第4話 ヴィオラ、初めての競り

「そういうことだ」

「は、はぁ。私がヒト族の街に?」

「うむ」

「魔王様、どんな風の吹きまわしですか?」

「うむ、料理長であるお前の食への探究心はこの国随一だ。」

「そんなそんな〜」

「そこでだ。娘やサーモン、アビルカビルから、ヒト族は食の文化が進んでいると聞いた」

「はいはい」

「興味はないか?」

「そうですね、ヒト族は苦手ですが…食にも興味はあります」


 魔王と会話しているのはこの城の料理長、イタマエ。

 食への探究心とヒト族への嫌悪。 

 彼は葛藤していた。


「イタマエさん、はい、パンあげる」

「あ、姫様」


 盗み聞きしていたヴィオラがイタマエに餌付けをする。

ーーぱくっ


「これは小麦?! こんな使い方! 行きましょう!! ヒト族の街へ!!」

「よしっ」


 ヴィオラの餌付けは大成功した。


「おいイタマエ。その前に、あれだ。お前は腕が多すぎる。そのままヒトの街に行ったら殺されかねん、これを使え」


 そう、イタマエはタコバトラー。腕が8本ある。

 彼には魔力がない。

 そのため魔王は彼の腕を隠すため大きめの洋服を用意していた。


「魔王様、ありがとうございます。しかし必要はありません」

「なに?」

「未だ使う機会はありませんでしたが、私はこれができます」


 イタマエはタコだ。擬態ができる。

 見る見るうちにヒト族へと変身…?


「イタマエさん、あしのかずおかしー」

「え、あれ? ヒト族は足が9つではないのですが?」

「ここのっつてなに?」

「9個ってことですよ」

「じゃないちがう、につ」

「ふたつですね、教えてくださりありがとうございます姫様」


 ヴィオラのアドバイスに従って擬態する。

 準備が終わると2人は鬼馬車へと乗り込む。


「姫様も行くんですか?」

「あぁ、見守ってやってくれ。魔族とわからなければ殺しに来ないはずだ」


 箱の座席にはすでにワクワク顔のヴィオラが座っている。

 イタマエが魔王と話し終えるとサーモンが駆け寄ってくる。


「魔力のないイタマエがヒトの街へ?! それならこれ一応もってきなさい」


 サーモンは鬼馬車に魔法をかけ、イタマエに鈴を渡した。


「知らせの鈴です。危険を察知すると鳴るように魔力を込めました。使いなさい」

「あ、ありがとうございますサーモン様」


 魔王とサーモンは手をフリフリ、彼らの出発を見守った。



—————————移動中


「姫様、私が持つよりも姫様の方がお似合いでしょう」


 イタマエは知らせの鈴をヴィオラに渡した。


「ありがと! なにこれ!」

「危ないことがあると教えてくれるアイテムらしいです」

「へぇー! これかわいーね!」


 ヴィオラは知らせの鈴を使って髪を結んだ。

 

「素敵ですね姫様! かわいー!」

「ふんふん!」


 2人はなかなか仲が良さそうだ。

 そろそろ街に着く。



———————関所入り口


「おい!そこの馬車止まれ!」


 関所の兵士に呼び止められる。

 

「何用でこの街に入るつもりだ!」

「何用で?」

「以前魔物が飛び去ったという報告を受け、今この街は警戒状態に入っている、ヒト族である証拠を見せなさい。出ないと帰ってもらうぞ!」


 そう言って兵士は槍を向けてきた。

 イタマエは対抗して3本目の腕を出そうとしたその時

ーーチリン


 ヴィオラがつけていた知らせの鈴が鳴った。

 その音でイタマエは正気を取り戻した。


「ど、どうしたものか…」


 馬車から降ろされたヴィオラとイタマエは何もできずに足止めを喰らっている。

 出せる証拠もなさそうだ。今日は引き返すしかなかろうか。


「お! ヴィオラちゃんじゃないかい!」


 コーボが関所から出てきた。


「この人たち、コーボさんのお知り合いですか?」

「そうよ?」

「な、なんだ! はっはっは! 街中に知り合いがいるならそう言っておくれよ!」

「はっはっは!」

「ただ、疑うわけではないが化けてる可能性もある。この街にいる間はこれをつけさせてもらうね」


 そういってイタマエとヴィオラの頭上に光る輪っかが浮かび上がった。


「あら、あんたたち! 封じ込めリング似合ってるじゃないかい! くすくす」


 ヴィオラは自身の魔力が消えていくのを感じていた。

 こうして無事、街に入ることができた。

 


