#3
すると途中からゴオっと音がする。嵐が降り出したようだ。
「予報のとおりか」
そういいながら橋谷さんがテレビをつける。
ニュースが流れた。キャスターさんと天気図が映っている。
——〇県中部では、大きな嵐となっています。なるべく外出は避け、避難の準備をしてください。
やはり台風だったか。
奈森さんが不安そうな顔で言う。
「ここ大丈夫か」
「まあ、大丈夫でしょ。それにしても雨大きいね。すごい音」
それに対して気軽そうに返すのは橋谷さんだ。すごく明るい声をしている。ピアニストというが意外とタレントなどとしてもやっていけるのではないかと思うほどだ。
不安そうな顔をしながらカーテンを開け、窓を見ながら奈森さんが言った。
「うわぁ。明日大丈夫かなぁ」
なにかあるのだろうか。
「いくつか講義があって。戻れなきゃ、休みだな」
「それは残念だな。ぼくは、練習しないと。コンクールが近いし」
「ここにピアノあるじゃないか」
たしかに。ホールには大きなグラウンドピアノがおいてある。それで練習はできないのだろうか。世界的なピアニストの生演奏が聞けるというのはなかなかない貴重な体験なので少し楽しみでもあるのだが。
でもそうはいかないようで、
「周りに人がいると集中できないの。ここの構造うちと違うし違和感があるから」
なかなかデリケートなものらしい。演奏を聞くのはあきらめるとしよう。
「ちっ。聞けると思ったのに」
奈森さんも同じ気持ちだったようだ。少し悔しそうにしていた。
「じゃあ、一回だけ弾くよ」
おお。嬉しさでぼくは声も出なかった。
そう言って橋谷さんはすたすたとピアノに向かった。彼の演奏は鳥肌が立った。さすが世界で活躍するピアニスト。弾きにくいと言っていたにもかかわらずあれだけきれいな音色を出すなんて。
感動に固まっていると先生が言った。
「みんな気の毒だな」
「自営業はいいよな」
奈森さんと橋谷さんがうらやましそうに言う。
「そんなことないよ。ぼくも明日依頼があった気がする。なあ、霧島くん」
突然話を振られて間があいた。
「あっはい、確か二組あったような」
慌てて答える。
「占部さんはなんかある?」
「私は締め切りが近いかな。まあ、ここでも書けるから特に支障はないね」
全員忙しいそうだ。
他の三人がうらやましそうな顔で、占部さんを見る。見つめられて彼女は肩をすくめて見せた。
そんな話をしているうちにお腹が空いてきた。時計を見るともう五時半だ。
皆も同じように感じたのだろう。
「さあ、時間も時間だし、夕飯作りましょう」
立ち上がって占部さんが言った。
「そうだね。お腹もすいたし」
夕食づくりも一人では大変だろう。
「あ、僕、手伝います」
せっかく参加させてもらっているので、何か手伝えればと手を挙げた。
「俺も手伝うわ」
橋谷さんも手を挙げた。
「ありがとう、じゃあ残りの二人は片づけね」
「オッケー」
「はーい」
キッチンはホールを出て、玄関前の廊下を右に曲がるとあった。きちんと整えられており、見ていて気持ちがよかった。
エプロンをつけ終わった占部さんが準備を始めた。
「今日は適当にカレーにでもするか。大人数といえばカレーでしょ」
「もうちょっと豪華なのないんですか」
岸野さんが残念そうに言う。
「占部さん料理上手いでしょ」
「手間かかるとお腹減るでしょ。それにそんなに具材ないよ」
家主の意見は絶対だ。橋谷さんもあきらめて占部さんに指示を仰ぐ。
「霧島君は鶏肉切ってもらえる?橋谷君は、ニンジンとジャガイモをお願い」
手際よく役目が振られていく。
「わかりました」
「はあい」
着々と作業が進んでいく。橋谷さんも占部さんも料理がぼくよりずっと上手だった。手を動かす間にぼくは気になったことを聞いてみた。
「あの、占部さんって『悪夢の列車』の占部さんですよね。ぼく大ファンなんです」
それを聞いて占部さんも驚いたようだった。
「読んでくれてたの。自分の読者に会えて、すごくうれしい」
確かに自分が書いた小説の読者と知り合えるなんてそうそうないことだろう。
「僕も大好きな本の著者にあえてすごくうれしいです」
「ちなみに霧島くんはどれが好きなの。今後の創作の参考にさせてもらおうと思って」
聞かれてぼくは一生懸命に考える。著者に言うのだからしっかり伝えたい。
「もちろん全部好きですけど一作目よりは、五、六作目の『名もなき鳥』『帰路の街』が好きですね。なんか幻想的で、違う世界に紛れ込んだ感じがして」
好きな作家と生で話せるなんて、とても幸せだ。ぼくは、興奮する自分を抑えるので精いっぱいだった。
「ああいうのが好きなんだ。読者の意見を生で聞けるって新鮮だわ」
「いえ、こちらこそ」
「ところで、占部先生の小説の登場人物の性格とか特性ってどうやって決めていらっしゃるんですか。どうやったらあんな特殊なキャラクターができるのか不思議に思っていて」
占部さんの本に出てくるキャラクターは本当に個性的だ。例えば過度な閉所恐怖症を抱える主人公に、人とうまく話せない探偵。だからこそ展開が全く読めず、面白いのだ。
「ああそれはね、周りの人を結構参考にするかな。近い関係に人ってじっくり観察できるから、意外な一面も見えるんだよ。でも、主人公の閉所恐怖症は自分からだよ。わたし、暗くて狭いところが苦手で、そこから思いついた」
「へぇ」
キャラクターの原形が身近な人だったなんて占部さんの周りには特殊な人が多いのだろう。彼女の観察能力にも驚く。でもそうでないとあれほど精巧なキャラクターは生み出せないだろうと少し納得する。
「野菜切れたよ」
終わったようだ。ぼくはあまり進んでいない。しゃべっている暇ではない慌てて手を動かす。
「じゃあ鍋準備するね。霧島くん、ゆっくりでいいから。橋谷君ははサラダのためにキャベツ切って」
「わかりました」
それから、しゃべっている間にカレーもサラダもおいしそうに仕上がった。
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