第2話 ヴィオラ、初めての暴漢

 

————魔王城出発ゲートにて


「魔王様!なぜヴィオレンテ様も座ってらっしゃるんですか!」

「いやー、ごめん。ヒト族に興味があってサ、この子…」

「いやごめんって言われても…あ。魔王様、だから私をヒト族の街に派遣するとか言い出したんですね?」

「まぁ、そんな硬いこと言わずにさ、ね!ヴィオラにヒト族の文化を教えてやってくれよ〜、友達だろ〜?」

「はぁ…わかりましたよ」


———数分前


 魔王の頭脳役キングゴブリンのサーモンは旧知の中だ。

 そんなサーモンは困惑していた。

 先日、魔王から「ヒト族の街に何があるのか密かに調査をしてこい」と言う命を受けた。

 そのためサーモンは彼専用の鬼馬車を準備したのだ。

 その出発をする直前、鬼馬車の屋形に乗り込もうと扉を開けたのだが、中にはすでに先客がいた。

 ヴィオレンテだ。


「おそい!サーモン!はやくはやく!」

「げ!姫様!なんでこんなところに!


 見送りにきた魔王は微笑んでいた。


————移動中


「サーモン!みてみて!!あれ何!」

「あれは看板です。ヒト族が道を示すために使う道具です」

「すごいすごい!みてみて!」

「姫様、飛び跳ねては危ないですよ」


 ヴィオレンテは窓の外にヒト族のモノが見えるたびに跳ねて伝える。

 その都度、鬼馬車は大きく揺れ、前方から鬼馬の迷惑そうな鳴声が聞こえる。


「姫様、落ち着いてください。そろそろヒト族の街に着きますから」

「ね!ワクワクするね!」

「ワクワクなんて!こちらが魔族とバレたら殺されるんですよ!ですのでツノと尻尾ちゃんと隠して、準備をしてくださいね!」


 サーモンは指を鳴らして魔法を使い、ヒトの姿へと変身する。

 サーモンから出た魔力は鬼馬も普通の馬へと変身させた。


「あのねさーもん!ヒトぞくのまちってすごいんだよ!パンっていうあまいたべものがあるの!」

「姫様、パンを食べたんですか?!」

「たべた!たべた!けどね、たべるとね、おおきいヒトぞくにね、おいかけられるの!!」

「それは姫様、ヒト族ではヒトからモノを貰いたいときはお金というモノを渡さないといけないこらですよ」

「おかね?」

「そうです、これがお金です」


 サーモンは袋から金色のメダルを取り出した。

 

「わぁ、きれいだね、サーモン」

「これの枚数で交換できるものが変わってくるんですよ」

「そうなの?!じゃあいーっぱいほしい!」

「ヒト族は皆、その夢を持ってると言われています。皆、その夢に向かって頑張って働いているのですよ」

「じぶんでつくらないの?」

「うっ…つ、作れないんですよ。たぶん…」


 痛いところをつかれてしまったサーモンは返答を濁す。

 魔物の国随一の頭脳と言われたサーモンでも、ヒト族のこととなると少し弱い。

 自らの知識の浅さと彼女の幼いが故の本質を突く質問に汗を垂らす。

 ヴィオレンテはそんなこと、気にも止めずに窓の外を興味津々に眺めていた。


——————数十分後


「ついた!ついた!!ヒトの街!」

「姫様、あまり目立つことはやめてくださいn…」


 着くや否や、彼女は爆速ホバー移動で街中を駆け抜けていった。

 

「姫様ー!! ちょ、まってはやすぎ!! あと、それやめてくださーい!!」




 ヴィオレンテは前回食べたパンを探して歩いている。

 

「あれー?このへんだったとおもうんだけどー」

「あ!あの時の小娘!」


 以前、パンを盗んだ際に1番怒っていたヒト族の大きなメスがこちらにズンズンとやってくる。


「あ!さがしてました!これ!」


 彼女はサーモンから貰ったたお金を地面にジャラジャラと並べ始めた。


「やめな! やめな!! 金貨なんか!! なんであんたそんな持ってるんだい!」


 まだ並べ続けるヴィオレンテ。

 それを見た周りの顔相の悪そうな大人がニヤけている。


「これこれ、この銀色の一枚でいいんだよぉ。あんたお金知らないのかい?」

「ごめんなさい、わたしおかね、しらなかったの…」

「あらそうかい、親御さんが教えてないのかしら?どちらにしても、あなた、このままだと危ないから親御さんが来るまでちょっとこっちいなさい」

「はーい!」


 誘われるがままついていくと、前回訪れたパンがたくさん置いてあるテーブルに着いた。

 目の前に広がるヒト族の食べ物に彼女は興奮が止まらない!


「わー! パン! パン!」

「あら? パン好きなのかい? ほれ、これ今焼けたやつだから少し食べていきな」

「やったー! ありがとうヒトのメス!」

「ヒトのメスってあんた、失礼にも程があるだろう、私はコーボだよ!」

「コーボ!」


 ヴィオレンテは出来立てのパンを頬張り恍惚の表情を浮かべる。

 

「ちょっと私、パンの様子見てくるからここで待ってるんだよ」


 そう言ってコーボは家の中へ入っていく。

 パンを食べ終えた頃、そのパンとは非なる、さらに美味しそうな匂いが彼女の鼻腔に到達した。


「?! これはおいしいやつ!」


 ヴィオレンテは匂いを辿って走り出す!

