第2話 間違えました。

「今、こっちの方で何か光ったぞ!」


「気をつけろ、またあの妙な術で何かしてくるに違いないからな」


 すぐ近くで追手たちの野太い声が聞こえた。

 リベルは、はっと我に返ると、今自分が召喚した幻獣はどこかと辺りに視線を巡らせた。


『え、え、え?

 ここって異世界? 俺って、もしかして、死んじゃったの??』


 目の前に立っている謎の男が何かを喋っている。

 だが、リベルの理解できない言葉なので、とりあえず無視することにした。

 今は、それどころではない。

 しかし、ようやく周囲にそれらしき召喚獣がいないことを認めると、リベルは、大きなため息を吐いた。


(失敗しちゃった……もうだめ、私は、ここで殺されるんだわ…………)


 頭がくらくらした。頭痛もする。

 もう新しい術式は描けそうにない。

 こうなったら、もう手段を選んではいられない。

 失敗作だろうが何だろうが、使えるものは屑でも使ってやるわ、と改めて腹を括ると、目の前で不審な挙動をとっている謎の男を見た。


「ちょっとあなた、見たところ何の特技もなさそうだけど、他に手段がないから使ってあげる」


 謎の男は、こちらの言葉が理解できているのかいないのか、きょとんとした顔でこちらを見ている。

 とりあえず耳は聞こえているようだ。


「私のために戦って」


 これは、召喚したモノを術者に従わせる呪文。

 例え相手が言葉の通じない魔獣であっても、召喚されたモノは、決して逆らうことができない。

 謎の男は、自分が何を言われたのか理解していない様子だったが、突然はっとした顔で自分の両手を見つめた。

 何をしているのだろう、と朦朧とした頭で考えてみても、分かるはずもなく、ちょうどその時、背後から草の根を掻き分ける音と、誰かの気配を感じて振り返った。


「いたぞ!」


 すぐ後ろに追手の1人が立っていて、大声で他の仲間へ呼び掛ける。

既に大勢の追手がここを囲うように集まってくる気配がした。


(まずいわ、このままじゃ本当に……)


「とにかくあんた! 何とかしないさいっ!!」


 すると、謎の男は、はっと表情を変えて、迫り来る追手たちの方へと躍り出た。やはりリベルの言葉が効いたのだ。

 こちらへ駆け寄ろうとしていた追手たちは、突然目の前に現れた謎の男に驚き、動きを止めた。警戒しながらこちらの様子を伺う。

 謎の男は、全身に力をみなぎらせると、両の掌を前に突き出して、叫んだ。


『ファイアー! スリープ! サンダー!』


 しかし、謎の男の掌からは、何も出ない。


『あれ? 魔法使いじゃないのかなぁ。

 それじゃあ……出てよ、エクスカリバーー!』


 今度は、右手を頭上に向けて叫ぶが、やはり何も出ない。


『おかしいなぁ……ということは、もしかして腕力で戦うタイプか?

 それか、ヒーラーか……いや待てよ、隠しスキルというケースも……』


 謎の男が、謎の言葉でぶつぶつと喋っている。

 追手たちは、謎の男の行動が読めず、戸惑いながら互いに顔を見合わせた。


『チートーーー!』


『何か出ないのか、スキルーーー!!!』


 それからも謎の男は、両手を掲げて謎の呪文を叫ぶばかりで、一向に役に立たない。

 リベルは頭がくらくらした。下級精霊ですらもっと役に立つだろう。

 謎の男の謎の言動に警戒して動きを止めていた追手たちも、さすがに何かおかしいぞと気付き始め、一人が前に進み出る。

 試しにと言わんばかりに、謎の男の左頬目掛けて拳を打ち付けると、ぐごっと潰れた声を上げて謎の男は倒れた。


「よしっ、かかれー!」


 その一声で、追手たちが木陰に隠れていたリベルに向かって襲い掛かる。

 リベルは、真っ青な顔でもうダメだと思った。

 その時、襲い掛かる追手たちの頭上から一匹の大きな獣が現れた。雪のように白い、しなやかな体躯に黒い縦縞模様が稲妻のように走り、首の周りには青い炎が鬣のように覆っていて、体長は人間の大人程もある。

 獣は、リベルと追手たちの間に立ち塞がると、低い声で唸り、リベルを守るように牙をむいた。


「クファール!」


 リベルが獣の名を呼ぶ。クファールと呼ばれた白い獣は、動けないでいるリベルの身体を優しく頭で押し上げて自分の背に乗せると、そのまま大きく跳躍した。

 驚いた追手たちが慌ててその後を追い掛ける。

 リベルは、暖かく柔らかいクファールの毛皮に顔を埋めて、ほっと息を吐く。


(助かった……)


 クファールは、風よりも速く、稲妻のように森の中を走り抜けて行く。人間の足で追いつくことは不可能だ。

 脅威が遥か後方に過ぎ去った後で、はたとリベルは自分が何かを忘れていることに気が付いた。


「……あ、待って。忘れ物」


 優しく声を掛けてやると、クファールは、リベルを振り落とさないよう向きを変え、颯爽と来た道を戻って行った。

 正直面倒だったが、自分が捲いた種くらいは、拾っておくべきだろう。

 途中、振り切った追手たちの間を駆け抜け、元居た場所へ戻って見ると、案の定そこには、殴られて気絶したまま倒れている謎の男が居た。


(しょうがないなぁ……)


 リベルが溜め息を吐きながら、クファールに拾って、と声を掛ける。

 クファールは、自身の長い尻尾を謎の男の身体に巻きつけて持ち上げると、再び、森の中を駆け抜けて行った。

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