第2章 1話 宿を買うのが難しすぎるわけは無い

「何で金貨100枚(百万円)なんだよ?!それじゃ足りないんだよ!」  


男が机を叩き抗議する。


「ヘイホー、お主に今の店を売ったのはワシで、ここはこの町唯一の不動産屋だ。今の店の状況もわかる。わしも商売でやっとるからこれ以上は無理だ」


達也が不動産屋のドアを開けると、言い合う声が聞こえてきた。


「それじゃ足りないんだ。あいつが、マリアが死んじまう。薬が必要なんだよ!」


「もうだいぶ借金もしているんじゃないのか?こんな事は言いたくないが、奥さんの事は……考えた方がいいんじゃないか?まだ坊主も小さいんだし」


「考えるって何だよ。見捨てろっていうのか?あいつが俺を支えてくれて、やっと一端の宿屋になれたっていうのに。うぅ」


 嗚咽を漏らし、男性が涙を流す。

タイミングの悪いところに来たもんだと達也は思ったが、その耳はその言葉を逃さなかった。(今宿屋って言った?)


 年配の不動産屋が男性から目を逸らすように、入り口の方を見るとローブをを纏い冒険者風な達也を見つけた。


(しかも金貨100枚。だいぶ安く買えるかな?)


「いらっしゃい、すまんね今は立て込んでいるんだ悪いんだがまた後できてくれんか?」


「じゃあ用件だけ。宿屋をやろうと思って適当な土地と立物を探しています。もし良いものがあったら、教えて下さい」

そう言って達也は立ち去ろうとした。


「おい、待ってくれあんた!宿屋を買いたいのか?俺はヘイホー。この町で1番の宿屋をやっているんだがすぐに金がいるんだ。金貨200枚で、ウチの店を買わないか?」


 しれっと倍額提示していたが、俺が最初から話を聞いていたとは思わないのだろうか?まぁ事情はありそうだけどな。この町1番か。


「ヘイホーさんの言っている事は本当ですか?」


「前はこの町1番だったかも知れんが、今は新しい宿に客をとられてる。その上一緒に切り盛りしてた、かみさんが倒れて今の査定金額は金貨100枚でも高いくらいじゃ」


 驚いた。前は1番と言うところもそうだが、何よりこの爺さん、儲けゼロか赤字で買い取りしようとしてたのか。


 もちろんそんな爺さんの優しさはヘイホーには伝わらない。


「ジジイ!買わないなら邪魔しないでくれ!俺はこの兄さんと話してるんだ」


「詐欺まがいのことをして金を手に入れてマリアが喜ぶと思うのか?ヘイホー」


「取り敢えず宿を見せてくれ。値段はそれからだ。因みに不動産屋で扱ってる。宿に適している土地や建物は他にありますか?」


「探しておこう。予算は?」


「取り敢えず金貨150枚までで。じゃあとりあえず行って来ます」


(やれやれ、この世界に来てから、やたらとトラブルに巻き込まれる気がするよ。俺のせいなのか?)自身がトラブルメイカーだと言うことを自覚し始めた達也はヘイホーに連れられて、宿へと向かった。


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「おいヘイホー……宿屋を舐めてるのか?」


 怒鳴ることもなく、静かに達也は怒った。

中に入るまでもなく玄関口に散らかったままのゴミに、入ったら入ったで掃除の行き届いて居ない室内。ホコリで咳が出そうになる。食堂は暗く閉鎖されていて活気のかけらも感じない。


「りっ、立地はいいだろ。前は人も雇ってて賑わってたんだ。部屋も連日満室で、俺は調理をメインにやってた。あっ、味も良いって評判だったんだぜ」


「今は違うだろ?あの爺さん、本当にこの宿に金貨100枚出すって言ったのか? 相当なお人好しだな」


 人に言われてやっと気付いたのか、不動産屋でのやり取りを思い出してヘイホーは項垂れた。


「なぁ、あんた頼むよ何でもするから、ここを買ってくれよ。このままじゃマリアが死んじまうんだ……高く買ってくれ……下さい」


「治るのか?金貨200枚で?」


達也の質問にヘイホーが顔をしかめる。


「判らねえ。中級のポーションで延命はできてる。医者は無理だと言ったが教会の高位の祝福なら直せるかもとも言った。それには金がいる。後金貨200枚あれば頼めるんだ。借りれるところからは全部金も借りた」


