◇第二十七話:処刑/最愛の友人
「……ぁあ?」
僅かな身体の違和感に、シヅキが目を覚ます。何故か立ったままの姿勢だ。身動ぎをするが、押さえつけられたように動けない。
見れば、シヅキは木の柱に後ろ手に縛り付けられていた。手首だけではなく、肩、腿、足首の三点でも拘束されており、どうにも抜け出せそうにない。
「えっ……わっ、なにこれ」
『ゴガッ、ゴガッ、ガアァ!』
シヅキが自身の状況に目を白黒させていると、ふいに前方のそれなりに離れた位置からトロールの声が聞こえてきた。
身振り手振りでなにかを指示しているらしきトロール。その傍には、弓を構えたゴブリンの集団が整列している。
「えっ……あ、そういう? 趣味わる~。……〈マナシールド:強度1000〉! ……うん?」
自身の置かれている状況を察し、身を守るためにスキルを使用するシヅキ。気絶する前の戦いで擦り減っていたはずのHPは、何故かはわからないが完全に回復している。スキルを使うには何の問題もない。
だが、リソースに不足はないにも関わらずスキルは発動しなかった。
「……確か、投石かなんかで負けたんだっけ? ボス戦で気絶した時点で敗北判定ってことなのかな……つまり今はイベントシーン? うそでしょ、処刑イベントって……」
シヅキが僅かながらも抵抗を試みている間にトロールの指示出しは終わってしまったらしい。一匹のゴブリンが弓に矢を番え、シヅキを狙い射ってきた。
ひゅんと風を切る音。シヅキの顔の真横、柱の後ろに置かれているらしい木の板に勢いよく矢が突きたつ。
「んひっ……」
自らの意思で苦痛を望むシヅキでも、本能的な恐怖には抗えない。命を脅かす明確な攻撃に曝されているにも関わらず、拘束され、なにひとつ対処が出来ない状況。シヅキの心に怯えが宿る。
次の矢は何時来るのか、戦々恐々としながらエネミーの集団を眺めるが、そこでは何故か最初の矢を撃ったゴブリンがトロールに殴り飛ばされていた。
「……? なに? くそっ、何が起きてるのか全く分からない……」
トロールが残るゴブリンに対して大きな声で叱責らしきことを叫んでいる。そして、別のゴブリンが射撃場所に立ち、ふたたびシヅキに向かって矢が射られた。
「外れろ外れろ外れろ────ぃぎっ!!」
シヅキの祈りも空しく、すべらかな腹部、その脇腹に矢が突き刺さる。鏃が肉を裂き、内臓を貫く。脇腹に感じる熱と痛み。異物感に吐き気がこみ上げる。
だが、それらすべてを嚥下し、シヅキは憔悴しながらも、ゴブリンの集団を睨みつけた。
「ぐっ、ふぅーっ、ふぅーっ……! この、程度の……痛苦、わたしには……効かない、よ……!」
エネミーの集団はシヅキの反骨心に気付いた様子もなく、まもなく次なる矢が射られ、逆側の脇腹を掠める。
「つぅっ……。ふ、ふ……ヘタクソゴブリンめ……」
口では挑発しつつも、次の矢を想像したシヅキの体には無意識に力がこもる。だが、射撃場所に移動してきたのはゴブリンではなく、先ほどまでは離れた地点で指示を出していたトロールの姿。その手には巨大なクロスボウが握られている。装填されているのは、ゴブリンの射る矢とは比較にならないほど太いボルト。
「…………」
致命的な脅威にシヅキの顔が引き攣り、饒舌だった舌が縺れて止まる。
「……やだ、やだっやだぁ!────があぁっ!?」
恐怖から逃れようと藻掻くシヅキ。だが、トロールは冷静に狙いを付け──
どちゅり。水袋を叩くような音を立て、シヅキの下腹部、その中央に太いボルトが突き立った。あまりの威力に
「あ゙っ……ぎ、ぃ゙…………」
あまりの激痛にシヅキは失神、がくりと首が垂れた。だが、エネミー達にはそんなことは関係ないらしい。射撃場所では見事な立射に歓声が巻き起こり、触発されたゴブリンが息を巻いて矢を射る。
シヅキの浮かび上がった肋骨、その隙間に突き立つ矢。
「かひゅっ……う、ぁ……げほっ!」
新たな痛みに強制的に意識を覚醒させられ、シヅキは訳も分からぬまま血の混じった咳をする。肺に穴が開き、正常な呼吸が行えなくなる。
息苦しくて呼吸がしたいのに、息を吸う度に胸に激痛が走る。その痛苦に、シヅキの心はたやすくへし折られた。
