第三十五話:ああっと!

「う……うぅー…………」


「落ち着いた? もう、怖いなら最初から素直にそう言いなさいな」


 イルミネに背中を撫でられ、ようやくシヅキは泣き止んだ。ただ、自らが醜態を晒した自覚があるのだろう。今度は羞恥で顔を真っ赤にして塞ぎ込んでしまった。


「わ、わたしは別に平気なんだよ……? ただ、その、意思に反して身体が反応しちゃっただけで……」


「はいはい、そーね。貴方自身は平気なのよね~」


「もう、絶対信じてないでしょ……」


 二人を除いた他の面々が遠巻きに様子を伺う中、おもむろにめいでんちゃんが寄り添う二人に歩み寄り、声をかける。


「あの……解決したなら進みませんか? ずっと留まるのはちょっと……」


「ちょっ、バカ、めいでん! お前、いくらなんでももうちょっと言い方ってもんがだな……」


 探索再開を提案する形で二人を急かすめいでんちゃんに聖野生が叱責の声をあげるが、心の底では同意しているのだろう。発言の途中で自信を無くしたように言葉尻が萎んでいる。


「……いや、まあ、無駄な時間を取っているのは純然たる事実ではあるわね。……ほら、いつまでも恥ずかしがってないで。じゃないと置いて行くわよ?」


「うぅ……。その、見苦しいところをお見せしてしまい……」


「いや、なに。私達は事後……というと語弊があるが、事が終わった後のことしか見ていないからなんとも言えないが。ああなる・・・・くらい悲惨な経験をしたんだ、そうなるのも仕方あるまい、うん!」


「あー、まぁ、確かにトラブルこそ多いが……。掛かった時間だけ見ればこれでも僕達のときとは比較にもならないくらい早いからな。間違いなく助かってるよ」


 黄昏た様子で悲しげに謝罪を行うシヅキ。探索開始直後の元気な姿は見る影もなく、流石に不憫に思ったのだろう、聖野生達からフォローが飛ぶ。

 だが、シヅキの心には響かなかったらしい。萎れたままのシヅキを、イルミネが肘で突く。


「被害を被るのがアンタや私だけっていうならともかく、今回はそうじゃないんだから。頼むわよ、ほんと」


「はぁい……」



    ◇◇◇


「〈血の剣〉ー……。えいやっ」


 めいでんちゃんが攻撃を引き付け、イルミネが果敢に攻め立て、それらをひやむぎがサポートしつつ、めいでんちゃんが崩れたときは聖野生が回復を行う。

 彼女らの高度な連携を尻目に、シヅキは中距離から蛇腹剣をべしべしと敵に叩きつける。あからさまに覇気のない動きだが、他の面々がボスの気を引いている分、シヅキは攻撃にのみ集中できている。見た目に反して相手に与えているダメージはかなりのものらしい。

 ボスが度々シヅキの方に向かおうと試み、その度にめいでんちゃんが慌ててスキルを連打しヘイトを取り戻している。


 程なくして、第二層の階層ボス『遺跡守護者ダンジョンガーディアン:大猩々型タイプゴリラ』がその場に倒れ伏した。


「ふぅ……お疲れ様。中々順調だね!」


「探索中とは打って変わって、戦闘中はやることが少なくて暇だな……。普通は逆だと思うんだが」


「ちょっとシヅキ、大丈夫? 動きに全然覇気が感じられない……というか、そもそもあんまり動いてないみたいだけど」


 以前までのシヅキなら蛇腹剣による牽引移動によって縦横無尽に飛び回り、大立ち回りを見せていたことだろう。だが、先ほどの戦闘では常に敵と一定の距離を取り、ぺちぺちと蛇腹剣の先端で攻撃を繰り返すだけだった。

 ダメージは稼げている以上それが悪いとまでは言わないが、以前のそれと比べれば明らかに様子がおかしい。イルミネは心配した様子でシヅキに問いかける。


「……いやぁ、安定を取るならわたしは中衛アタッカーをやるのが一番だろうからね~。なんかこのダンジョン来た辺りからどうにも調子が悪い感じがあるし……。跳びまわったりしたら事故っちゃいそうで」


