序章・〜使者たち〜(三)
【帝】にて、
旧黒坂邸の地下に設けられた書庫をシャンデリアが朱色に灯す中で、部屋の中心部に刻まれた魔法陣を前に凛とした佇まいで二人の少女と一人の男性がある任務を果たしにやって来た。
他にも、一定の距離を置いて本棚の前に防具や装備を携えた六人ほどの隊員たちが備えている。
彼女ら、双子の姉妹は黒坂家現当主・黒坂裕二の諸事情により代わりに引き継ぎ、ある任務を遂行しに赴いた。
なんでも祖父母が予備の計画として用意はしていたらしいのだが、お父様こと黒坂裕二には「魔法陣を起動」する為の時間を取る事が出来ず、現在進行形で二人の愛娘たちに託す事態にまで陥るも結果的に無事任務完了を目前としている。
しかし、双子の愛娘たち優花と優奈の果たすべき目的はこれだけではない。
《第六次世界大戦》勃発から数年、今から約二十年ほど前に突如行方不明となった叔父の捜索に枢軸大企業エデン・エクス・マキナ社の打倒も控えてるからだ。
前者は兎も角、後者は世界的最優先事項の為、一切の油断に躊躇もなく葬らなくてはならない。
かの企業は、世界に対し《神話連合軍》を結成し『人類が築き上げた全ての抹消』を掲げ、世界の文明・文化・歴史・宗教・国家などの全てをこの世から『抹消』するのに《天界》を稼動し続け、得体の知れない怪物共を世に放ち、終わらせにきている為だ。
おそよ一世紀弱ぶりに始まったこの世界大戦は、多くの死傷者を出した。
毎年三億人の兵士が犠牲となり、八億人の重症を負う。
圧倒的な物量と技術をもってしても太刀打ちが出来ない巨大にして凶悪な敵を前に、拮抗状態を保ち続けてはいるものの、それ程余裕がある訳ではない。
所詮は、世界百四十五ヵ国による利害が一致しているに過ぎない為、一つでも綻びが生じ始めたらその隙を突かれて総崩れに陥る可能性だって十二分にあり、簡潔に、詰まる所は時間がもうない状態なのである。
それを日々着々と肌で感じながらも、一縷の望みに懸けて墨色の旧邸にまで足を運び、最初の目的である「魔法陣の起動」を行う直前まで、漸く来た。
だが、魔法陣の近場に置いてある半径三メートル程の丸い机に、時計周りに偶数で配置された椅子の間を、鞘に収まる剣が交差する紋様が襟元に輪郭ほど刻み表した、薄手の閉じた黒衣のロングコートを羽織る双子の姉・優花は手を付いた。
緊張により、足下がふらつく。
「優花、大丈夫?」と、魔法陣の目前で、黒衣のレザーコートを羽織った双子の妹・優奈が心配して一声掛けてくる。
「ええ、大丈夫よ。貴方は、魔法陣を起動しなさい」
「・・・・・・うん」
その返事に頷き、腰を下げ左手で魔法陣を起動させた。
すると、瞬く間に触れた箇所から闇色に輝き出した魔法陣が徐々に紋様に添って光ってゆき、遂には全体に発光した。余りにの眩しさに一同は手で闇色の光を遮った。
★
闇色の光に覆われ、次に瞼をそっと開けると目前には艶やかな長い黒髪に碧眼の瞳、黒衣の衣類に身を包むその容貌はさながら一輪の黒薔薇の様な少女と闇色の黒髪を襟元まで伸ばした執事服を着た男性が顔を手で遮り、ふと下ろすと愕然とした表情を浮かべてしまった。
不意に、別の視線を感じてそちらを見ると足下に亜麻色の毛先が端々とある短めの黒髪に碧眼の瞳、黒衣の衣類を身に纏うその風貌は危険ながらに魅せる黒蛇の様な少女も居た。
先程の少女と瓜二つの顔をしている為、恐らく双子だと思われる。少なくとも、この魔法陣を起動・解除が可能だという事は契約した一族の黒坂家の人たちに違いないと断言は出来る。
それから辺りを見渡すと、一定の距離を置いて本棚の前に防具や装備を携えた者が六人ほど備えて、待機している様子。相変わらず備えを怠らない一族だ。
すると、足下に居た優奈はそっと腰の重心を上げ、立つとゆっくり後ろ歩きの姿勢で優花と闇色の黒髪を襟元まで伸ばした執事服の男性の元へ戻って行く。・・・・・・・・、無言は辛いて。
ふと、ここで疑問に思う。
黒坂家の人たちがこの場に訪れる事に何ら問題はない、寧ろ僥倖だと云える。
だが、当初の予定では黒坂裕二がこの場に赴きある手順を実行した後、この世界の表し方で《権能》を行使する手筈だった。
