プロローグ
王都と呼ばれる街にある宿屋と呼ぶには大きすぎる建物のレストランでこんな会話が聞こえてくる。
「本当に私が来る価値が有るのか? 卿がどうしてもと言うからこんな遠くまで足を運んだが」
「勿論で御座います。皇……サイラスさん。今までに私が貴方の期待を裏切ったことがございましたか?」
ひそひそと話しが進んでいく中で、この世界には無かったスーツに、背筋の伸びた、この世界では珍しい黒髪の男が2人に声をかけた。
「アルフォート公爵、挨拶に来るのが遅れて申し訳ございません。いつもお客様を紹介していただいて有難うございます。今回の滞在もお楽しみくださいませ。サイラス様は初めてでございますね。私はこの宿のオーナーのタツヤ=ニノミヤと申します。ご期待に答えるサービスをさせて頂きますので、お楽しみくださいませ」
男は軽く礼をして、立ち去ろうとした。
「待ちたまえ、なぜ私たちのテーブルには6つ椅子があるのかね? 今日は見ての通り2人だ。君らしくないミスだねぇ。タツヤ君」
はぁっと深いため息を吐いて、達也は言う。
「私で遊ぶのはおやめくださいと言ったはずですよ。貴方が通信具でご予約を頂いてから直ぐに、貴方とサイラス様を挟んだ左右の部屋番号を偶然予約したいと言う、以前いらした時の護衛の方と家名が同じ方がお2人。
その2日後今度は奥様の旧姓を名乗られた、偶然貴方のご子息様と同じ名前のお客様の予約がお2人。そして貴方は貴族様には珍しく護衛の方とも食事を共にする方、さらに言えばサイラス様の当ホテルを試す様な態度。
護衛は無しでご子息もお席は別が宜しいですか?」
「いやすまない席はそのままで頼む。お前達ももういい。座りなさい」
どこに潜んでいたのか、4人がサイラスに礼をして席につく。くつくつと笑う公爵の横ではあんぐりと口を開けるサイラス。
「私は探偵ではなくあくまで宿屋ですから、次やったら出入り禁止にしますからね。皆様お揃いという事ですぐにディナーを始めさせていただきますね」
「それはキツイな。今回はこれで許してくれ」
公爵は1番単価の高い黒金貨を弾きタツヤは受け取る。いつものやりとりだ。
「何でもお金で解決するのは良くないですよ。まぁ丁度今日は黒金貨コレに見合う商品があったのでお出しさせていただきますので、ご賞味ください」
そう言ってグラスをテーブルに2つ置いた。中にはエメラルドグリーンに澄んだ飲み物が入っていて葉が中で潰されたソレはカクテルのモヒートに似ている。
「いつもながら用意がいい。コレは?」
「食前酒です。まずはご賞味ください。心配であれば私が毒味を致しますが何しろ希少なものですから全てお客様に召し上がって頂きたく思いますが」
「君の私の仲だ。そんな野暮はせずにいただこう。見たところ飲んだことのないものだ。この歳で初めての経験をできるのは貴重なことだ」
サイラスが止めようとするが、公爵はその液体を一口飲み、そしてすぐに飲み干す。それから目を見開き放心する。
心なしか公爵の体が身体が発光して見える。
「貴様何を?! コレは一体なんだ‼︎」
怒るサイラスに、「少し美味しすぎるだけですよ。最初は私もこうなりました。サイラス様も是非お試しください」と涼しげに説明する。
「こんな得体の知れないものなど!」 とグラスを投げつけようとするサイラスに、タイミングよく正気に戻った公爵が、その腕を止める。
「サイラス様、お召し上がりください。信じられないことだが、偶然を装っていたがコレはきっとあなたのために用意されたものだ。しかし手に入るのか恐らく世……「失礼」」
無礼にも公爵の口を人差し指で塞いだ男は、悪戯な笑みを浮かべグラスをサイラスの前に差し出した。
「わたしも公爵様と同じでイタズラやサプライズが楽しみですので」
公爵からの後押しもあり渋々ソレを飲んだサイラスは、まず今まで飲んだことのない旨さ。その後に身体一杯に広がる清涼感、そして長年の倦怠感から解放されるのを感じた。
「……何故だ?」何故このような効能のものが?何故この様なものが用意できた?何故私が来た日に……などいくつもの何故がこの一言に詰まった
「帝国の第3皇子は上の2人より遙かに有能だが、先天性の病気に悩まされているそうですよ。王国の公爵様が敬語を使うほどのお相手がいらした時に、たまたま万病に効くという世界樹の葉が手に入りましたので、食前酒にご用意させて頂きました。お気に召されれば幸いですライナス・・・様」
宿のオーナーは悪戯が成功した、子供の様に笑い、口を開けて驚く2人に続ける
「呼称の無礼はお許しください。お忍びかと思いますので」
小声で添えて一礼し立ち去っていった。もちろん公爵は皇子が来ることなど伝えていない。
コース料理も終わりその絶品料理にも驚き、一心地ついたライナスが言う。
「いつだ?」
「は?」
「この宿はいつ我が国にも出来るのだ?」
「それは帝国にもこの宿を建てる許可を頂けると言うことで?」
「とぼけるな、最初からそのつもりであろう。急ぎ土地は確保する。この宿よりも大きな土地を帝都に確保するよう皇帝父上にも私から話そう。早急に対応せよ」
一息ついて、ニヤリとする公爵を遠目で見ていた達也は確信する。
どうやらうまくいった様だな。
長かった。しかしまだまだこれからだ。俺はこの異世界初の宿屋王になる。
それは彼が異世界に転移してから数年が経ったある日のことだった。
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