「ふぅん……? らしくないわね。アンタのことだし、たとえ泣いてもその五分後くらいにはもう元の調子を取り戻してそうなものなのに」


 イルミネから失礼なことを言われ、シヅキはショックを受けた。確かにシヅキは調子に乗りがちだ。当人としてもその自覚くらいはある。

 だが、シヅキは至って普通の人間であり、いついかなるときでも元気100%という訳にはいかない。ナイーブになることくらいはあるのだ。たぶん。


「わたしだってヘコむことくらいあるよ~……はぁ~」


「萎びているな……」


「まるで言い返してこない……。ちょ、調子狂うわね……」


「親近感……」


「お前は小動物系カスであって別に根暗ではないだろ……。まいいや。ほら、多分そっちの二人には銀箱が出てるだろ? 気分転換にでも開けてこいよ」


 聖野生からの提案を受け、シヅキ達はぽてぽてと宝箱に歩み寄る。銀色の宝箱は最低でも等級Ⅲ以上が確定、高い確率で等級Ⅳが出る希少なものだ。これでいいものが引ければ、シヅキの淀んだ心も多少は上向きになるだろうか。


「さ、『最上級HP回復ポーション』……。レア箱に消耗品類入れるの、法律で禁止されないかしら……」


「ぬん。……『スキルチケット800』? おぉー……? 多分当たりだぁ。何取ろうかな」


 どうしようもないハズレアイテムを引いたイルミネとは対照的に、最も汎用的な大当たり消耗品・・・を引いたシヅキ。横にいたイルミネから厳しい視線が飛んでくるが、不調のシヅキは気付いた様子もない。


「こーんな大当たりでも喜ばないなんて。相当に重症ね……」


「いやぁ……? なんだかんだけっこう元気は出てるよ。よし、決めた。〈リィンカーネーション〉取ろっと」


□□□□□□□□□□

〈リィンカーネーション〉

パッシブスキル(等級:Ⅳ)


死亡時、HPが50%の状態で復活する(1回)

※復活時、自らが受けていた一時的効果は全て解除される

※消費した復活回数はリスポーン地点到達で回復する


消費EXP:800Pt

解禁条件1:自らのHPを累計100000Pt回復する

解禁条件2:HPが5%以下の状態で累計100回戦闘に勝利する

□□□□□□□□□□


「あぁ、アレ……前衛としては是非欲しいスキルですよね……。習得条件が中々難しいですけど……」


 どうやらめいでんちゃんにはスキル名に心当たりがあったようだ。確かにこれは攻撃を受ける前衛にとって、事故防止にかかせない必須級のスキルだろう。

 だが、条件が難しいというのはよくわからない。戦闘内容についてHPしか指定されてない以上、たとえシヅキのようにHP消費スキルを持っていなくとも、適当に自傷した後クレコンテッタ近くに居る雑魚エネミーを倒せば良いだけではないだろうか。


「自傷してゴブリンシバけばいいだけじゃあないの?」


「あぁいえ、わたしの攻撃力だと自分で自分の装甲を突破できないので……」


「えぇ……どんだけ固いのさ」



    ◇◇◇


 その後、一行は順調に三層の探索を進めていく。シヅキの無謀さが不調によって打ち消されたためか、罠に掛かる回数が目に見えて減り、聖野生がスキルを使用する頻度も激減した。

 そのシヅキも徐々に普段の調子を取り戻していき、三層の中ほどでは発動後の回避は不可能と言われている杭罠を踏み抜いてから回避することにも成功していた。


 そんな一行の耳に、なにかが戦っているような物音が入ってくる。音の出元は前方、曲がり角の先。剣戟の音に紛れ、ずしりと岩を砕くような音と地響きも伝わってくる。


「うぅん……? 他プレイヤーかしら? ちょっと見てくるわね」


 イルミネが罠を警戒しつつ小走りで曲がり角まで行き、こっそりと先を覗き込む。すると、なにを見たのか非常に慌てた様子で一行の元へ戻ってきた。


「やっ、ヤバいわ! 早く逃げるわよ!」


「ちょっ、どうしたの? 何を見たのさ」


「ニェラシェラよ! 魔族ニェラシェラとプレイヤーパーティーが戦って……いや、蹂躙されてるわ!」


 魔族ニェラシェラ。UGR全体でもかなりの上位に位置する強大なエネミーとされており、その推定脅威度は200オーバー。クエスト『栄誉を求めし者・Ⅵ』の説明によると『地下遺跡の深層に出没する』とされているが、遭遇者が少ないため詳細はあまりはっきりしていない。