彼がこの場に居なくとも行使可能なのだが、それでも念の為、事情を訊いてみるとしよう。
だが、その前に咳払いが一つ響くと「私は双子の姉・黒坂優花、隣に居るのは妹の優奈、見ての通り私たちは双子よ。そして彼は側近の九条雅人さん、他は家に属する隊員の方々よ。それで、貴方は何と仰るのかしら?」と先に優花が懇切丁寧に左手を添えて順に紹介してくれる。
今し方、愕然としていたとは思えない程に冷静且つ誠実な対応に感心した表情でいると、瞳の奥に宿る鋭い棘の様なものを感じた。・・・・・・、怖い。
「私に、・・・・・・我々には、自らに付けた別称がある。
彼らとの誓いに反しない為にも、その名を使用してくれ」
「その割には、どうして瞳が潤んでいるのよ」
「情緒不安定なのかな?」
即答で双子からぐうの音も出ない程に指摘されてしまう。
それは遥か昔の話だ。
とある事情で、紆余曲折あり仲間と共に新たな世界樹を創り上げてから数日経ち、我々は試行錯誤を試みていた時期。ある日、突然頭の中に声が聴こえた。
『力』を授けられた際に、我々は繋がっていたのである。
それから沢山の話をした、状況の確認、情報の共有、身体の状態など例を挙げたらキリがない程に時間を費やした。それと、否定と肯定の議論を繰り返し何度も行った。
現在の世界情勢を考慮して詳細は省くが、一時的でも確かに効果は発揮。
そして結果的に、自分たちの存在を諦める決断に至った。
あの時から我々は自身を・・・・・・と、思い出に耽る中で優花が訊いてくる。
「それには、何か理由でもあるのかしら?」
「優花、立ってるの疲れたから椅子に座っていい?」
即座に双子の妹・優奈が言葉を被せ、休息を申し出た。
「優奈。貴方は、・・・・・・ええ、構わないわよ」
「本当に、なら九条さんも借りてくね」
「好きになさい」
「ねぇ、九条さん。
今朝飲みかけた緑茶、また出来る?」
「勿論でございます」
「やったぁ〜」
明らかに場の雰囲気にそぐわない優奈の態度に呆気に取られる魔法陣の図上に立つ彼に、優花は一瞥だけ羨望に近い眼差しで妹・優奈のティーカップに九条がティーポットから緑茶を注ぐ様子を見ると、平静な声音で一言「いつもの事よ」と呟く。
「それで、我々と複数の表現をしていた様子だけれど、他の人たちも何と呼ぶのかしら?」
「配慮に感謝する」
「まぁ、後で最低限の理由は話して頂戴。
流石に、全く話せない訳ではないでしょう」
「・・・・・・まぁ、そうだな」
「それで、そのコードネーム的な名前は何と呼ぶの?」
「優花、彼の眼がまた一段と輝いたよ。
コードネームとか厨二な感じのワードを優花が口にするから」
「まさかの私の所為なの?!」
・・・・・・・・。
先程から双子の姉妹・優花と優奈の悠長な言動のお陰で進展しない。
自分に全く非がない訳でもないが、このままだと肝心の理由と本題に繋げ、進む機会が巡ってこない。その為、私は一度咳払いを吐く事に。
そうして応える姿勢でみせると、二人は鋭い双眸で見据えてきた。
「我々の呼称は全部で七つあり、
《天使》と《悪魔》、《妖精》に《精霊》、《人魚》に《夢魔》、それから《異形》だ。
その中で、私は《悪魔》に該当する」
「いや、童話やお伽噺のキャラクターじゃないんだから、他にもっと考えれなかったの?」
直ぐ様に、的確なツッコミで指摘する優奈。
この娘、言動や態度を差し引いたら案外まともな部類に入るんじゃなかろうか?
あくまで、黒坂家基準では。
「ある時より世界で馴染んだものにした方が良いと思ってな」
「当時の世界が闇深いよ、その頃から絶対病んでたのが窺えるよ!」
その点に関しては長年の経験で得た、スルースキルを行使する。
「ちょっと、眼を逸らさないでよ!」
「私はそんな風に呼びたくはないわ」
結果的に、双子の姉妹から一蹴されてしまった。
だが、「私としては悪くない呼称だと思ってる」
「「どこがよ!」」
「取り引き、契約の代名詞の《悪魔》だから、な」
「なるほど、そう訊くと一応は納得出来るね」
「ちょっと、優奈?!