———-街への移動中


「コーボさん!あなたがパンを作った方だったんですね!」

「パンはレシピを知ってれば誰でも作れるのよん。私はパン屋、どこでもパンを届けるわよ!」


 腕まくりをするコーボ。


「あなた、もしかしてこの子のコックさん?」

「コック、といいますと?」

「料理を作るヒトよ」

「ヒト…ええ、まあ。左様でございます」


 ヒト、そこに反応せざるを得ない

「そう! なら、市場に行くのをお勧めするわ!」

「いちば?」

「そう! たくさんの食材が売ってるところよん!」

「いちばいきたい!」


————————市場


「お! ヴィオラ!」

「げ、またきた」


 コーボはパン屋に戻り、代わりにデニシュが案内に来た。


「いらっしゃい!! 今日上がったリゴンフィッシュ! 獲れたてだよ!」

「それくれ! 5だ!! 5だ!」


 屈強な男たちが魚の競りを行っている。

 

「デニシュくん、あれは何をやっているんだ?」

「あれはね、1番高い金額を出した人がもらえるセリってやつだよ」

「ほほう、面白いシステムだな。あれ? 姫様は?」


 セリに感動しているとヴィオラがいないことに気づくイタマエ。

 ヴィオラらしき後ろ姿はセリの集団に駆け込んでいく。


「ここのっつ!!! ここのっつ!!!」

「そこのお嬢ちゃん!! お買い上げだ!!」

「やった! わたしの!!」


 ヴィオラは見様見真似で天に向かって手を伸ばしている。

 ヴィオラは初セリを成功させた。


「姫様! 何をやってらっしゃるんですか!」

「お! 保護者の方かい? はい、リゴンフィッシュ! 9000cもらうぜ!」

「こ、これでいいだろうか」


 イタマエは袋からボロボロと金貨を9枚、彼の手に渡す。


「まいど!」


 ヴィオラがいない。

 次は野菜の競りにお邪魔しているようだ。


「はい! ここのっつ!!」


————————————数時間後


「姫さま! 市場は楽しいですな! 買いすぎて腕が足りませんぞ!」

「ねー! まちたのしー!」


 歩く2人の後ろに続くデニシュは、イタマエの腕に掛けられたたくさんの袋に若干引いている。

 市場の賑わいはお昼時を迎えて最高潮だ。

 至る所で催し物が行われている。


「さーさ! よってらっしゃい腕自慢! 最後の箱を壊したあなたはモーレンゲット!」

「モーレン?! いいなぁ!」


 デニシュは爛々と目を輝かせている。

 主催の男は景品の杖を民衆に高々と見せびらかしている。


「デニシュ! なにあれ!」

「クシュリンだよ! 木箱の中にさらに木箱が入っててね、壊した箱の量によってもらえるオモチャが変わるんだ!」

「やりたい!」

「むりむり! 魔法を使っても2個目の箱が限界だ、最後の5個目を壊せるヒトなんて王国魔法士ぐらいじゃないと無理! だからおまえにもムーリー!」

「むむむ」


 周りのヒトたちもクシュリンを試みて失敗しているようだ。

 箱が壊せず泣き出す子供やイチャモンをつける大人もいる。


 ドシンドシンと聞こえそうな足踏みでヴィオラは歩き出す。 

 

「おおきなひと! わたしがやる!」

「お! お嬢ちゃんがやるのかい! 頑張ってね!」


 ゲキカボチャ並みの大きな箱を渡される。


「強成!!」


 ヴィオラは強化魔法を自分にかける。

 …


「あ、あれ?」


 彼女は封じ込めリングがあることを忘れていた。

 

「もー!! やだこれ!!」

「ぎゃははは!! だっせ! ヴィオラだっせ!」


 彼女は半泣きしそうだ。


「そうだ! イタマエさん! やって!」

「わたしですか?? よぉし!」


 イタマエが交代する。

 

「むむむむ!」

ーーバキバキバキ!


