異世界転生してきた上司が僕のことを愛しているのだが、他人に言えない副業をしているのでその気持ちに気付かないふりをしている。

鍛冶屋 優雨

第1話

アキはいつも静かにそして唐突に訪れる。


僕が言っているアキとは日本という島国の収穫期のことではない。


目の前にいる濡羽色の髪、琥珀色の目、白皙の肌を持つ優雅な外見の女性のことである。


アキとは僕が勤務する商業組合のトップである組合長で、上司であり、異世界からきた転生者だ。

「ロイズ君、先程、ジェシーさんから体調が悪くて出勤できそうにないと連絡があって急遽で申し訳ないけど夜勤にたてないかしら?もちろん、その分の手当は払うし、明日と明後日はお休みでいいわ。」


アキが申し訳なさそうに手を合わせながら確認してくる。彼女のいた世界では、手を合わせる行為を「拝む」と言ってお願いをするときのポーズらしい。


「あー?!また、組合長がロイズ君に夜勤を頼んでいる!駄目ですよ。組合長!うら若き男性に夜勤なんてさせたら!商人や荷運び人の中には淑女とは縁遠い人もいるんですよ!」


そう口を挟んできたのは副組合長のローズさんだ。


アキ組合長はしどろもどろになりながら、ローズさんに答える

「ごめんなさい。だって私のいた世界では、どちらかというと男性が夜勤とか肉体労働とかしていることが多いの。まだその認識がとれないのよね。」


ローズさんはため息をつきながら

「組合長のいた世界とは違ってこちらは普通に男性が女性に襲われちゃいますからね。下手したら、そのまま連れ去られて奴隷にされて一生日の目を見ることがないかもしれませんからね!」

なんて恐ろしいことを言っている。


そうだ。この世界はアキ組合長のいた世界とは違う。彼女がいた世界では男女比はほとんど変わらないらしいのだが、この世界は男性の数が少ない。


地域差もあるが、女性20男性1の割合ぐらいであり、せっかく男の子が産まれても、総じて身体が弱く、3歳まで無事に成長できるのは少ない。

だから、この世界では男性が貴重であり、男性が産まれればすぐに隠して外に出すことはほとんどなく大事に育てられる。


また、アキ組合長のいた世界では、性犯罪の加害者はほとんどが男性とのことなのだが、この世界では女性は数少ない男性を巡って闘い、ときには道を歩いている男性を襲うこともあるぐらい性欲に飢えているのだ。

だから、男である僕に夜勤に立てるというのは難しいとも言える。


「まあまあ、ローズ副組合長、僕なら大丈夫です。夜勤っていっても1人だけではなく、最低3人で立つから襲われる心配はないと思います。」


「人がいないのは確かですし、貴方がそういうのなら了承しますが受付には立たないように!奥の部屋で勤務してね。」

ローズ副組合長は渋々頷いて了承する。

「ありがとう。ロイド君、ローズ副組合長の言葉もあるし、私も心配になったから、今日は私も泊まります。私が居れば何かあってもすぐに対応できるから。」

アキ組合長の口調は仕方なさそうだが、どことなくウキウキした感じだ。

多分、嬉しいのだろう。

普段は夜勤に立つことはない組合長が、大手を振って、僕と夜勤に立てるのだから。

そうアキ組合長は、僕、ロイド・ウルズのことが気に入っているのだ。多分、僕のことが好きだと思う。

だが、僕は鈍感で気付かない振りをしている。だって、僕は他人に隠して副業をしている。

別にこの組合は副業を禁止していてわけではない。僕の副業は人に言えないのだ。だって僕の副業は殺し屋なのだから。

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