「は!? 嘘だろ、いくら地下遺跡って言ってもここはまだ三層だぞ!? 連中って深層に出るんじゃないのかよ!?」


「知らないわよ、青髪赤目に黒い肌、角に尻尾を持った人型エネミーが他にいるなら教えてちょうだい!」


「それは……どう考えてもニェラシェラだな。どうする、逃げるといっても前の分岐まではかなり戻らなければならないぞ。戻っている間に追いつかれかねないように思うが……」


 一行が相談している間にも、戦闘音は徐々に近づいてくる。プレイヤーパーティーが撤退しながら遅延戦術を取っているのか、あるいは単に逃走したのを追われているだけなのか。どちらにせよ、一行に残された時間はそこまで多くはないだろう。


「うーん……扉ならこの近くにもいくつかあるし、ショートカット通路とやらに賭ける?」


「それしかない……か」


 シヅキの提案に、聖野生は苦い顔をする。消去法でそれしかないとは分かっているが、あまり乗り気ではないらしい。


「ま、わたしが先んじて入れば罠かどうかは判別できるわけだし。さっさと行こうよ。今は時間との勝負だろうから」


「いや、それが嫌なんだよ……。流石にアンタに負担を掛け過ぎだ」


 つまり、聖野生はシヅキの身を案じるが故にこの選択に乗り気ではないということだろうか。随分人が良い。


「あら優しい。ま、だいじょーぶだいじょーぶ。わたしは痛いのに慣れてるし、むしろ痛苦は望むべきところだからさ!」


「それが猿に怯えて泣いてた奴の台詞かしら……」


「うるさいな! ほら、行くよ! とりあえず手近な扉から確認してこ!」



    ◇◇◇


「まさか一発で当たりを引くとは……。あと三回くらい死ぬことになるかな~とか思ってたよ」


 シヅキが真っ先に飛び込んだ扉の先。何の変哲もない部屋は、シヅキが踏み込んだ途端壁の一面がぼやけ、空間の裂け目が出現した。おそらくこれがショートカット通路とやらだろう。


「確率としてはおおむね等分という結論が出てたはずだからな……。むしろ今までが罠部屋を引きすぎだったんだ」


「これってどこまで行けるのかしら? 転移したら魔族ニェラシェラの目の前でした~とかじゃ洒落にならないけれど」


「確かランダムに一定以上進んだ位置に転移するはずだ。距離には下限も設定されていたはずだから、あそこまで近い位置にいる魔族ニェラシェラと鉢合わせになることはあるまい」


 空間の裂け目を確認したシヅキが一行を呼び寄せ、五人全員が部屋へと入った。念の為、入口の扉を閉めてから、順々に空間の裂け目に触れ転移する。

 一瞬の暗転が明け、一行の目に入ったのはやけに大きな広場と────大階段。全員が硬直する中、背後では何か巨大なものが降り立つ音。


「……は?」


「っ!戦闘準備──」


「〈ヘイトチャージ〉!! きゃあっ!」


 階層ボスとの戦闘が行われるフィールドへの直接転移。一行の誰もが状況を把握できないうちに戦闘が開始され、唯一咄嗟にスキルを使用できためいでんちゃんが巨大なハルバードの一撃を受け弾き飛ばされる。

 だが、その献身によって、階層ボスからの完全な不意打ちを受けたにも関わらず、一行に犠牲者は出なかった。

 四足二腕、武装を携えた巨大なケンタウロスとでも言うべきボスから後衛組を守るため、シヅキ・イルミネのアタッカーコンビが真っ先に動き出す。

 事前準備も心構えもできていない最悪の状況。誰も予期していなかった、突然の階層ボス戦が始まった。


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Tips

魔族ニェラシェラ

 通常出現するエネミーとしては最上位に位置する存在。角と尾を持った、まさに魔族といった見た目の人型生物。

 強大な身体能力と破壊的な威力の魔法系スキル、それに外器オーバーヴェセルにも似た特殊な自己強化スキルを併せ持っており、遠近隙が無い万能型エネミー。

 これを打倒することを求められるクエスト『栄誉を求めし者・Ⅵ』の説明文、それと地下遺跡探索中にランダムで遭遇した際の様子から推察されたその脅威度は200以上。現状のトッププレイヤーの倍以上の強さを持つとされている。

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