次のコラボは
「キャプチャーボード、2万円……」
今の俺にとってそこまで痛手では無いくらいの出費だが、高い物を買う時は慎重になりたい性分なのだ。安物買いの銭失いにはなりたくないのである。
過去にそれで苦い思いをしたから学びという名のトラウマを植え付けられているのだが。
通販サイトから目を離し、俺は一息つこうと椅子の背もたれに体重を乗っけた。するとSNSのDMに通知が来ていることに気づく。
誰からなんやとすぐに開いてみると、そこには俺が知名度を上げる直接的な原因となった御方の名前があった。
「え、えー?」
あまりの驚きに最早仰々しく驚くなんてことはできず、ただ己の目を疑うことしかできていない。
だがいくら疑おうと目に映るものが全てである。俺が幻覚を見ているという可能性もなくはないのだろうが、それは限りなくゼロに等しい。現実逃避は止めた方が賢明だろう。
恐る恐る俺は届いたメッセージを見てみると、そこに書いてあったのはこうだ。
『コラボしましょう!これがボクのフレンドコードです!』
そんな軽い文言と共にアプリのフレンドコードが送られてきた。
アプリと言うのはあれだ。ボイチャとか画面共有とかメッセージやビデオ通話ができる物だ。“Dコード”と言う。
カラメさんのこの勢いの良さに押されつつ微笑を浮かべながら俺は返信を考える。
考えると言ったな。あれは嘘だ。
と言うのもここまで勢いだけでコラボの打診をしてくる相手に慎重になる必要もないなと思ったのだ。
故に俺がする返事はこうだ。
『いいですね!やりましょう!』
と言うことで俺は早速送られてきたフレンドコードをアプリ内で打ち込み、フレンドとして追加する。
するとその瞬間にコールがかかってきた。いくら何でも早い。早すぎだ。
控えめに言ってドン引きしつつも俺は応答する。拒否する理由もないし。
「もしもし?」
「あ、もーしもーし。聞こえますー?」
でっけえ声だ。
音割れ寸前なのではなかろうか。
俺の頭の中でシンメトリーのメガネの魔法使い少年がよぎる。決して薩摩藩とは関係がない。チェストはしない。
それはさておき、そんなでっけえ声に圧倒されながら俺は返事をする。
「聞こえますよ。初めまして」
「初めまして。ボクは蛇陀カラメでーす」
「知ってます」
「およ?知ってたの?」
逆に知らないとでも思ってたのだろうか。
俺をバズらせたのは貴方だろうに。
配信で見るカラメさんと(恐らく)素の状態の彼女に性格的な乖離が見られないことに感心と驚きの混じった感情を抱きながら、たっかいテンションだなぁなんて陳腐な感想が浮かぶ。
「知らないと思ってたんですか?」
「いんや、知ってると思ってた」
「でしょうね。SNSフォローしてますし」
「うん。相互フォローだもんね」
「……じゃあなんで『知ってたの?』なんて聞いたんです」
「なんとなく?」
「んなアホな」
何故に疑問形なのだ。
「そんなことよりコラボだよコラボ!コラボしようよ!」
「分かった分かった分かりましたから!そんな子供みたいに騒がんといて下さい」
一体いくつなんだと聞きたくなってしまうほどに無邪気なテンションだ。
「23歳」
「リアルだなぁ~。……じゃなくて、急な年齢開示はビビるんスわ」
「あれ?聞かなかった?」
「聞いてません」
心の中では聞いたが。
「あり?聞かれたような気がしたんだけどな~」
怖いわ。
そんな気軽にエスパーを披露しないで欲しい。こちらの心臓が持たない。
と言うか結構年上。4歳差か。
「コラボの日程だけどどうする?ボクはいつでも良いよ~。具体的には〇日~〇日の間以外は大丈夫」
「3週間くらい予定埋まってますよね?それ。っていうかそれだと明日か明後日か明々後日か3週間後じゃないですか」
「うん。だからボク的には明後日がいいなぁ」
「まあ、俺は大丈夫ですけど。なんで明後日なんです?」
「明日はCHIZUくんと会う約束だからね」
「ほえーそうなんですか」
…………ん?
「今なんて言いました?」
「え?明日はCHIZUくんと会う約束してるって言ったよ?」
「聞いてないんですが?」
「今言ったからね」
あーもうこの人無茶苦茶だよ。いやまあ配信を見たことあるから知ってたけど、まさか裏でもこんな感じだとは思わなかったというか。
なんとか会話が成立している感じだ。
「はぁ……明日なら午後空いてますよ」
「おk。じゃあ明日は午後1時に○○駅前集合ネ」
「了解っす」
「んじゃお疲れー」
そう言ってカラメさんは通話を切ってしまった。
そして冷静になる俺。
気づいたら女性と2人で会う約束を取り付けてしまっている。
あのテンションでグイグイ来られたので気が付かなかった。
カラメさんも無防備すぎやしないだろうか。
男と会う約束。それもネット上で知り合った相手とだぞ?
なんて俺が心配しても意味ないし、さっきのやり取りを思い出したらもうどうでもよくなってきてしまった。
カラメさんとの会話には思考力を鈍らせる何かがあるのかもしれない。
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