第10話 そのメイド『脱出』
「私を……殺す気なんですね。それが……お嬢様の命令だから」
「その通り。先ほど、隣の部屋でお嬢様は私にこう命令を下しました。「ミカコを殺せ!」と。お嬢様の命令とあれば、従わないわけには参りません。ミカコ・スギウラ。その命、私がもらい受けます」
ロザンナは本気だ。殺伐とした雰囲気を漂わせ、光の速さでミカコに急接近した。その時。助けに入ろうとしたルシウス、ラグよりも早く駆け付けた何者かが、瞬時にミカコの前に立ち、手持ちのサーベルで以て、ロザンナのサーベルと刃を交差させた。
「エマッ……!?」
ミカコは驚くあまり目を見開いた。貴族の使用人に相応しい、白色のエプロンドレスに黒のロングドレスとホワイトブリムの制服姿のエマが、突進してきたロザンナの動きを止めたのだ。
「ただ今、市場より戻りました。買い忘れはないと思いますが……念のため、確認をお願いします」
「買い出し、ご苦労様です。分かりました。後ほどキッチンへと赴き、買い忘れがないか、確認しておきますね」
エマとロザンナが、互いのサーベルを交差させながら、涼しい顔で業務連絡をしている。それがなんとも不思議で、不気味でならなかった。
「私が今、背にしている……そこのあなた。私の大事な後輩への伝言を頼まれてちょうだい。ミカコって言うのだけど、中庭に干しっぱなしにしている洗濯物を取り込むようにと。
ハーブを分けてもらいに、お隣のマーシェルさん(ビンセント邸の隣に住む住民。ハーブ園を営んでいる)のところにいる筈よ。マーシェルさんのところへの行き方はルシウスとラグが知っているから、二人に案内させるわ。ルシウス、ラグ、お願い出来るかしら」
「了解」
「僕達に、任せて!」
凜々しい笑みを浮かべて、きびきびと指示だしをするエマに、見透かした笑みを浮かべたルシウスとラグが快く返事をした。
「二人とも、しっかり頼んだわよ」
使用人仲間の、頼もしい返事に、エマは凜々しい笑みを浮かべて応じたのだった。
「あなたとは一度、対戦してみたいって思っていたの……久々で、腕が鳴るわね」
「対戦相手に、この私を選んで頂き、誠にありがとうございます」
俄然、対戦モードのエマに、涼しい笑みを浮かべて返事をしたロザンナは、
「あなたがどれほどの腕前なのか……試させてもらいますよ」
大胆不敵にそう告げたのだった。
「エマって、剣が扱える人なの?」
寝室を出て、玄関ホールへと続く階段を駆け下りながら尋ねたミカコに、ルシウスが真顔で返答する。
「ああ……剣の他に、銃の取扱いにも慣れている。冥界に庁舎を構える、
そう言えば……二年くらい前から見過ごせない案件につき、住み込みのハウスメイドとして、ヴィアトリカお嬢様の屋敷で働いているんだけど、街の周囲に結界が張られているせいで、
今や、住み込みのハウスメイドとしてビンセント家に貢献しているエマの正体に触れるルシウスの話を聞き、ふとそのことを思い出したミカコは納得。
「役人ってことは……エマも、ルシウスやラグと同じ、冥界人なの?」
そのことを疑問に思い、なにげなく尋ねたミカコに、ルシウスが顔色ひとつ変えずに返答する。
「ああ、そうだ。医師免許を持っている都合上、現世でなにか事が起きる度、俺はエマとペアになって行動をすることが多かった。そんな俺が知る限り、エマは強いぞ。少なくとも、ロザンナを足止めするくらいは容易い」
階段を駆け下り、広い玄関ホールから少し奥に入ったところに行くと、中庭へ通じる扉があった。ラグ曰く、ルシウス、エマ、ラグの三人しか知らない、秘密の抜け道が中庭にあるらしい。その道を通って、マーシェルさんの屋敷へ行くと言うのだ。
「あれ……?おっかしいなぁ……」
一番に駆け付け、扉のとってを回したラグが怪訝な表情をする。
「さっきまで開いてたのに、びくともしない」
開かなくなった扉を前に、三人が途方に暮れた。
「正面玄関なら、開くかもしれない」
ミカコが閃いたとばかりに明るい声で提案する。
「いや……たぶん、どこの扉も開かねーと思うぜ」
ミカコの提案に、真顔で扉に触れたルシウスが却下した。
「結界が張られている。それも頑丈な……」
「結界……?」
「……ルシウスの言う通りだ。
気を集中させ、右手で扉に触れたラグが、険しい表情でそう口にした。
「それってまさか、結界を張ったのって……」
なんとなく、嫌な予感がしたミカコに、
「ロザンナ……だろうな。俺達を屋敷に閉じ込めるために、予め、結界を張ってたんだろうぜ」
厄介そうに顔をしかめたルシウスがそう予測し、返事をした。
「そんな……」
ミカコが、絶望の声を上げる。折角、エマが時間稼ぎをしてくれたのに、それが無駄になってしまうなんて。ロザンナが張った結界に阻まれて、逃げ場を失ってしまった。
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