Homme fatale

 あいつは最低だ。

 まますぎる。いつも、気まぐれで。


 せっかく用意した食事だって、お皿ごとひっくり返す。

 暴れて、物を壊すなんてしょっちゅうだ。カーテンは引きちぎられ、家具はボロボロ。

 いっしょに暮らしている間は、生傷が絶えなかった。

 それでも、幸せだった。ずっと、このまま暮らしていくつもりだった。

 


 頭のすみでは、いつかは別れの日が来ることがわかっていた。

 でも、それは、もっともっと先の話。遠い未来のはずだった。


 どうして、こんなに早くいなくなったりするのよ!

 ひどいったらない。ほんとに最低なやつなんだから。

  


 心にぽっかり、あいつの形に開いた穴は何をしたって埋まらない。

 あいつがいなくなってから、わたしの目はあいつの姿を探し続けている。

 目の端に一瞬よぎる影に幾度ハッとし、振り返ったことか。

 その度に繰り返す虚しさ。あいつにはわからないんだ。

 わかっていたら、あと少しいっしょにいてくれたはずだもの。


 いくら泣いたって、あいつはもう戻ってはこない。

 わたしの胸の穴は、涙で溢れかえるばかりだ。



 あまりにも落ち込んでいるわたしを見兼ねた周りからの紹介もあって、幾人もの男たちと付き合いもした。

 いっしょに暮らした男もいた。

 でも、あいつとは違う。

 あいつの代わりは、いない。

 日が経てば経つほど、それを思い知るばかりだった。



 男の我が儘には、腹が立つ。

 あいつの我が儘は、あんなに可愛かったのに。


 男どもが時と場所もわきまえず甘えてくるのは、鬱陶うっとうしい。

 でも、あいつなら、いくら邪魔して甘えてきてもいとおしくて仕方がなかった。



 運命の男オム・ファタル

 わたしにとっては、あいつがそうだ。

 あいつだって、それを知っていたはずだ。

 だって、あいつを抱きしめながら、いつも言っていたんだもの。


 なのに、なぜ、こんなに早く死んじゃったのよ。

 最低にも程がある。

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