第5話 姉の暴走

 翌日、僕は授業が終わると、いつものように図書室へ向かう。


 姉との会話は一旦忘れ、今日は何を読もうかなと考えながら図書室に入ると、何やら中はざわついていた。


「図書室に絵梨えり様がおられるぞ」


「珍しい」


「何かの前触れか?」


 そんな会話が聞こえてきたため、僕は集まりかけていた人込みをかき分け、目的の場所へ移動。

 すると、案の定そこにいたのは、僕の姉・佐山絵梨だった。

 ある一つの席へ座り、本を読むでもなく、ただいるだけだったが、そこはカースト上位。オーラが違う。

 誰かが近寄るでもなく、広い空間が出来ていた。


「姉貴、なんでここにいるんだよ」


「おう、ユウか。たまには本でも読んでみようと思ってな」

 

 そんなことを平気で宣う姉は、文芸部員。


 図書室にいても不思議ではないし、むしろ読めといいたいが、スポーツ万能な姉は部活動の掛け持ちも多く、文芸部に所属している理由も、一つの運動部に縛られたくないからだ。

  

 本音を言えば、姉弟きょうだいだと知られたくなかったのだけど、もはや手遅れだろう。


 まあ、うっかり姉貴と呼んでしまったしね。

 でも、本当に、何しに来たんだ。


 そう思っていると、姉の視線は生方さんの方へと向いた。


「そんなことより、あれが生方だろ。デカいな」


「いや、もう何言ってんだよ、姉貴」


「何って、おもしろ……ユウのために、見に来てやったんじゃないか」


 イヤイヤ、今って、言おうとしたよね。

 完全に楽しんでるじゃないか。

 くそっ、姉貴になんて相談するんじゃなかった。

 今更言っても手遅れだけど。


 というのも、そんな僕の心配をよそに、姉の暴走は始まった。

 

「ちょっと待ってろ。私が話を聞いてくる」


 そう言って、カウンターに座る生方さんのところへ向かう姉。


 こんなに人が集まってきているところで、僕がそれを阻止できるはずもなく、ただその様子を眺めていると「なんだ、そうなのか」とか「これからも弟をよろしく頼む」なんて言葉が聞こえて来た。


 どうやら生方さんは、単純な姉を丸め込むことに成功したらしい。

 これは非常事態だ。

 姉公認となったら、さらにエスカレートするかも。


 そう不安に思っていたら、戻ってきた姉からは肯定的な意見を聞かされた。


「ユウ、あの娘はいい子だから心配は要らん。それよりも、お前の感じていた視線は、別の奴だと思うぞ」


「えっ……」


「なに、驚くことではない。直接聞いてみたら、知らないと答えたからな」


 と、そんなことをドヤ顔でいう、単純思考な姉。


 だが、ちょっと待って。

 犯人が直接聞かれて、『はい、私がやりました』なんていうだろうか?


 そんな疑問の浮かぶ僕に、姉は決定的な証拠とでも言うべき事実を突きつける。


「それに、ユウ。お前がいつも座る席は何処だ?」


「えっと、ここかな」


 僕はその質問の意味がわからず、いつも座っている場所を教えると、姉はニヤリと笑う。


「やはりな。よく見るんだ、ユウ。ここから受付のカウンターは見えないじゃないか」


「あ……」


 そう、思い返してみれば、自分のいた席から生方さんは見えていなかった。

 昨日、下の名前で呼ばれたことでパニックとなり、そう思い込んでしまったのだ。


 これで振り出しか。


 そう思う僕に、姉は衝撃的な言葉を放つ。


「まあユウも、私のようにいつも誰かに見られていれば、全く気にしなくなるだろうがな」


 もう、二度と姉に相談するのはやめようと、僕は心に誓うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る