 匂いの元は大きな家と家の境目、裏路地から匂っているようだ。

 ヴィオレンテは匂いに誘われるがまま中に入っていく、その時。

 

「ケヒヒヒヒ、おい嬢ちゃん、ちょっとその袋の中みせてみなー」

「痛くしねーからよ!」


 2人組のヒト族のオスに囲われた。

 

「やだ! わたさないもん! なにもほしくない!」

「無駄なこと覚えやがって! どこの貴族の娘だから知らねーが、世間知らずの小娘め! それよこしやがれ!」


 1人の手がヴィオレンテの袋に届きそうになったその時


「火炎弾!」

ーーボフッ!

「うわアチッ!」


 見覚えのある魔法が飛んできた。

 前回街に来た時に追いかけてきた小さなヒト族だった。


「おんなのこに、テをだすな! ワルモノ!」

「あ? ヒーロー気取りの坊ちゃんだかなんだか知らねぇが殺すぞ?」


 大きなヒト族の威圧で彼は竦んでしまった。

 しかし、頭をふりふり


「う、うるせー! やれるもんならやってみろ!!」


 勇気を振り絞って立ち向かう彼の目は凛々しい。


「あー、そうかい。とりあえず見られたしお前は死ぬの確定」

「俺抑えとくからお前やっとけ」


 鋭い道具をもったヒト族が彼に襲い掛かろうとした


「やめろ!やめろよ!火炎弾!!」

ーーボフッ!


 彼が放った魔法はヒト族のオスの首を吹っ飛ばした。


「ぼ、ボクがやった…?!」


 いやちがう、魔法ではなく物理的に顔が飛んでいる。


「やっと見つけましたよ姫様」

「サーモン!」


 首を飛ばした張本人は彼の後ろに立っていたサーモンだった。

 腕力だけで吹き飛ばしたその首は路地裏の奥に着地したようだ。

 それを見たもう一人のオスは逃げ始める。


「な、なんなんだ! こいつ!!」

「姫様に危害を加えて逃げられるとでも思うなよ」


 サーモンが投げた石ころはオスの顔に直撃し、一瞬のうちに消し飛ばした。


「姫様、無事ですか?」

「サーモンありがとう!!」

「ん? 少年も大丈夫でしたか? 姫様を助けてくれてありがとうございました」

「ありがとう、しょうねん!」


 サーモンは自分の下にいる小さなヒト族を見下ろしながら話す。

 そんな彼の股下には尿が漏れ出ていた。


「つ、つよい…ボクはデニシュです。こちらこそ助けていただきありがとうございます」


 わなわな震えながら話すデニシュという少年は腰を抜かしている。

 

「うわ! ばっちぃ!! おしっこもらしてる!」

「う、うるせぇ! てかおまえ! パンのお金払え!」

「ヴィオラ払ったもん!」


 ヴィオレンテに失禁を気づかれると、意識を取り戻したように口を開くデニシュ。

 どうやら勘違いをしているようだ。

 サーモンは2人の口論を見守っていると後ろから話しかけられた。


「あら、こんなところにいたのかい?あなたこの子の保護者?だめだよ?貴族だかなんだか知らないけど、あんな大金子供に持たせちゃあ」

「申し訳ございません」

「おかーさん!!」


 デニシュはコーボに抱きついた。

 

「あら、おしっこ漏らしてどうしたの?」

「このひとが助けてくれた! あ、あとね、あいつ! パン盗んだやつ!」


 と、デニシュはヴィオラを指さした。

 事情を察したコーボはサーモンを見やると微笑みを返された。


「バカ! あの子はね、もうパンのお金払いにきてくれたよ! ごめんなさいしなさい!」

「ちぇ! ごめーんなさーい」

「もう! この子ったら」


 親子喧嘩が始まろうとしたとこにサーモンが割って入る。


「いやぁ、すごいですねデニシュ君。悪いやつ倒しちゃうだなんて!」

「え?」


 コーボは路地裏奥にある頭のない死体を発見する。


「うわ! これ、あんたがやったのかい…?」

「…うん! ボクが魔法で、こう、ぶわっとね!」


 デニシュも違和感は感じていたようだが、子供ながらに見栄を張ってしまい、ついには本当のことだと思い込んでしまったようだ。


「あら…この子、本当に魔法の才能があるのかねぇ」

「えぇ、もちろんとても才能があるお子さんだと思いますよ」


 ヴィオラが何か言いたそうな顔をしているが、サーモンは彼女を見て微笑み返す。

 

「さ、ヴィオラ、用事が済んだので帰りましょう。ママがお家で待ってますよ」

「ママいるの?」


 サーモンは咄嗟にヒト族のフリをし出した。 

 彼なりの「そろそろ帰りたい」というアピールである。


「あらやだ! さっきパン焼けたから食べていきなさいよ!」

「いやいや、悪いですよ。私たちはこの辺で」

「遠慮はいいわよー! こっちおいでー」


 サーモンとヴィオラは言われるがまま家に招かれた。

 いまだにデニシュはヴィオラと口喧嘩を続けている。


「ボクの方が魔法強いってわかったろ!」

「ちがうよ! デニシュじゃないもん!」

「はー?! ヴィオラ! お前も目の前で見てただろ!」

「ちがうもん!」





たんまりと焼きたてのパンをもらったヴィオラたちは、大層喜んで帰って行ったとさ。





—————魔王城にて。


「パパただいま!! あのねあのね! すごいことたくさんあったの!!」




—————————————————

ちょうさけっか


「おかね」

パンをもらうのにひつよー。

ヒトぞくのゆめ。


「やきたてのパン」

パンよりもおいしい。

あつい。


「コーボ」

ヒトぞくのメス。

やさしい。

おなかがでている。


「デニシュ」

ちいさなヒトぞく。

うるさい。

きたない。

よわい。

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