覚醒の、光と絶叫
おぞましいほどの咆哮が、廃棄孔内に響き渡る。獲物を見失ったドラゴンゾンビが、不満を周囲にぶつけているのだ。腐敗して屍となったとて、ドラゴンは強大な種族。少なくともラプスは、踏みつぶされればあっけなく死んでしまうことは自明である。
「……また、こっちに来た……!」
足音と振動で伝わってくる。あのドラゴンゾンビは、自分を見失ったこの場所の周辺をしらみつぶしに探しているのか。
廃棄物の山から這い出して様子を見れば、ドラゴンゾンビは廃棄物の山を一つ一つ踏みつぶしていた。そのたびに、腐敗してぐちゃぐちゃになったなにかが飛び散る。
(……マズい、このままじゃ……!)
自分が隠れているこの廃棄物の山も、あの怪物に踏みつぶされてしまうだろう。気づかれないうちに、なんとか逃げ出さなければ――――――。
どうやってこの場所から出ればいいのかわからないままに歩こうとする彼女の足に、何がかがまとわりついた。ネトネトした感触に、ラプスの全身が粟立つ。
「え……?」
恐る恐る、足元を見れば――――――。
黒く腐蝕した蠢く肉塊が、彼女の足に取りついていた。
「――――――ぎゃああああああああああああああああああっ!!」
あまりの不快感に思わず出た叫び声が、廃棄孔の中に響き渡った。その空気の振動は、ドラゴンゾンビのかつて鼓膜があった部分を、はっきりと揺らす。異形の鼻先が、ラプスの方を向いた。
「……ああっ!」
肉塊が取りついていたのは、突き落とされたときに折れてしまった足である。激痛にこらえながら、ラプスは足を振って肉塊を振り払った。地面に落ちた肉塊は痙攣の様に蠢いて、やがてぎょろりとした目玉と牙を剥いた。
「まっ、魔物……!?」
肉塊の正体は、【ブロブ】という魔物であった。牙は黒ずんでおり、どう見ても毒がある。噛まれていないのは、不幸中の幸いだったろう。
何とか逃げようと再び走り出すラプスを追うドラゴンゾンビに、そのブロブは無残にも踏みつぶされてしまった。
そして、走り続けた矢先、とうとう、限界が来た。
「―――――――あうううっ!」
あまりの激痛と悪臭に、涙と吐き気が襲う。骨折した足で走るのも限界。とうとうまともに足が言うことを聞かず、ラプスはその場に倒れこんでしまった。
「あ……足が……!!」
それでも、這って逃げようとする彼女に、さらなる絶望が襲い掛かる。
「あ……!」
――――――壁だ。逃げているうちに、廃棄孔の壁にまで到達してしまったのだ。周囲も廃棄物の山に囲まれて、もう逃げ場はない。
ドラゴンゾンビは、ずしん、ずしんと。確実にこちらに向けて、歩を進めている。さらにドラゴンゾンビの足音の影響か、先ほどのブロブの同類も現れ始めた。いずれも、壁にもたれて何とか立ち上がるラプスを狙っていることは、間違いなかった。
(……もう、ダメだ……!)
ラプスは絶望に襲われ、目線を下げた。そして見えるのは――――――黒い、自分の異形の腕。
もう、自分が助かるとしたら、この腕しかない。
(神様、どうか、どうか。お願いです。この腕に力があるのなら――――――。どうか、今、その力を発揮してください――――――!)
ラプスは心の中で祈りを捧げ、右腕を天に向かってかざした――――――。
しかし、何も起こらなかった。
怪物たちはまるで怯えることなく、ラプスの方へと向かってくる。
ああ――――――もう、本当にダメだ――――――。
そう思った途端に、ラプスの中にあった糸が、ぷつんと切れた。
「……っこの……っ!!」
廃棄物をまさぐり、鋭利な何か――――――廃棄物にまぎれていた、何かの金属片を、左手で掴んだ。
そして、ラプスはドラゴンゾンビでも、ブロブでもなく。己の黒い右腕を睨む。
「この……クソ腕がぁああああぁぁあぁあ―――――――っ!!」
自分の右腕に、彼女は金属片を突き立てようと、勢いよく振りかぶった。
身体はボロボロ、敵が迫る限界状態で、彼女が最後に怒りをぶつけたのは、他でもない、自分の右腕であった。こんな事態になった、すべての元凶。
もう、どうしようもなかった。自傷だろうが、どうせ死ぬのだ。だったら、この無能で気持ちの悪い腕に、一矢でも報いなければやっていられなかった。
ラプスは煮えたぎる怒りのままに、腕に向かって金属片を振り下ろした。もう、何もかも信じられなくなったラプスができる、世界への最後の抵抗である。
―――――――だが、そんなときに限って。
――――――本当の、奇跡は起こる。
突如として、彼女の右腕が、白く光輝き出したのである。
「――――――ええっ!?」
それは金属片を突き刺す直前か、はたまた直後か。
いずれにせよ、今更過ぎる奇跡の光に、ラプスの怒りの一撃は止まれなかった。
怪物たちをも一瞬たじろがせる光は、あっという間に消え失せ、腕は元の黒い異形の腕に戻る。あまりのまばゆさに、ラプス本人も目が眩むほどだった。
だが、真に驚くべきことは、いきなり腕が光ったことではない。
「――――――
廃棄孔全体を、大きく揺るがすような絶叫が響き渡る。ラプスは思わず、ぼやける視界の中でその音源を見やった。
叫んでいたのは――――――まぎれもなく、金属片が突き刺された、自分の【右腕】だったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます