第五十話:人類の敵対種『魔族』(後編)
何故シヅキは
だが、距離を取って戦う場合、シヅキの取れる攻撃手段は蛇腹剣と血の刃の二つだけだ。
そのどちらも攻撃の軌道が非常に分かりやすく、どれだけ数を重ねたところで全て
その上、シヅキは
以上のことから、いくら有利であろうとシヅキに距離を取って戦う選択肢はない。接近し、手数をもって権能の守りをすり抜けねば勝機はないのだ。
「〈血の鎖〉!」
『同じ手が何度も……なぁっ!?』
「くぁはっ──引っ掛かったぁ!」
先ほどの奇襲時とは真逆、シヅキは動作ショートカットで血の刃を飛ばしながら使用宣言で血の鎖を生み出す。
だからこそ執拗な首狙いで意識をそちらに向けた後に足を掬う、極めて単純なひっかけが機能する。屈んだ瞬間に足首を取られた
それを確認した瞬間、シヅキは即座に追撃を行う。動作ショートカットで素早く鎖を呼び出し、
それ故に、まるでシヅキへ向けて跪くような体勢となっており────頸を取るには絶好の姿勢だ。
シヅキは大きく飛び上がり、
「
分割された刃が
『ク、ソが……舐めるなァ!』
最早回避は不可能。自らが致命打を受けるのは避けられないと悟った
万物を破壊する矛同士が衝突し、
矛盾し、破綻し、崩壊した権能は
そして世界は軋み、罅割れ、破壊の嵐が巻き起こる。
◇◇◇
「……めちゃくちゃやるなぁ。勝ち目を失ったからって自爆するなんて……」
破滅的な奔流に巻き込まれ、しかしシヅキは生きていた。……いや、正確に言えば一度死に、そして蘇っていた。
暴走した破壊の権能。拡散されたそれを全身に受けたシヅキは身体を粉々に砕かれ、一瞬で死亡した。だが、シヅキには一度だけ死を拒絶できる〈リィンカーネーション〉がある。その点を考慮するのならば、一瞬にして死に絶えたのはむしろ隙を晒さずに済んで幸運と言えるだろう。
粉微塵と化した際に吹き飛ばされたのか、シヅキの復活地点は少し離れた曲がり角の辺りまでズレていた。先ほどまでシヅキが、そして
おそらくは
それに
そうである以上あの権能は無差別的なものであると考えられ、そしてそれが制御を離れ拡散したのだ。シヅキ以上の至近で受けた
「と、まぁ……あれで死んだと思いたいところなんだけど……。まだ素材やら経験値やらが入ってないんだよねぇ。はぁー……。〈血の剣〉」
これで武器攻撃力は130と少し。正直言ってかなり心許ない値だが、
血の剣の脱力でその場に崩れ落ちた後、のそりと起き上がったシヅキ。辺りには相変わらず血色の霧と土埃が立ち込めており、
おそらくは相当な手傷を負っているはずだが、それでも今のシヅキは非常に貧弱なのだ。視界の悪い中、
「うーん……出てくるのを待つのもアレだし…………ま、どうせ一撃貰ったら終わりなんだから、多少HP使っても問題はないかなぁ。〈血の刃〉!」
血の剣の効果時間や、逃走リスクを考慮するなら待ちの選択もあまり得策ではないだろう。シヅキは蛇腹剣を伸長させ、比較的大きな血の刃を地面と水平に撃ち出して相手の出方を────
『ガアアアァァァ!!』
「オワー!!」
シヅキが剣を振り切った瞬間。空気を震わす咆哮をあげながら、
だが、その僅かな差がシヅキにとっての活路となった。シヅキは身を投げ出すように横へ向けて跳び込み、間一髪で回避に成功する。
「あっっっぶな!!」
着地など考えずに反射的に跳んだため、シヅキは跳び込んできた
これは致命的な隙だ。だが、何故か背中に追撃を受けることはなかった。
疑念を抱きながらも急いで反転し、
だがその右目は潰れ、もう一方の瞳も血に染まりどこを見ているのか判別すらできない。顔の向きからしてシヅキの位置を把握してはいるようだが、視覚以外にも探知方法があるのだろうか。
