第三十八話:笑い嗤う

「おっ? これは……スキルチケットか! いいね、大当たりだ!」


「やった、可愛くて強い胴防具!」


「ふむ、等級Ⅳのアクセサリーか……。等級Ⅴではないのが残念ではあるが、これはこれでトレードが狙える。悪くはないな……」


「足防具……。AGI特化の靴!? 私のためだけにあるようなものじゃないの! これは神ツモね……!」


「……。伝承器アームズロア……? いや、それよりこの効果は…………」


 各々当たりを引いた四人の歓声が大階段前の広場に響き渡る。だが、三層階層ボス戦における最大の功労者であるシヅキだけは、何故か思い悩むような難しい顔をしてぶつぶつと何かを呟いていた。

 目ざとくそれを見つけたイルミネが、シヅキへ声を掛ける。


「なぁに? 似合いもしない難しい顔しちゃって。何引いたのかちょっと見せてよ」


「……うん? あぁ、イルミネ……。ほら、見てこれ。どう思う?」


□□□□□□□□□□

伝承器アームズロア:妖刀『蜥蜴丸』

装備アイテム(武器・片手剣)(等級:Ⅴ)

片手武器


装備中、『不運:Lv8』を受ける(消去不能・永続)

※この『不運』は装備変更後も60秒間持続する

攻撃命中時、50%の確率で『不運:Lv1』を相手に与える


『不運』

持続:60秒 最大累積Lv:10 消去不能

HPとMPを除いた全てのステータスがLv*5%減少する


闇属性

武器攻撃力:180+(DEX*1)


装備条件

DEX:250~


トレード不能

□□□□□□□□□□


 シヅキは自らが引いたアイテムの説明文をイルミネへと見せる。イルミネは見せられたパネルを上から目でなぞり、シヅキと同じように難しい顔をした。


「うぅん? 伝承器アームズロア……? えぇと、とりあえず性能は……説明文からして装備するだけで固有のバステを受ける……。攻撃力計算が特殊なのは刀系の片手剣の共通仕様だからいいとして…………」


「おっ、なんだい? なにか凄い物でも引いたのかな?」


「……はっ? 伝承器アームズロア!?」


 うんうんと考え込むイルミネ達を見て、めいでんちゃん達三人が寄ってきた。シヅキ達の後ろから、同じようにしてパネルを覗き込む。

 すると、パネルを見るなり聖野生が大声を上げ、考え込んでいた二人の視線が彼女へと集中する。


「あ、聖野生ちゃんは知ってるんだ。伝承器アームズロアってなに?」


「……等級Ⅴの中でも特に珍しいとされてる装備だ。『伝承器アームズロア』って名前の頭に付いてて、……ものすごく強い。性能の癖が、だがな」


「あぁ、なるほど……? 確かに癖は強いねぇ。装備するだけでステータス40%減だぁ。……これじゃ仮に装備できたとしても、上手く使うのは厳しいかな~」


 装備の説明文に特殊状態の効果内容が記載されているということは、この効果は『蜥蜴丸』固有のものなのだろう。

 『不運』。1Lvごとにステータスが5%減少する、わかりやすい効果のバッドステートだ。


「あ、でもこのバステは独立乗算じゃないんですね……。普通に割合増減枠に加算されるなら、プレイヤー側は思ってるよりはステータス減らないかな……」


「……えっ、あっほんとだ。………………ん? じゃあこれわたしにとっては最強武器では? 素のステータスなんてHP以外全部初期値だし、-40%されたところで痛くも痒くもないんだけど」


 UGRのステータス計算は、基本的に『(基礎値*割合増減枠)+固定増減枠=実数値』という式で求められる。例えばHPの基礎値が1000だとして、『HP+20%』と『HP+10%』、『HP+100』に『HP+50』の計四つの上昇効果を装備やスキルによって得ていた場合、(1000*130%)+150で実HPは1450となる。