 一気に4つ目の箱まで到達する。

 相当な力を込めているようだ。

 

「むむむむ!!」

ーーミシッ


 イタマエがヤケになる。

 力を強く入れた!

ーーバキ!


 4つ目の箱が割れた!

 主催の男は冷や汗をかいているわ、


「(ま、まずい…こいつ、4つ目も壊しやがった…! だが5つ目、これは木ではない! 石! おまけにミラジオ鉱石で魔法も跳ね返す! 強化魔法は効かんぞ!)」


「むむむむむ!」

ーーミシミシ


 己のパワーのみでヒビを入れる。

 イタマエの意地は限度を超えた。

 3本目の腕を露出させ、破壊に挑もうとしたその時

ーーチリン


 ヴィオラの髪から鈴の音が聞こえた。

 知らせの鈴だ。

 4つ目の破壊に成功したことで、民衆の視線がイタマエに集まっていた。


「ま、まずい。ごめんなさい、姫様、ここまでのようです」

「イタマエさん、ありがとう」

 

 主催の男はニヤける。

 

「はい! タイムオーバーです!! 4つ破壊成功でお嬢ちゃんにはこれをあげます!」


 男が差し出したのは瓶に入った緑色の液体。

 ヴィオラは不服そうだ。


「おいヴィオラ! おまえのコックさんすげぇな! 4枚壊しちゃったよ!」


 見ていた民衆から拍手が送られる。

 イタマエは少し照れくさそうだ。


—————————パン屋にて


 市場での用事を済ませ、デニシュを家まで送り届けた。


「市場は楽しめたかい?!」

「うん! これもらった!」


 ヴィオラは先ほどクシュリンで獲得した緑色の液体を見せびらかす。


「まぁ! それナバナチョク薬局の美容液じゃないかい?!」

「びよーえき?」

「綺麗になるお薬だよ!」

「ヴィオラ、もうきれいだからいらない」

「な、ならヴィオラちゃん、これと交換しないかい?」


 コーボは駆け足で家の戸棚から本を一冊持ってきた。

 

「これ! レシピ本! ここら辺じゃ珍しい代物だよ!」

「えー、いらなーい」


 不満そうなヴィオラ。


「ひ、姫様! もしよければ、その、交換してはくれませんか! レシピ本、欲しい…」

「わかった!」


 コーボはイタマエの好奇心に気づいていた。ニヤリとしたり顔のコーボ。


「うふふ! そのレシピ本、うちで受け継いでいるやつだからたくさんレシピ載ってるはずよん!」


 ルンルンと家の中に入っていく。

 デニシュが呆れている。


「あ、そういえばヴィオラ。おまえは行く学校決まってるのか?」

「がっこー?」

「ヴィオラ、学校も知らねーのか? 俺ら、来年から9歳だろ? そしたら学校行かないとじゃんかあ」

「なにそれ?」

「だからー! みんなで勉強すんの! 魔法とか薬学とか! 農業とかいろんな学校あるだろ!」

 

 彼女の目がどんどん輝いていく!


「わたしもがっこー、行く!! デニシュ、おしえてくれてありがとう!!」

「なんだよそれ、おれはルーツフル総合学校に行くからな! ついてくんなよな!」

「うん!」


 そろそろ帰宅をしようとイタマエが急かす。


「デニシュ! これあげる!」

「なんだこれ?」

「きょうたのしかったから、おれい!」


 彼女は髪を解いて知らせの鈴を渡す。

 照れくさそうに顔を逸らすデニシュ。


「お、おう。受け取っておいてやるよ」

「それ、あぶないときなるからー!」


 そう言って2人は出て行った。



——————————魔王城にて

「これはうまい!! まさかここでヒトの飯が食べられると思わなかったぞイタマエ!!」

「それもこれも姫様とそのお友達のおかげです」


「パパー! すごいの!! きいてきいて!」



————————————————————

ちょうさけっか


「ここのっつ」

9このこと。


「ふたつ」

2このこと。


「せり」

おかねでたたかうこと。


「びよーえき」

きれいになるみず。

コーボはひつよう。


「がっこー」

みんなでべんきょーすること。

ヴィオラ、いきたい!!


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