転生先は、魔王の右腕!!

ヤマタケ

棄てられた少女

「はあ、はあ、はあ……!」


 一人の少女が、暗い道を走っている。見た目は10代前半くらいだろうか。白いロングヘアをなびかせながら、息を切らし、必死の形相で走っていた。

 露になっている肌には生傷が数多い。出血しているところから、ついさっきの間にできた傷であることは間違いなかった。走る姿勢が片足を庇っていることから、骨折していることも伺える。


 そんな彼女を追う、巨大な黒い影。地面が軋むような振動と、荒い息を吐く音が

聞こえるのを、少女は背中で感じていた。自分を負うものが、明確に「死」をもたらすものであると。振り返り、その姿を見れば、自分が恐怖で動けなくなることを、なんとなく察していた。――――――いや、今自分がいるこの空間そのものこそ、明確に彼女に「死」をもたらすものであった。


【廃棄孔カタストラ】。この世界における、あらゆる廃棄物が集約する場所。世界で最も不潔で汚染されている廃棄口の中には、腐敗と汚染により異常な進化を遂げた生物が多数存在している。彼女を追う異形、【ドラゴンゾンビ】もその一種だ。地上での生存競争に敗れ、廃棄口へと落ちた竜の成れの果てである。眼球は腐り落ち、全身から腐臭と酸をまき散らす怪物。地上に生きる者たちは、その想像を絶するおぞましさにたちまち吐き気がするという。


 廃棄口に落ちた少女も、かの異形に出くわし、あまりの悪臭に嘔吐した。しかし、すぐさま落下により折れた足を庇いながら走り出した。あの怪物に食われて死ぬのだけは、死んでも嫌だった。


(……だめ……このままじゃ、追いつかれる……!)


 もう、体力も限界である。少女は息を切らしながら、周囲を見回した。ドラゴンゾンビと同様、腐敗した廃棄物に覆われている。

 咄嗟の判断であった。少女は息を止めると、山積みになっている廃棄物の中に飛び込む。彼女を追っていたドラゴンゾンビは、はたと足を止めた。眼球の腐り落ちた屍竜は、周囲と同じ腐臭に塗れる少女の匂いをたどることができなくなったのだ。


(……お願い、早く、どこかに行って……!!)


 廃棄物の中で息を止めながら、少女は節に祈っていた。地面を揺らす足音が、遠ざかったと思えば、また近づく。そんな時間が永遠の様に続いた。


(……どうして、こんなことに……!)


 少女は廃棄物の中で震えながら、己の右腕を見やる。


 この右腕こそが、少女の不幸のすべての元凶であった。


******


 【ラプス・メイリアス】。白い髪に可愛らしい顔の少女は、人間ではなかった。

 【魔族】と呼ばれる、この世界における最大の霊長。特徴となるのは、髪に巻き付くように生えている漆黒の角である。彼女はその中でも、中下級魔族レッサーデーモンという分類に類していた。

 魔族は生まれながらの家系により階級があり、それは先祖代々の魔力量に依存する。最も位が高いのが最上級で、最も低いのが最下級。

 ラプスの家系である中下級というのは中級魔族の中でも地位が低い部類であり、そのくせ下級魔族とも言いづらい、中途半端な地位であった。


「――――――お前は我が一族の中でも、類を見ないないほどの落ちこぼれだな!」


 地位が低く、生活も苦しかったラプスの両親は、ラプスの出来の悪さに文句を言うことで、日々の鬱憤を晴らしていた。

 中級魔族であれば、たいてい5歳にもなれば魔力を操れるようになる。しかしラプスは、13歳になった今でも、魔力を自由に操ることができないでいた。8つ年の離れた弟は、できるのに。親の愛情は落ちこぼれの自分よりも、人並みの弟へと向けられるようになった。


 そして、何より彼女を悩ませているのが、彼女の【右腕】である。


 生まれた時から、彼女の右腕は奇怪であった。彼女の肌の色は薄く白がかった肌色であったが、右腕はとげとげしく、禍々しさを放つ漆黒であった。

 しかし、それだけであれば何も問題はなかった。両親はむしろ生まれた時、「この子は特殊な能力を持っている」のだと期待したほどだ。


 この右腕の一番の問題は、「こんな見た目なのに何の能力も持っていない」という事である。ぬか喜びをさせられた両親の失望は、幼いラプスには筆舌に尽くしがたいものであった。

 やがて両親は、彼女の右腕を「気持ち悪いもの」として扱うようになった。さらに周囲の友人たちともどんどんと差を着けられ、「腕が気持ち悪いバケモノ」として、いつしかいじめを受けるようになってしまっていた。


 それでも、ラプスは耐え抜いていた。なぜ耐えていたのかは、彼女にもわからない。だが、このまま我慢している以外に、方法を知らなかった。


 ――――――そんな愚直な我慢をするラプスに耐えかねたのが、他でもない両親であった。彼らは、ラプスを【廃棄孔カタストラ】へと連れてきた。


「……お父さん、お母さん……?」

「――――――お前みたいな気持ち悪い子供、俺たちの娘じゃねえよ」

「え……!?」

「さよなら、ラプス。せめて、早く死んでね?」


 そして、父親は無造作に、ラプスの背中を突き飛ばした。


「え――――――」


 何が起こったからわからないラプスが手を伸ばすも、その時にはもう、両親は廃棄口に背を向けて去っていく姿しか見えない。


 無能で奇怪な右腕を持って生まれたばかりに、ラプスは両親に棄てられたのである。

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