 また、『赤き呪縛』の説明文のように『最終計算後に乗算』と書かれている場合、割合増減枠や固定増減枠などの基本的な値全てを計算し終えてから、算出された値に対して更に掛け合わせることになる。めいでんちゃんの言っている『独立乗算』とはこれのことだ。


 だが、『不運』の説明文にはそのような記載は特にされていない。ならばステータス減少効果はこの式の中の割合増減枠に加算されるのだろう。それならシヅキにとっては誤差でしかない。


「でもこれ、シヅキは装備条件満たせないでしょ。DEX250って……」


「そこはほら、外器オーバーヴェセル発動中なら……いやそれでも足りないな。えっ、じゃあもしかして……こんなめちゃくちゃ強そうな武器引いたのに当分お預け!? そんなぁ~!」


 赤き鮮烈なる死レッドラッドデッドによるステータス増加は固定増減枠に加算される。つまり『不運』によって割合増減枠がどれだけマイナスに寄ろうとも一切影響は受けないのだが、そもそもとして食事バフを除いた現在のシヅキの素のHPでは、赤き鮮烈なる死レッドラッドデッド発動中でもDEXは200にすら届いていない。これでは到底装備はできないだろう。


「……これ、装備によるステータス増減の概念がないエネミー相手だとイカレた効果発揮しないか? 適当に斬り付けるだけで能力半減だろ? 単純計算で脅威度200が脅威度100近くまで落ちる訳なんだが……」


「ふむ、だからこそ全ステータス-40%という非常に重いデメリットが付随しているのだろう。それこそ、本来ならば私のような支援役向けの装備なのではないかね? シヅキくんがHP特化という特異なビルドであるからこそ、アタッカーであってもこの武器を無理なく運用できるという訳だ! ……まぁ、装備条件を満たせていない以上、現状では机上の空論でしかないのだがね」


「うぅ……わたしはかなしい…………」


 まるで御馳走を前に待てをされた子犬の気分だ。目の前にあるのが至上の一品だと分かっているのが余計心にくる。


「等級Ⅴの武器なのよ? トレード不能なわけだし、自分のビルドに全く合わないものが出るよりはずっとずっとマシでしょうに」


「イルミネはビルドに合致した装備神引きしてるじゃ~ん!」


 イルミネからは正論で諭されたが、今のイルミネがそんなことを言ってもなんの説得力もない。彼女が新たに装着した翠色のブーツを見ながら、シヅキはぶーぶーと文句を垂れた。


「いやアンタも十分神引きの範疇でしょ。なんならバランス的に想定されていないまであるような、滅茶苦茶なシナジーが発生してるじゃないの」


「だってまだ装備できないし……どうせなら片手剣じゃなくて短剣が良かったなって。HP特化ビルド用のやつなら更にヨシ」


「ご、強欲……」



    ◇◇◇


『あぁ、確かに。君たちが知識の井戸の三層を突破した、と報告を受けているよ。これほどの腕前を持った冒険者は希少だ、ぜひこれからも精進してくれたまえ。……あぁそうだ、忘れるところだった、これを君たちに授与しよう。認定証も兼ねているから無くすんじゃないぞ?』


 その後、シヅキ達は無事クレコンテッタの町へ帰還し、冒険者ギルドのギルド長にクエスト達成の報告を行った。

 シヅキ達二人はクエストを受けていないが、事前の説明通り、無事三人と同様『五ツ花緋金章』を入手することができた。

 だが、どうやらクエスト報酬はこれ一つではなかったらしい。『スキルチケット800』を一枚、それと20万メノーを獲得した、というログが同時に表示された。おまけとしては随分豪勢だ。


□□□□□□□□□□

五ツ花緋金章

装備アイテム(装飾)(等級:Ⅳ)

