第11話 そのメイド『解放』
「ラグ。今のうちに、結界を張れ」
顔を、やや下に傾けたルシウスが、不意に口を開く。
「その中にミカコを隠し、時間稼ぎをする。ロザンナは今、お嬢様の命令で動いている。なら、お嬢様が再び命令を下せば、ロザンナは素直に言うことを聞く筈だ。お嬢様が目を覚ますまでの間、俺達でミカコを守るぞ」
「それは名案ですねぇ……まぁ、それをしたところで、この私に見破られない保証はどこにもありませんが」
何者かが、ルシウスの提案を賞する声が聞こえた。人を嘲笑うかのような、その聞き覚えのある声に、ギクッとしたルシウス、ミカコ、ラグが青ざめた顔で振り向く。
「……っ!」
三人が背にしていた壁に、腕組みしながら寄りかかるロザンナの姿が、そこにあった。その顔には薄ら笑いが浮かんでいる。
「……エマは、どうした」
「気を失っていますよ。私の、一撃を食らってね」
意を決して尋ねたルシウスに、ロザンナはしれっと返答した。厄介そうに、ルシウスが舌打ちをする。
「チッ……まさかここで、ロザンナと対戦することになるとはな」
「そうだね。この展開は僕も、想定外だよ」
にわかに緊張が走る表情で会話をするルシウスとラグ。しばし沈黙した後、ルシウスが決断したように口を開く。
「ラグ……腹、括るぞ」
「オーケー」
ルシウスの決断に同意したラグが返事をした。ルシウスとラグが、自爆覚悟で特攻。二人の攻撃をひらりとかわし、ロザンナが一撃を食らわす。ロザンナが振るったサーベルの、強力な風圧を受け、後方へ思い切り飛ばされたルシウス、ラグが壁に叩き付けられた。
「ルシウス!ラグ!」
「あなたが、最後のひとりですね」
サーベルを手に、シュタッと品良く着地したロザンナが冷めた笑みを浮かべる。
「覚悟を、決めてもらいましょうか」
ミカコは、ロザンナを睨めつけた。立場上、ミカコはロザンナに勝てない。戦うことを望んでいないのだ。だからこそ……ミカコは封印の剣を右手に携えたまま、毅然と佇む。前方から、ロザンナが突進してきても。そして……
「……っ!?」
ロザンナが突き出したサーベルの先端が、ミカコの胸に触れた瞬間。まばゆい金色の光が走った。
「私は、あなたと戦いたくないの。だからお願い……もう止めて」
「言った筈ですよ。私は、お嬢様の命令には逆らえないと」
サーベルを引っ込めたロザンナが冷酷な表情で冷ややかに返事をする。
「武器が使用不可と知った以上、手段を変えなければなりません」
冷静にそう告げたロザンナは、サーベルを鞘に収めると光の速さでミカコに急接近。片手でミカコの首を掴んだ。
「物理攻撃では、手も足も出せないようですね」
「ミセス……ワトソン」
すごい力で首を絞められ、背にする扉に固定されたミカコの顔が息苦しさに歪む。
「恨むのなら、私に命令をしたお嬢様を恨むことですね」
「ヴィアトリカお嬢様は……悪くないわ。あなたに……私を殺せと命令をしたお嬢様は……本心じゃなかった筈だから。あなただって、分かってた筈よ……お嬢様に取り憑く悪魔が……お嬢様に命令させた……だから……」
「やめろ、ロザンナ!」
二階の寝室から駆け付けたヴィアトリカが、息せき切って叫ぶ。
「命令だ!ミカコを殺すな!!」
「……仰せのままに」
俯き加減で含み笑いをしたロザンナが手を離し、ミカコを解放。強い力で首を圧迫されていたミカコが、力が抜けたようにへたり込む。今にも、気絶しそうだ。
「ミカコ!」
扉にもたれかかるミカコの体を支えたヴィアトリカが、しっかりしろと叫ぶ。
「お嬢様……よかった……目を覚まされたのですね」
閉じかかっていたまぶたをゆっくりと開けたミカコがそう、優しく微笑みながらヴィアトリカに告げる。
「ああ……お前のおかげで、助かった。本当に、ありがとう」
目に、涙を浮かべて感謝の言葉を述べたヴィアトリカは、
「すまない。私が、ロザンナに命令したばかりに……本当に……すまない……間に合って、良かった……」
堪えきれなくなり、声を上げて泣き出した。ミカコとひとつしか違わないのに、大粒の涙を流すヴィアトリカが、幼い子供のように泣きじゃくっている。
ヴィアトリカは心底、ミカコがロザンナに殺されるのを恐れていた。自分の意思ではなかったが、ロザンナにミカコを殺せと命令したのは、ヴィアトリカ自身。
もしも本当にミカコが死んでしまったら、その重い十字架を背負って、後悔しながら生きなければならない。自分も、両親を殺した悪魔のようになってしまっていただろう。
それだけは阻止せねば。ミカコはなにも、悪くない。絶対に死なせない。強い意思のもと、寝室で目を覚ましたヴィアトリカは、傍で気を失っていたエマを起こし、事情を聞いて玄関ホールへと駆け付けたのだった。
「お気になさらず……私はもう、大丈夫ですから」
体を震わせて号泣するヴィアトリカを抱きしめ、優しく頭を撫でたミカコは愛情あふれる顔で微笑みながらそう告げたのだった。
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