「う……げほっ、ごほっ……も、もう……やめて…………。お願い…………」
だが、シヅキのか細い嘆願は届かない。ゴブリン達は入れ替わり立ち替わり、シヅキを狙って矢を撃ち続ける。
◇◇◇
シヅキが射撃の的にされてから一時間。シヅキの胴体には夥しい数の矢が突き立っていた。だが、心臓周辺だけは矢が当たらないよう露骨に避けられており、未だに死は遠くある。
「ぉ゙……ゔ…………ごほっ、ごほっ」
体を貫く激痛。シヅキは痛みに失神しては追撃の矢で意識を取り戻すことを繰り返し、今やその意識は混濁、現実とそうでないものの区別がつかないほど朦朧としていた。
『ゴウッ』
そんなシヅキに近づく大柄の影。指示役のトロールが、ずしずしと歩み寄ってくる。最早自身の見ているそれが現実のことなのかも分からず、シヅキは茫然としながらトロールを眺める。
「ぁ……? ──い゙っ!?」
トロールはシヅキの前で屈みこむと、シヅキの胴体に突き立った矢を引き抜き始めた。
その手付きは粗く、矢さえ回収できればどうでもいいと言わんばかりだ。
「ぎっ!? あ゙っ!? や゙っ……ゔっ……」
今までとは違う痛みに、朦朧としていたシヅキの意識が鮮明になる。だがそれは、この場においては決して救いにはならなかった。トロールは矢を引き抜く度に悶絶するシヅキを無視して作業を続け、ついにすべての矢を回収する。
そして、すべての矢が抜けた、穴だらけのシヅキの胴体に赤いどろりとした液体を塗りたくりはじめた。
「ぐ、ぅ……。ひっ、ぎ……」
シヅキの傷口からじゅうじゅうと音と煙が上がり、抉れた穴が次々と塞がっていく。それに合わせ、シヅキが感じていた激痛も徐々に引いていった。
「ち、治療……? なんで……」
敵から行われたいきなりの治療行為に混乱するシヅキ。理由を探し辺りを見渡すと、先ほどまでゴブリン達がいた射撃場所に、様々な武器を携えたトロール達が入ってくるのが見えた。醜悪な貌を更に歪ませ、シヅキの方ににやにやと下衆た視線を向けている。
「え、あ……。や、やだっ!やだやだやだ!! もう痛いのは嫌ぁ!」
状況から次に待ち受ける苦難を察し、シヅキは激しく藻掻く。全身を拘束されている以上大した効果はないが、それでも治療行為を行っているトロールにとっては身を捩られるのは迷惑だったようだ。
筋骨隆々の太い腕が、全力でシヅキの腹部へ叩きつけられる。
「ご、ぉ……っ、ごぼっ……」
まったく遠慮のない一撃に、シヅキはたまらず胃の内容物を吐き出す。トロールはそのまま二度、三度とシヅキの腹部を殴り付けた後、満足したのかそのまま離れていった。
「うぅぅ゙……。誰か……助けてぇ……!」
涙を流し助けを求めるシヅキ。武器を構えたトロールの集団が、そんなシヅキを取り囲む。見上げるほどの巨躯に囲まれ、シヅキの顔が恐怖に染まる。
「う、うゔぅ゙ぅ゙……! ごめんなさい、もう許してください……! わたし……もう、逆らいません、だから──」
シヅキの懇願は聞き届けられず、無慈悲に刃が振り下ろされる。足首で拘束され、ぴたりと揃っていたシヅキの両足首が横薙ぎに両断された。
間を置かず、二度、三度と剣が翻る。膝下と腿をも斬り付けられ、ぶつ切りにされた足がぼとりと地面へ落ちた。
「ぎっ────あ゙あ゙ぁぁ゙あ゙!! いだいいだいいだいぃ!!」
腿から下を切断されたが、柱に括りつけられているシヅキは倒れることもできず、宙吊りの状態で絶叫する。だが、そんなシヅキの苦しみはトロール達の加虐心を刺激するだけらしい。まったく勘案せず、次なる刃が振るわれた。
シヅキの胴が横薙ぎに斬られ、血が迸る。下半身が脱落し、内に詰まった内臓が断面から垂れ下がる。
「~~~~~っ!!」
致命傷を受け、夥しい流血によってシヅキのHPが目減りしはじめるが、それでも未だに死には遠い。
胴体を両断される激痛に身を捩り悶えるシヅキの胸部に向かって、別のトロールから槍が突き込まれた。
「がっ! う、ごぶっ……」
度重なる激痛、急激な流血に加え、心臓を穿たれる悍ましい感覚。シヅキの精神は恐怖で満たされ、視界が揺らぎ、思考は痛苦に支配される。
急に反応が鈍くなったシヅキにトロール達は不満そうにしながらも、まだ攻撃をしていなかったトロールがシヅキを肩口から袈裟懸けに深く斬り付ける。
