第17話 そのメイド『動揺』
「さぁて……俺達も冥界に戻るか。正直、俺達使用人をさんざこき使う
「う~ん……」
「なんだ、ラグ。さっきから、難しい顔をして……なんか、考え事か?」
ボストンバッグを地面に置き、腕組みしながら考え事をするラグを不審に思ったルシウスが声をかける。
「いや……ロザンナさんのことでちょっと……」
声をかけてきたルシウスに応じたラグが、去って行くロザンナの背中を見据えながら考え事を吐露する。
「ここに来る前の、ビンセント家の使用人として屋敷で働いていたロザンナさんの冷静沈着な雰囲気と、人を小馬鹿にするようなあの態度……誰かに似ているような気がして」
「そう言われてみれば確かに……常に冷静沈着で人を
死神のセバスチャン……?すぐ近くで始まったラグとルシウスの会話を小耳に挟んだミカコが聞き耳を立てる。
「
セバスチャンは、上司に当たる死神のカシン様に忠誠を誓っている……おまけに、灰色の燕尾服を着用しているもんだから、何故か
そう言えば……ロザンナさん、言ってたわね。
『――私は上司としての責任を取り、彼が落とした日記帳を探し出すため、冥界から現世へと降り立ちました。そうして、日本国内にある広大な森の中に、
その話のなかで、
今は無き、ヴィアトリカが女主人として構えていたビンセント家の屋敷にて。使用人仲間だったエマと同室していた部屋で気を失っていたミカコが目を覚まし、ロザンナと会話をしたのが昨日のことだ。そこまで記憶を遡ったミカコは突然、あることに気付いてはっとする。
ちょっと待って。もし、今のラグとルシウスの会話が本当のことだとしたら、ロザンナさんは……死神総裁第一秘書の肩書きを持つ、セバスチャンって言う人なんじゃ……
ラグとルシウスの会話からヒントを得てそう推測したミカコはにわかに動揺するも、
……いいえ、さすがにそれはないわね。二人の会話から察するに、セバスチャンさんは男の人のようだし。その場合メイドじゃなく、執事としてヴィアトリカに仕える筈だわ。もちろん、名前も変えて……
動揺した気持ちを落ち着かせ、冷静沈着にそう考え直した。
「どのみち、セバスチャンがここに来ることなんてまずねーよ。仮にここに来ることがあるとすれば、セバスチャン以外の死神だろうぜ」
「僕もそう思うよ。だけど……」
のんきに否定したルシウスに同意したラグだったが、真顔で静かに持論を呈する。
「セバスチャンさんは、変身術に長けている人でもある。もしもそんな人が、何らかの事情でロザンナさんに化けていたとしたら?」
この、妙に信憑性のあるラグの問いかけに、ルシウスが唖然とした。そのすぐ近くで二人の会話に耳を傾けているミカコにいたっては、はっとした表情で息を呑んだ。
セバスチャンさんって、変身術に長けている人なんだ……?もし、もしもよ?仮にロザンナさんの正体がセバスチャンさんなんだとしたら……そして、その人が男性であるならば……昨日、私が気を失っている間に私服を着せてくれたその人に、とっても恥ずかしい姿を見られたことになるじゃない。途端に、顔から火が出た。
「あっははは……ないない。あの人に限ってそんなこと……」
当惑の表情で笑い飛ばしたルシウスだったが、それを見据えるラグの、訴えかけるような真剣過ぎる表情を見るにつれ、冗談とも言えない雰囲気に押され気味になった。そんなルシウスと、その陰で青ざめた表情をするミカコが同時に心の中で呟く。
ま、まさかな……と。
人物像を知るルシウスやラグと違い、ミカコにとって未知となるセバスチャンの陰が、同時に心の中で呟いたルシウスとミカコの脳裏を過ぎった。
「さあ、私達も冥界へ行きましょう」
「ああ、そうだな」
穏やかに微笑みながら促した冥府役人のエマに、ヴィアトリカは穏やかな口調で返事をした。ミカコと言う名の友達も出来て、ひとりぼっちじゃなくなったのに、ヴィアトリカの心にはまだ淋しさが残っている。だからなのか、エマに返事をした時も、どこか淋しげだった。
「あっ、そうだわ……」
うっかりしていたと言う風に呟いたエマが、
「あなたに、言い忘れていたことがあるのだけど……実はあなたの他にも二人、日記帳から飛び出して、そのまま
なんだか意味ありげにそう言ってウインクしたエマが体の向きを変えて走り去っていく。そうして待つことしばし、男女二人の大人を連れて来たエマが、ヴィアトリカが待つその場所に戻ってきた。思いがけない光景に、ヴィアトリカは目を丸くした。
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