と、兎に角、私は絶対に呼ばないからね!」
頑なに呼ぼうとはしない優花の態度に複雑な心境を覚える。
「なら、優花は何て呼ぶつもりなの?」
「私の知る限りでは、最低でも二十年以上は、この地に住んで居たのよ。
この者は、居候で十分よ!」
「居候の《悪魔》、恐るべし」
「どうして合わせるのよ」「何故、合わせた?」
気不味い沈黙。
それから四十秒程が経ち。
「一つ確認しても構わないか?」
「ええ、構わないわよ」
「居候でも気になる事あるんだね」
「私の元には、黒坂裕二が来る予定だったのだが、君たちは何か知らないか?」
「「?!」」
《悪魔》または居候の発言に目を見開く双子の姉妹。
「・・・・・・お父様は、急用で来られないわ。
だから、代わりに私たちが引き継いでここまで来たのよ」
「そうか」
この二人は、彼の娘達だったのか。
「その、先程から常々気にはなってはいるの」
「どうした?」
「貴方は、いつまでその魔法陣の図上に突っ立って居るつもりなの?」
「確かに、そうだね。
こっち来て、椅子に座れば良くない?」
「誠に残念ながら、私はこの魔法陣の圏内から出る事は不可能なのだよ。
色々と試してはみたが、どれも効果は無かった」
静寂。
「ちょっと待って、居候。
貴方、魔法陣から出られないの?!」
「うん、何か魔法陣を起動したら世界大戦が終息に向かうだなんて都合のいい展開に何処か罠が有ると思っていたよ。まさか、召喚したのに使役が出来ないとはね」
確かに、自身で《悪魔》やら契約などの単語を言葉にしたが、まさか直球で使役などを訊く日が来るとは思わなかった。優奈、恐ろしい娘。
「で。ど、どうする優花」
「落ち着きなさい優奈、こういう時は『サラ』を使用するのよ」
「あっ、そうだね」
「ええ」
すると、優花の左の掌から人型のホログラム女性が現れた。腰下まで伸びた金髪に碧眼の瞳、膝下まで丈のある白のワンピースにヒールを身に纏った美女・彼女が『サラ』である。
「『サラ』、居候の足下にある魔法陣を解析・鑑定の後、解除をお願いするわ」
『畏まりました、優花様』
足下の図上にある魔法陣を『サラ』がデータ化して記録していく。
「君たちは気にならないのか?」
「何の事?」
「何故、私が君たちの親をとか?」
「ある程度、自身で予測が出来る事を一々問う必要があるの?」
「確かに、そうだな」
賢い娘達だな。
『解析の結果。
現在の《現象・事象コード》では解除出来ません』
「本当、みたいね」
「《権能》が効果ないとは、驚いた」
咄嗟に、「申し遅れたが、《四大権能》では解除は出来ない構想となっている」
その発言に「貴方、私たちの世界情勢について如何程に知っているの?」と、優花の剣呑な眼差しの問いに続いて、二度ほど頷く優奈。
《四大権能》
それは世界が、《能力》《瞳力》《覚醒》《魔法》の『力』を一括りに纏めて総称したもので、一般的に略して《権能》と呼ばれている。《権能》には各々『固有の力』が備わっており、それらを基本的に《現象コード》または《事象コード》と呼ぶ物を過程で用いて行使を可能とする。
だが例外に、《能力》《瞳力》《覚醒》に於いては、それらのコードを通さなくとも行使が可能な実例も数多く報告されている為、ある意味では一定の効果を発揮する《魔法》よりも脅威と見做す場合もある。
それと、宗教の史観からみてもある程度は容認されてはいるが、個人の《権能》次第によっては国での暮らしが困難になるとも云われており、国家によっては《権能保持者》が処罰の対象となり得る為、《権能》に関しては生まれ持った運とも世界各国の法に記載されている。
また、これ程までに絶大な影響力で有し、新たな世界の基盤【権能社会】に成る事は必然で、教育・研究の結果、希少ながらに誕生する《戦略級技能権能師》と、その下位互換の《準・戦略級技能権能師》の存在は、今から約二十年ほど前では国家間での抑止力としての役割を果たし、世界の軍事的な側面で長らく均衡を維持してきた人たちの事を指す。
現在では、人工知能に《権能》を行使させる研究・開発の技術が進み、世界規模での防衛力が更に高まっている。
閑話休題。
一瞥だけ居候の《悪魔》が、《権能》を行使して魔法陣を解こうとした『サラ』を見ると、少し間を置いた後に、先程の問いに応える。
「近年の情勢までは把握してないが、それ以前の事情ぐらいには」
「それって、かなりの情報が蓄えられてない?」