効果:HP+500,MP+500,

STR+10,DEX+10,VIT+10,INT+10,AGI+10


トレード不能

□□□□□□□□□□


「おぉ~これが例の必須級アクセ…………。中々の性能してんね」


「経験値換算で2000Pt相当だからね! 苦労するだけの価値はあるというわけだ!」


 シヅキは早速『風見鶏の羽飾り』を外し、五ツ花緋金章を装備した。赤みを帯びた金色の不思議な材質で作られた、花を模した勲章だ。


「いやぁ、今回は誘ってくれてありがとね~。わたしにとっても実入りの多い、充実した冒険だったよ」


「飛び入り参加を許してくれてありがとう。感謝してるわ、三人とも」


 これにて今回の臨時PTの目的は達成された。シヅキ達は感謝を表明し、別れの挨拶を切り出す。


「あの、ありがとうございました…………」


「あぁ、なんだかんだ楽しかったよ……。ありがとな」


「なんの、我々としても非常に助かったよ! 良ければフレンド登録でもしないかな?」


「あ、そだね~。登録しときましょ」


 別れ際、ひやむぎから提案を受け、シヅキ達はめいでんちゃん一行とフレンド登録を交わした。これでログイン状況がいつでも確認でき、必要とあらばフレンドチャットによって場所を問わず遠隔で言葉を交わすこともできるだろう。


「じゃあ、またね。楽しかったわ」


「じゃあね~、ばいばい!」


 そうして、シヅキ達は三人と別れ帰路に着いた。



    ◇◇◇


「……で、なにしましょうか。クエスト巡りの続きでもする?」


 めいでんちゃん一行と別れ、宿屋の一室、シヅキの部屋。シヅキとイルミネ、二人は今日の予定を組み直す。

 めいでんちゃんの唐突な襲来によって急遽ダンジョンアタックをすることになったが、本来は二人でクエスト巡りをしていたのだ。それの続きを行おうかとイルミネは提案するが、シヅキは首を横に振る。


「いやぁ~……わたし、ちょっとやらないといけないことができちゃったから。急いでアリーナやらないとなんだよね」


 現在はバレンタインイベントも後半戦。シヅキは既にノルマをこなしメイン武器である短剣を入手しているが、今回の探索の結果、新たにもうひとつ用意すべきものが出てきてしまったのだ。


「アリーナ……? あぁ、片手剣を手に入れた訳だし、盾でも取りに行くの?」


「んにゃ、片手剣の方かな。赤き鮮烈なる死レッドラッドデッドをソロでも活かそうと思ったら、赫血武器の攻撃時吸収効果は是非とも欲しいし」


 イベント武器、赫血の〇〇シリーズが共通して持つ『攻撃命中時、一定確率で自身のHPを1%回復する』効果。攻撃と同時に回復が狙える貴重なものであり、シヅキにとっては生命線になりうる。

 これが2回発動すれば、それだけで赤き鮮烈なる死レッドラッドデッドの持続時間が1秒伸びるのだ。外器オーバーヴェセル発動中はAGIの上昇によって動作速度が大幅に向上するため、一秒あたりの攻撃回数も飛躍的に増加する。赫血武器の有無で、実際の持続時間は相当に変わってくるだろう。

 それに、シヅキはいままでずっと二振りの短剣を用いて戦闘を行ってきた。武器が二つあることに慣れきっているし、蛇腹剣の牽引移動のことを考えても、『蜥蜴丸』を運用するなら片手剣をもう一本用意するのが一番良いだろう。


「……酷い蹂躙劇になりそうね」


「目指せ五十連勝! そういう訳だから、わたしは今日は離脱かな~。イルミネは?」


「うぅん、そうね。ちょっとやりたいことができたから、私もしばらくはソロプレイかしら……」


「やりたいこと……? まいいや、わかった。んじゃね、イルミネ。また遊ぼうね~」


「えぇ、またね」


 ひらひらと手を振り、イルミネが部屋から退出していった。


「赫血の片手剣作って、HP更に盛って、DEX250ライン達成したら……魔族ニェラシェラにでも挑んでみようかな? いやぁ、短期間でものすごく強くなっちゃったなぁ、わたし。わはははは────」


