間もないころの話。
「政治家は裏表がありすぎる。人間関係も面倒だし、腹の探りあいだ。しかも官僚ときたら堅苦しすぎるし、融通もきかない。議会のあいだは肩がこってしょうがないんだよ」
料理とはいえ、出店までするのだから。趣味というにはこだわりが強いというべきか。レオンは自分で魚も釣れば狩りもする。さすがに野菜や果物の栽培まではしていないが。
レオンいわく「俺は素人だからな。野菜を育てるのは得意じゃない」とのこと。
(実家のあるリングダールの領地で店を開かないのは、レオンお兄さまは何もおっしゃらないけれど。ご両親やご兄弟、親族がうるさいのかもしれないわ。「伯爵家の者であるという体面を考えろ」と)
「まぁ、売り上げにこだわることのない、気楽な商売さ」
レオンは当初、そう考えていた。
だが、問題はあった。
店主であるレオンが強面すぎるのだ。
幼いながらも彼を一途にしたうミリアムには、レオンの鋭い三白眼も、左のほおに残る傷あとも見慣れてしまっているが。
ふつうの人は、レオンが店頭にたち「いらっしゃいませ」とお客さまを迎えるだけで「あ、すみません」「まちがえました」と、そそくさと立ち去ってしまう。
「いったいなにが悪いというのか」
レオンは頭を抱えた。
(う、うーん。顔が悪いとはとうてい言えないわ)
実際には「人相が悪い」だが、ミリアムにそれを説明できるボキャブラリーはない。
「食材がムダになって困るんだよな」
海辺の店なので、魚を仕入れることも多い。新鮮さが身上なので、やはり鮮度がいいうちに売り切ってしまいたいらしい。
目つきの悪さも、いかにも横柄そうな見た目も、議会の討論では有利だ。だが接客にこれほど不向きな顔もない。
「じゃあ、じゃあ。ミリアムがお手伝いします」
すわればお人形、ほほえめば愛らしい天使。
ミリアムが涙をこぼせば周囲の者がおろおろと焦りだしたり「おお、なんと哀れな」と、もらい泣きをしてしまうほどの愛らしさ。
まぁ、じっさい本人は机の角に指をぶつけた程度で泣いているのだが。
しかもミリアムの愛らしさは「黙っていれば」「動かなければ」に限る。
「お嬢さまを店に立たせることなどできない。愛想のよい町の娘をやとうことにするから。ストランド侯爵令嬢は気にすることはない」
おおきなレオンの手が、ミリアムの頭をなでる。
たしかにレオンの言うことももっともだけれど。
(承認されないなら、行動あるのみです。えいえいおー)
翌朝からミリアムは早起きをして、レオンの料理の仕込みを手伝うことにした。
◇◇◇
厨房でのコックやキッチンメイドの朝食の支度や片づけを終えたあと、レオンはお店で出す料理の下ごしらえをする。
「自分の店のキッチンでもできるんだが」
「だいじょうぶです、レオンお兄さま。ミリアムがおてつだいしたほうが早いですから」
「まぁ、たしかに店のキッチンは狭いし。手伝ってもらって、ストランド男爵令嬢には感謝している。ありがとう」
(まぁ、レオンお兄さまがわたしにお礼を)
背もたれのない椅子に座ったミリアムの胸が、きゅんと高鳴る。
料理のつけあわせに使うラシットポテトの皮を、ミリアムはせっせとナイフで剥いている。
最初のころは、皮をぶあつく剥きすぎて、食べられるところがほとんどなかったが、さいきんは手慣れてきた。
するすると、床に落ちていくポテトの皮。
「まぁ、それくらい熱心に刺繍をしてくれたらいいのに」
キッチンを覗いたミリアムの母が、ため息をつく。
「だって、刺繍ってつまらないもの」
「お料理よりもお菓子をつくるのがいいと思いますよ。レモンタルトにまっしろなエンゼルフードケーキ、甘くないのでしたらチーズビスケット。ローズウォーターやオレンジブロッサムをつかったゼリーはどうでしょうか。ね?」
「ね?」といわれても。貴族の娘はお菓子は作ることはあっても、料理はまずしない。
基本的な料理は結婚前に習うのに、手料理をふるまう機会などおとずれないことを、ミリアムは知っている。
「うん、またねー」
するする。ころん。ポテトを器に放りこむ音。
「聞いていますか? ミリアム」
「あ、お母さま。そこね、さっき卵を落としちゃったの」
「きゃあ。そういうことは先におっしゃい。ふんでしまったら大変でしょう」
逃げるように母は去っていった。
ぺろっとミリアムは舌をだす。卵は落としたけれど、割れてはいない。だって布を敷いたかごのなかに落下したのだから。
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