第3話 [下僕視点] 俺の異世界パターンは

 気が付くと、俺は異世界にいた。

 目の前には、金髪の可愛い女の子が潤んだ瞳で俺を頼るように見ていて、周りは、見たこともない森の中。つい今しがた、ポテチを食いながらスマホゲームに興じていたのに、気がつけば、ここにいたのだ。

 ここが異世界じゃなければ、一体どこだというのか。


――ドッキリか?

――俺の夢の中か? 


 ゲームの中に取り込まれてしまった、というパターンもあるが、俺がやっていたゲームには、こんな森や金髪の可愛い女の子は出てこない。

 そもそも、ジャンルが違う。


「え、え、え?

 ここって異世界? 俺って、もしかして、死んじゃったの??」


 あとは、何らかの理由によって現世で俺が死亡し、異世界に転生したというパターンもある。

 だが、家の中で、しかも自分の部屋で、暖かいベッドの中に居て、死ねる理由がない。

 俺は、まだ19歳になったばかりだし、持病もない。

 改めて自分の身体に何か異変が起きていないか確認してみるが、どこも変わったところはなく、怪我もしていない。

 つまり、これは、何らかの外的要因が働いて起きた、異世界転移である、と俺は理解する。


『ちょっとあなた、見たところ何の特技もなさそうだけど、他に手段がないから使ってあげる』


 目の前に居た金髪の可愛い女の子が俺に向かって話しかけてきた。照れているのか頬を赤くし、熱っぽい眼差しで真剣な表情をしている。

 だが、外国語のようで何を言っているのか分からない。


(おかしいなぁ……こういうのは、ふつー自動翻訳機能が働いているものなんだが)


 これまで俺が読んできた数々のラノベ異世界転移もののファンタジーとは、少し趣向が違うらしい。


『私のために戦って』


 言葉の意味は解らない。それでも、彼女の声を耳にした途端、俺の中に電流が走り抜けた。


 なんだ、これは……そうか、これが……


(……………………一目惚れってやつか!!!)


 言葉の意味は分からないが、目の前の女の子が俺に助けを求めていることだけは分かる。不思議なことに、それまで何の気力も気概も持たずにいた俺の中に、突如として、腹の底から込み上げてくる力の奔流を感じた。


 俺は、己の両手を見つめた。そこから何か得たいの知れないパワーが放出されようとしている……ような気がする。これが異世界チートスキルの力なのだろうか。

 それとも、未だかつて経験したことのない〝恋の力〟ってやつなのかもしれない。


 ちょうどその時、金髪の可愛い女の子の背後から、草を掻き分けてこちらへやってくる誰かの気配がした。


『いたぞ!』


 草むらから顔を出したのは、見たこともない一人の屈強そうな男だった。人相も悪く、まるで盗賊のようだ。

 屈強で人相の悪いその男は、大声で何かを叫んだ。

 すると、急に周囲が騒がしくなる。どうやら他にも仲間が大勢いるようだ。


『とにかくあんた! 何とかしないさいっ!!』


 金髪の可愛い女の子が切羽詰まった表情で、俺に向かって叫んだ。

 その顔を見た俺は、はっとした。事情は分からないが、どうやら彼女は、あの男たちに追われていて、俺に助けて欲しいらしい。


 普段の俺なら迷うことなくこの場を逃げ出しただろう。

 だが、ここは異世界。

 俺は、目の前にいる金髪の可愛い女の子を助けるために現れた勇者か救世主としてここにいるのだ。今の俺なら、何でもできるような気がした。


 俺は、草むらを乗り越えると、金髪の可愛い女の子に迫り来る追手たちの前へと躍り出た。こちらへ駆け寄ろうとしていた追手たちは、突然現れた俺に驚き、距離をとって動きを止めた。警戒しながらこちらの様子を伺っているようだ。

 俺は、全身に力をみなぎらせると、両の掌を前に突き出して、叫んだ。


「ファイアー! スリープ! サンダー!」


 しかし、俺の掌からは何も出ない。


「あれ? 魔法使いじゃないのかなぁ。

 それじゃあ……出てよ、エクスカリバーー!」


 今度は、右手を頭上に向けて叫んでみたが、やはり何も出ない。


「おかしいなぁ……ということは、もしかして腕力で戦うタイプか?

 それか、ヒーラーか……いや待てよ、隠しスキルというケースも……」


 そして、俺は、思いつく限りの呪文を口にしてみた。その間、追手たちは、戸惑いながら互いに顔を見合わせている。


「チートーーー!」


「何か出ないのか、スキルーーー!!!」


 それからも俺は、両手を掲げて記憶する全ての呪文を叫んでみたが、何も起きない。さすがにこれは何かがおかしいぞ、と俺は思い始めていた。最強になったような気がしたのは、本当にただの気のせいだったのかもしれない。

 そう思ったのは、俺だけではなく、それまで俺の様子をただ見ていただけの追手たちも同じように感じたようだ。


 唐突に、一人の屈強な男が俺の方へと歩み寄って来た。試しにと言わんばかりに、逞しい腕で拳をつくると、俺の左頬目掛けて打ち付けてきた。

 避けよう、と思わなかったわけではない。

 が、いかんせん現世での俺は、喧嘩慣れしていない。

 俺は、自分の左頬に強い衝撃を感じると、痛みを認識する間もなく、そのまま気を失った。

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