 自らの展望、ステップアップの道のりを想像し、シヅキは部屋で一人笑い続けていた。


    ◇◇◇


 ぐちゃ、ぶちり、ごきん。沢山の黒い獣が集り、自らの身体をばらばらに引き裂き──



「うあ゙ぁっ!?」


 現実世界。夜も更けた頃、悲鳴を上げて飛び起きる一つの影。


「あ、あぁ……はぁーっ…………。夢、かぁ……」


 自らの薄い胸に手を当て、動悸を抑えようとする皐月。その目の下には黒い隈。

 UGR内で迎えた初めての死。憤怒の巨牛によるそれを経験して以降、皐月は頻繁に悪夢にうなされては飛び起き、ろくに眠れない日々を過ごしていた。

 電子的な仮初の死。皐月という個にとっては歓迎すべき経験だが、いくら自ら望んでいたとしても皐月はただの人間であり一体の動物に過ぎない。その身体も、精神も、甚大な痛苦を受容できるようにはできていない。

 その弊害は、現実の皐月の肉体をも容赦なく蝕んでいた。


「あぁ……また・・、粗相をしちゃったかぁ……。シートを敷いておいてよかった。えぇと、交換分は……。いや、その前にシャワー浴びないと……」


 ベッド脇に立て掛けられた松葉杖・・・を手に取り、皐月はふらふらと覚束ない動きで立ち上がる。

 トロールチャンピオンに負け、陰惨な処刑を受けたとき。現実での皐月の両足は痺れたように緊張し、正常に動かなくなってしまっていた。

 かかりつけの医師によれば、肉体に問題はなく、おそらくは心因性のものだろうと診断を受けている。向精神薬の処方も受けているが、今のところ改善の兆候は見られない。


「ん、しょっと……」


 皐月は動かない身体に苦労しながらもシャワーを浴び、ベッドに敷いたペットシーツを取り換え、よろよろとベッドの上へ戻った。そして、ベッドサイドの机に置かれた水差しとピルケースを手に取る。

 ケースから取り出した睡眠薬を口に含み、水差しから直接水を飲む。胃の中へ錠剤を流し込んだ後、皐月は再び枕へ頭を横たえた。


「ふ、ふ……明日も楽しみだなぁ。次はどんな痛苦が味わえるのかな…………」


 自らの状態を顧みず、皐月は薬の効果で再び寝付くそのときまで、期待に胸を膨らませ暗く嗤い続けていた。


──────────

Tips

伝承器アームズロア

 等級Ⅴの装備の中でも非常に個性の強い・・・・・装備の公称。『攻撃時1%の確率で威力が100倍になる攻撃力1の槌』や『装備中半径5m内のキャラクターに敵味方問わず「暗闇:Lv5」を付与する剣』など、半ばネタ染みた性能のものが多い。

 その性質上多くの伝承器アームズロアが使用者にもデメリットを齎すが、逆に言えばそのデメリットを無視できる場合伝承器アームズロアは非常に強力な装備となり得る。

 シヅキが拾った『蜥蜴丸』は伝承器アームズロアとしては珍しいことにプレイヤー間での評価が非常に高い、サポーター垂涎の一品。これの有無でサポーターとしての評価がまるで変わると言われるほどのものであり、所謂『人権装備』とされている。

 だが、実際のところこれを所持できている、そして装備条件を満たせているサポーターはほとんど存在せず、現状はたまたま入手したプレイヤーによって公開された性能から、他のプレイヤーによって予見された憶測だけが独り歩きしている状態である。

 そのときのやり取りも既に電子の海に紛れており、そもそもの存在を知らないプレイヤーも多い。

──────────


────────────────────

ここで第五章は終了です。

この後は、掲示板回とifを挟んだのち、第六章を(完成次第)投稿いたします。


評価・感想・お気に入り登録など頂けますと、執筆の励みになります。よろしければご一考くださりますと幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る