完全に喪失した腕はもちろんのこと、足や身体も大きな罅割れによって肉が脱落し、部分的に骨が見えていた。もしあの傷を負ったのがシヅキだったのなら、悶え苦しんで死を懇願するような凄まじい傷だ。羨ま……悍ましい。
先ほどの攻撃時に姿勢が崩れたのも決して偶然ではなかったのだろう。戦意こそ未だ高いようだが、肉体は最早死に体だ。足取りはおぼつかず、構えも軸がぶれている。それに、今の
だが────殺意だけは、肉体が十全であったときよりずっと、ずっと純度を増している。
シヅキは溢れんばかりの圧力を感じ、首筋にはちりちりとした特有の感覚。第六感が危機を告げている。
きっとこの男は、未だに戦いを、勝利を諦めていない。
「あのおっそろしい両手がないのは不幸中の幸い……か、なっ!」
『アァッ!!』
瀕死であっても尚、身体能力ではシヅキよりも遥かに上。だが、少なくとも得物では明確に勝っている。此方は一対の蛇腹剣、だが相手は前腕の半ばまでしかない腕が唯一の加害手段。
リーチに明確な差があり、なおかつ
それに、シヅキは格上を相手取るのは慣れている。
シヅキは突き出された腕に沿うように剣を
相手の勢いを利用した隙の少ない攻撃。だが、見たところ腕が切れた様子はない。置き技では勢いが足りないのか、あるいは今のシヅキにはどうやっても体表には傷が付けられないほど強度に差があるのか。このままでは打倒するには些か厳しいものが────
「いづっ……!? 尻尾!? 忘れてた……!」
右足の甲に鋭い痛みを感じ、シヅキは思わず足を浮かしそうになる。だが、右足はまるで地面に縫い付けられたように動かない。
反射的に視線を向ければ、
じくじくとした痛みが走る。だが、そんなことはさして重要ではない。それよりも動きを封じられたことの方がよほど拙い。これでは彼我のリーチの差が活かせない。
焦るシヅキ。だが無情にも、
「舐っ……めんな! 〈血刃変性〉!!」
蛇腹剣を曲刀に変え、左の刃で
厚みのあるゴムのような感触。全力を持って突き付けた刃は、僅かに数ミリほど食い込んだだけだ。────だが、僅かでも通ったのだ。つまり、これを繰り返せば殺せる。何も問題はない。
だがそれは、焦燥の裏返しに他ならない。未だ優位はシヅキにある。
躱し、逸らし、流し────攻勢に移る隙はないが、問題はない。
そうこうしている間に
相手は満身創痍で、対するシヅキはほぼ無傷。故に、耐えてさえいれば自然と好機は訪れるのだ。
「ははっ……どうした上位存在! 足が震えてるよ!」
『アアァ……』
お互い立ったままの打ち合いでは勝ち目がないと悟ったのだろう。シヅキを押し倒し、寝技に持ち込もうと全力で突進を────
「それを待ってた!!」
突き刺された右足を軸に身体を左へ転回、同時にぱちりと
『グッ!?』
「〈血刃変性〉! ────これで、終わり!!」
最初の死亡時に〈生命転換〉は解除されている。そして生命転換のCT三倍化がなければ〈血刃変性〉のCTは10秒しかない。連続使用も容易だ。
故にシヅキは両手の刃を組み合わせ、一振りの長大な斧を生成する。最も一撃の威力が高くなる形状。
そして────
──────────
Tips
『ダメージ計算』
UGRにおいて、相手に与えるダメージはかなり複雑な計算でもって算出されている。
当然攻撃の速度や質量なども計算には含まれており、だからこそただ形状を変えるだけで武器攻撃力は変化しない〈血刃変性〉でも実質的な威力を増すことが可能となるのだ。
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