「・・・・・・・・一体、どうしてそれ程までの情報が貴方の元に?」
「それも、呼称をする理由とともに話そう」
緊張の為、軽い深呼吸を一度、吐く。
「我々は、ある世界樹の構築をした、世界に災いを振り撒く存在を封印する為に。
結果として世界を見る限り一時凌ぎ、失敗で無意味な展開を迎えてしまった訳だが、それでも確かに効果はあった。
だが、その・・・・・・・・我々が封印した際に、我々も同じく封印されてしまった。
そして封印された先の空間では、世界を観測する事ができ、全て情報を把握・閲覧が可能な世界に囚われ、それは今でも続いている。
ここまでの展開で、引き分けに終わったかの様に聴こえるが、《第六次世界大戦》が起き、『抹消』の危機に直面している事からも残念ながら引き分けにすら持ち込めなかった。
彼奴は、我々が封印する直前に肉体と意識を切り離して、生存した。
それだけではない、我々に世界が『抹消』されゆく光景を見せつけようとまでしている。
その瞬間に、もう出来る事などないと思っていた。
だが、ある時より仲間との交信が可能となり沢山の話をするまでは。その際に、偶然道端で魔法陣を発見して好奇心で触れてくる者たちが時折りいると知ってな。
その者達に我々に親近感を持ってもらい、現世での協力者となってもらおうと思った訳だよ。
しかし、本名を名乗り知れば、彼奴は何かしらの手段を講じてくる。そこで我々は、自らに《悪魔》などを呼称してカモフラージュをする事にした。
これが、簡潔に応えられる全てだな。後は大体想像通りだと思う」
事の顛末を、明瞭簡潔に告げる。
瞬く間に重苦しい雰囲気となる中で、ティーカップに残る緑茶を飲み干す優奈。
それから、「いや、世界全ての情報を把握・閲覧可能と言ったよね?
それ、絶対エッチな事にも使用してるでしょう!」と直球で少し耳を紅く染め、羞恥を帯びた声量で問うてくる。その物言いに思わず、「そうした利用は一切していない!」と真っ直ぐ返す。
「嘘、私ならやるもん!」
「優奈は少し黙って」と、呻きの様な声を出した後に、右手の人差し指と親指で眉根を抑える優花。
「なら最後に訊かせて、その理由は?」
「私には、最愛のパートナーがいる」
「「は?」」と、二人揃って冷淡な表情をした。
「いや、その反応は酷くない?」
「仮にそうだとして、他に断言出来る理由は?」
「彼女以外の異性に全く興味がない」
「清々しいね」「羨ましい・・・」
双子の姉妹が、話の趣旨を逸らす、恋愛関連の話題は誤りだった。
「因みに、その相手は?」
「《天使》だな」
「羨ましい・・・」「優花、戻ってこ〜い」
「因みに、彼女も私以外の異性に興味もない。
他の仲間も大して人に関心を示さない変人ばかりの集まりだ」
流石に頬を引き攣らせる姉妹。
世の中、自分が思うほど人に対して関心を示さない。
それはいつの時代も変わらないのだ。
お陰で、善し悪し含めて自由に動き易い世の中だった。
すると「優花様、優奈様。
話の趣旨が少しばかり逸れております。
旦那様が託された任務をお忘れで?」と、双子の優花と優奈に視線を配り、九条が姉妹を矢の如く射抜く眼で問いかける。
やはり九条家しか黒坂家の者を制御を出来ないと改めて実感する。今日この頃。
「因みに、裕二は何と告げてこの場を教えた?」
すると、優花が直ぐ様に切り替え「お父様は、この《第六次世界大戦》を終決に向かわせる方法があると言っていたわ」と応える。
「・・・・・・・・そうか」
確かに、我々が魔法陣から出る事が可能なら直ぐに解決する。
「先程、貴方は色々と試したと答えたわね?」
「ああ」
「なら、貴方も《権能》の行使が出来るのよね?」
その真剣で慎重に一つずつ鋭い声音で確認する姿勢に、頷いた。
「その《権能》を使って、この窮地を脱する事は可能なのかしら?」
その問い掛けに、穏やかな表情で頷く。
双子の姉妹が驚愕に瞳孔が開いた。
魔法陣の圏内から出る事が不可能な事には変わりない。
現世での干渉は極めて些細な物しか出来ない。
だが、漸く光明が見え始め場の空気が一変し始めた、・・・・・・多分。
「今から、君たちに関わる系譜の者たちを現世に戻す。
その手順と理由も説明する。
なので、近場にある椅子に座り聞いてもらいたい」
★
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