 教会の祝福は高い。金儲けに走る生臭坊主と言われるほどに。しかし医療の遅れているこの世界では、医者よりも効果を出すのが祝福だった。


「金貨70枚!それ以上の価値はない。その代わり病はなおす。治った後は言うことも聞いてもらう。それでどうだ?」


 達也の発言にヘイホーは怒りを覚えた。ひと目でわかる。達也は医者では無く冒険者だ。服装的に僧侶にも見えない。しかも不動産屋より安く買い叩こうとしている。コイツは何処からか話を聞いてウチの宿を買い叩こうとする詐欺師だ。ヘイホーはそう認識した。


「帰れ! 詐欺師が! あんたは神官でも医者でも無いだろ! もう沢山なんだ。俺が何をした。妻を助けてほしいと言っただけなのに」


 激昂したあとヘイホーは膝をつき、泣き出した。恐らくこの商談? が最後の希望だったのだろう。しかしそんな男の涙など見ている暇ではない達也はヘイホーの感情など無視した。


「泣いている暇があったら、早く奥さんの所に連れて行けよ! 俺は治すと言ったんだ! 詐欺がなんだと言うならお前の望む通りの契約魔法でも結んでやる。クソみたいなプライドを残して奥さんを殺したいのか!?」


 達也の剣幕に押されてヘイホーは家まで連れて行った。なおも躊躇うヘイホーに、ユ○ケルの錠剤を手渡した。


「これを飲ませろ。俺の仲間にも、試した事のあるエリクサーの劣化版みたいなものだ」

「もしこれでマリアが、悪化したり死んだら、必ずあんたを殺す」


「何もしなくても死ぬ人間に特別な薬を使って、殺す馬鹿が何処にいる。良いから早く飲ませろ」


 苦虫を噛み潰したような顔で家に入って行くヘイホーに、いい加減怒りも覚えて居たが、とにかく急がせた。少しして部屋からヘイホーの嗚咽が聞こえて来た。しばらくして扉が開いた。


「すみませんでした! 治ったかは解らんが顔色も良くなって病状も落ち着いている。俺は医者を呼んでくる。あんたは上がって待っててくれ」



 慣れない敬語みたいな口調とともに扉が開くと同時に地面に頭を擦り付けてヘイホーが謝る。顔を上げると達也の横にはヘイホーの掛り付けの医者がいた。


「な……なんで?」


「あれだけ待たされれば小さい町の医者くらい呼びにいけるさ。知ってるか?良い宿屋の条件は、お客様の悩みや問題をいち早く解決する事も入っているんだ。」


 すぐに医者が上がり、診察をして完治を告げたあと呟いた。


「信じられん。治っとる。本当に霊薬を使ったのか?たった金貨70枚で……」


「この御恩は必ず返させてもらう。言った通りなんでもする。本当に疑ってすまなかった。えっとー?」


「タツヤ=ニノミヤだ。これで宿屋は俺の物だな。はいこれ。契約書は後でいいよな」


そう言って金貨70枚を渡した。


「受け取れねえ。医者に聞いたよ。この薬は王に献上すれば爵位を貰えるほどの薬だと」


「まぁこれで奥さんに栄養のある物、食わせてやれよ。体力までは戻らないんだ。あんたたち家族はこれから俺の宿で働いてもらうから奥さんは体調を戻して、あんたは宿を綺麗にしておいてくれ。サボるなよヘイホー……ブフッ!」


そう言った後達也は吹き出した。

「どうしたんだ?」


心配するヘイホーに達也は言った。


「ずっとシリアスだったから我慢してたんだけどさー……ヘイホーって変な名前だよな!」


 怒りなのか心配した事を悔いてるのかワナワナと震えるヘイホーから逃げる様に達也は立ち去り、不動産屋へと向かった。

宿を買った事とマリアが治った事を伝えると、不動産屋は自分の事のように涙した。


 達也は近々いい改装業者を紹介してくれと言い、不動産屋を出た。


「物件一つ買うのにエライ苦労したよ。ムカついたし、強く出るためとはいえ、冒険者の強い口調も慣れないもんだ」


 深ーーくため息を吐いて、今夜は休もうと思ったところで、自分が泊まる宿を忘れて居たことに気づきヘイホーの所に宿の鍵を貰いに行ったのは格好がつかないので内緒だ。


達也の残金、金貨500

500ー70=残り430枚

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これからよく出てくると思うので、

お金の価値 出しておきます。


鉄貨1枚=1円

銅貨1枚=10円

大銅貨1枚=100円

銀貨1枚=1000円

金貨1枚=10000円

白金貨1枚=百万円


お読みいただきありがとうございます。やっと宿屋編スタートです。励みになりますので、ひとつでも評価を頂けたらと思います。

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