第15話 仕事目線と親目線
【side】アルフォオンス
「大丈夫かい正嗣?」
「くっそう……体が元気なだけに、負けたの超悔しいんだが」
「……全く問題なさそうだね」
子ども達が離れたリビングで、大人4人が酒を片手に盛り上がっている。
「どう考えても、自業自得でしょうよ! 2年ちょいも生活費なしの生活だなんて、無茶苦茶なんだからね!」
「そんな気はなかったんだって! むしろベースアップを企画してたくらいだっての!」
「実行できてないじゃないの! この大雑把! 息子の学年を中2と高2で間違えるとか、とんでもないから!? しばらくはあんたのお小遣いを治人に横流しにするから、覚悟なさい!」
「……わかってらぁ。苦労かけちまったしな」
柊夫妻の夫婦漫才は、最高じゃないか! 苦労した治人くん本人は、最悪の展開だったみたいだが。
妻と視線を交わしたが、お互い苦笑いがとまらない。
それにしても、このふたりは揃って凄腕の外交官なのだから、日本国も
確かに懐に思いっきり招き入れてしまった感はある。ただ、それが不愉快ではないのだ。夜魔族が魅了されただなんて、恥以外のなにものでもないのだが、それを吹き飛ばす爽快感がこの夫妻にはあるのだ。これが意図的なら、日本国は全世界を掌握していてもおかしくない。
「そう言えば、治人くんも随分と魅力溢れていたな」
「えぇ、そうね。合歓なんか、完全に首ったけだったわ」
「あの、男嫌いがなぁ。どんな手を使ったのか、後学のために教えてほしいところだ」
先日、娘に婚約の話を持ちかけたときのことを思い出す。
娘は身内の贔屓目抜きに美人だ。妻も美人だが、合歓はサキュバスの異能もあって、常に男が寄ってきていた。だからこそ、男嫌いになったのだが……男性に興味はあったようで本当に良かった。
「あら、合歓ちゃんが男嫌い? ちょっと困るわ、念願の娘が来てくれると思って、すっごい楽しみにしていたのに! 治人をけしかけなきゃ駄目ね!!」
亜澄さんが反応した。なるほど、柊夫妻の子どもは、治人くんだけだったね。念願の同性の家族、それは確かに魅力的だ。
まぁそれは、実は、私も同じなんだがね。息子が来るってのが、すごい新鮮な気分だ。
「だがよぉ、治人が合歓ちゃんに何かしたようには、思えねぇんだよなぁ。あいつ、きっと朴念仁だぞ?」
「あっ……確かに。女の子相手にうまく立ち回る姿は、想像できないわ。ひょっとしたら、中学か高校デビューで化けてる可能性もあるけど」
「多分、興味を抱いてるのに何もしなかった……のが良かったんじゃないかなぁ」
具体的なことを言い出した、妻の万莉花。それは、流石母親と言うべきだろう。すごく想像できることだった。
「治人くんは……見たままを、そのまま受け止められる男の子、かもしれないね。万莉花が言うように、治人くんが興味を持たれなければ、きっと娘は放置したはず。興味を持たれて近寄られれば、拒絶したはず。娘には『興味を抱いてもらいながらも、距離を保てる男の子が必要だった』うん、すごく納得出来るね、万莉花」
流石母親と称賛したのだが、おい万莉花、そんなにテレテレするなよ。スイッチ入ってないか?
「そ、そういや、先程の喧嘩も見事だったな。動きがどんどん洗練されていた気がしたよ!」
慌てて話題を変える。幸い、酒が入っていたせいか、違和感は持たれなかったようだ。
「あっ、確かにあの子、物事覚えるの得意だったわね」
「んあ? そう言われれば……新しいことポンポン覚えるから、驚かされることもあったな」
「それって何でしょ? 物事の本質見極めるのが上手、だとか?」
「あー、そんな感じだったな。鬼ごっことかも、足は早くねぇのに立ち回りが巧いっつうか?」
「体つきは華奢だし体力もなかったから、目立ちはしなかったけどね」
「──それって、正に今日の出来事ではないのかな?」
娘が治人くんを連れて帰ってきたことで、確信はしていたし、さっきの親子喧嘩で確認もできた。
予知夢で大怪我を負った治人くんを救うために、娘は因果の種を欲し、因果は応えた。だから怪我は治っていた。
先程の喧嘩もそうだ。始めは正嗣の方が圧倒していた。にもかかわらず、治人くんが最後は勝利を収めた。才能はあっても維持出来る体がなかった治人くん。それを異能は補って──ゾクッとした。それはあまりに『はまりすぎ』ではないか。テトリスで直線ブロックが狙った瞬間に来たような──
「おい正嗣。治人くんの異能の話は覚えているか?」
僕の声色に、正嗣の目が鋭くなる。
「忘れる訳がねぇだろう、アル。そのことは亜澄にも伝えてる」
「ならいい。ここからはおそらくの話だが──」
どこまでも成長する可能性。特に、狭間……我々あやかしの元集落に向かうことで、おそらく成長が加速するだろうこと。
極めるほどに、元集落のあやかしを滅ぼしかねない可能性を。
「──なるほどなぁ。あり得るな、確かに。筋も通ってるし」
だが、正嗣はと言うと、一気に緊張を解いていた。酒をあおって、ボリボリと頭をかき、最早眠そうだ。
「元集落のあやかしを滅ぼせば、新たな魔石は発生せず、採掘も底をつくぞ? 日本国はエネルギー源として必要ではなかったのか?」
「あー、アルの言うとおりだ。その交渉のために俺達が来たわけだ。純粋なあやかしと交流を深め、WIN-WINな関係を構築するためにな」
「治人くんを狭間に向かわせれば、あやかしの里にたどり着くのは、確実に早まる。しかしたどり着いた先が滅びては──」
「──アル、心配いらねぇよ。なぁ、亜澄?」
「そうねぇ。まず無いわね。だって治人、喧嘩相手を治しちゃうお人好しよ?」
「あっ──」
「まぁ、合歓ちゃんや自分の命を狙われたら分からんけど、滅ぼしはしないと思うぞ? それよか、ずっけぇよ! 治人のやつ、今日の喧嘩にチート使ったってこったろ!」
駄々をこね始めた正嗣を、亜澄さんがなだめている。何だろう、この、脱力感?
「大丈夫よ、あなた。黒木家と柊家の交流から唐突に湧いた、本人達を抜きにした婚約関係。だけど、合歓には治人さんが必要で、治人さんには合歓が必要だった。そんなふたりが、未来を真剣に考えているんだもの。ふたりを4人の親が見守っているんだもの。これで何が心配なの?」
ソファーに座る私を、背後から万莉花が抱き締めてきた。
人前はマズかろうと焦ったが、柊夫妻は客間に戻ったようだった。
「……互いに必要、か」
「そうね……ステキな関係ね」
ふたりで見つめる先には、元使用人の住宅がある。今は治人くんの住む家だ。
今夜から一緒に過ごすと息巻いていた娘も、一緒に居ることだろう。
治人くんの、あの宣言もあったことだ。急に仲が深まることはないかもしれない。
でも──
「──ゆっくり愛を育むのも、いいね」
万莉花が、微笑んでいた。
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