「ぉ゙ぐ………………」
胴体を両断され、心臓を穿たれ、肋骨ごと身体を切り裂かれ。残虐の限りを尽くされた末、ようやくシヅキのHPが底を尽きる。
だが、シヅキの意識は最早身体を苛む痛苦以外何も認識できていない。
宿屋のベッドの上、リスポーンによって痛苦から解放されてもなお、シヅキの意識は存在しないはずの痛みにずっと囚われ続けていた。
◇◇◇
「…………シヅキ、遅いわね……」
翌日、雨が降りしきるクレコンテッタの町の片隅。灰髪灰目の少女が、この世で最も愛おしい友人を待ち続けていた。
昨日醜態を晒した分、今日一日めいっぱい遊ぶことで埋め合わせをするつもりだったが、肝心の当人が来ないのではどうしようもない。
とはいえ、彼女は言動こそ軽薄だが最愛の友人との約束を連絡も無しに違えるような恥知らずではないはずだ。もしやなにかあったのだろうか。イルミネの心に不安が募る。
その後しばらくして、やっと友人がやってきた。だが、どうにも様子がおかしい。淀んだ雰囲気を纏い、異様なほど憔悴しているように見える。
「…………や、イルミネ……。ごめんね、遅れちゃって……」
「……なにかあったの? なんだか死にそうな顔してるけど……」
顔つきだけではない。なにかを恐れるように自らの身体を抱きすくめ、かたかたと小刻みに震えている。
UGRにおいて、普段の体感気温は不快にならない程度に自動で調整がされるはずだ。いくら薄着で雨に打たれたからといって、震えが起こるほど冷えることなどありえない。
その尋常ではない様子に、『なにかあったのではないか』という先ほどの考えが再来した。
「あ、はは……。死にそうな顔、ね……。まぁ、当たらずといえども遠からず、かな…………」
「……本当に大丈夫? 今日はやめておいたほうが──」
震え、怯え。死相すらも感じられる貌。そこに普段の超然とした少女の姿は欠片も見受けられない。
今すぐ療養し心を癒すべき状態であり、どう考えてもゲームを遊んでいる場合などではないだろう。イルミネは今日の約束の断念を提案しようとする。
しかしそれを遮るように、シヅキがイルミネへと力なく抱きつき、耳元で囁く。
「ねぇ、イルミネ。わたしを抱いて? 抱きしめて、愛を囁いて……この身体に染み付いた恐怖を忘れさせて?」
互いの関係を“友人”だと定め直した日に決めた不文律、『一般的なものを超える愛情表現は行わない』。それを破り、愛を囁いてでも慰めて欲しいという、友人からの懇願。
友人がそれを願うに至った理由は分からない。分からないが、これに応えなければ──私は私自身を許せなくなってしまうだろう。イルミネはルールを破る覚悟を決め、弱りきった少女を横抱きに抱きかかえた。
「わっ……」
「えぇ、えぇ。可愛い友人の頼みじゃ仕方ないわね。今日だけは“友人”じゃなく“恋人”として、あなたの願いに応えてあげるわ。……今日だけよ?」
「……ふふ、ありがと~、イルミネ……」
「さ、じゃあ行きましょうか。容赦しないわよ?」
雨雲に覆われ、街灯が点き始めた街中。二人の少女は共に帰路へと着く。
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Tips
『フェイタリティフェーズ』
脅威度50以上のボスエネミーに設定された特殊なイベントシーン。一定以上の最大HPを持つプレイヤーが死亡以外の要因で行動不能になり、なおかつそのプレイヤーの痛覚反映度が50%以上のときのみフェイタリティフェーズに移行する。
フェーズ移行時にはHPやMP、その他バッドステータスが一部例外を除き全快するが、シーンが移行した時点でそのプレイヤーは敗北したと見做されているため、スキル等は使用できず、攻撃行動も一切通用しなくなる。
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ここで第四章は終了です。
この後は、掲示板回と敗北ifを挟んだのち、第五章を(完成次第)投稿いたします。
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