第十一話:所信表明

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『風裂くヒュードラムデ』

装備アイテム(武器)(等級:Ⅳ)

両手武器・槍

AGI+20 風属性ダメージ+10%

攻撃命中時、10%の確率で風の刃が発生して追加攻撃を行う

(武器攻撃力×200%の風属性ダメージ)


風属性

武器攻撃力:120+(DEX*0.2+AGI*0.8)


装備条件

DEX:30~,AGI:80~

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「かっ……カス!!」


 シヅキは心からの絶叫をあげた。


「等級Ⅳの槍って……槍って! こんないいもんくれるならもういっそ短剣にしてよ!! いやこの槍のデータからしてどうせ短剣出たって装備できないけどさぁ! なんでこんな……っ! 全く身にならない形で豪運発揮するかなぁ!?」


 シヅキは宝箱を蹴り飛ばそうとするが、消えていく途中の宝箱は既に実体がないらしい。盛大に空振りし、転んで尻餅をついた。


「くそっ……あーもう! 売り飛ばして金にしてや……いや、これならイルミネにあげれば喜ばれるか……。はぁ~…………」


 ヤケになる直前に利用価値に思い至ったが、それでも完全な納得はできず。シヅキは大きな溜息をつき、石畳の上へと寝転がった。



    ◇◇◇


「────で、これがそのとき出た槍。見てこれ、結構強くない?」


 数日後。メインでプレイしているゲームのイベントが終わり、久しぶりにUGRへログインしてきたイルミネと会話を交わす。


「うーん……。武器攻撃力に掛かるステータス値が普通と違うみたいだけど、それを補って余りある性能をしてる、かな……」


「槍って普通どんななの?」


 シヅキは短剣使いであり、他の装備の能力値には詳しくない。そもそも装飾品以外は未だにすべて初期装備なため、短剣に関しても別に詳しくはないが。


「DEX0.8とAGI0.2」


 『風裂くヒュードラムデ』のデータを見る限り、武器攻撃力に加算されるのはDEXの2割とAGIの8割。つまり基本的な槍とは反映ステータスが真逆なのだろう。


「はえ~、じゃあこれ逆なんだ、そりゃあ癖強いね。専用ビルド必須かぁ」


「いや……そこまでじゃあない……かな。どうせ近接戦闘するなら、AGIも上げないとまともに戦えない訳だし」


 AGIを高めると戦闘中の知覚速度に補正が掛かる。おそらくイルミネはそのことを言っているのだろうが、シヅキにはAGIの重要性があまり理解できていない。装備で多少上昇しているとはいえ、ほぼ初期値のAGIでも現状シヅキは十分に戦えている。


「わたしは初期ステでもなんとかなってるけど?」


「あんたが戦えてるのは素の反射神経がおかしいからでしょ。何? 短剣で飛んできた石礫を弾くって。普通人間にできることじゃないと思うんだけど」


「そうかな……そうかな? いくらなんでも回避不能の即死攻撃にはしないだろうし、ゲーム的な補正が掛かってたんじゃない?」


 もしプレイヤーへの攻撃としての飛び道具の速度が、現実のそれに準じていたとしたら。きっと回避不可能の理不尽な攻撃となってしまうだろう。VR黎明期のゲームでもあるまいに、UGRがそのような設計になっているとは到底思えない。おそらくは相当に弾速が遅く設定されていたのではないだろうか。


「うーん……? なんか違うと思うんだけどな……。まぁ、いいや。それで食材は?」


「あっごめん、今回何も収穫がないや。この槍だけイルミネに渡すつもりだったから」


 ここ数日、シヅキは機械系のIDを重点的に周回していた。そのため、食材系の素材はほとんど入手できていない。イルミネへの誘い文句を考えると、これは契約の不履行ともいえる。シヅキは素直に謝罪し、槍の贈答を伝えることで話を誤魔化した。


「……いいの? これかなりレアだと思うんだけど」


「見せびらかしてはいおしまい、なんて、そんな性格の悪いことはしないよ~。どうせわたしが持ってても仕方がないし、売り払うにしても知らない相手とやりとりするのが面倒だからね」


 UGRには、所謂『バザー』や『マーケット』と呼ばれるような、アイテムの売買システムが何故か存在していない。そのため、レアアイテムを売ろうと思ったのなら、自身が立ち合い直接他のプレイヤーと取引を行わなければならない。それはたいへんに手間だし、シヅキはそこまでするほどゲーム内金銭に困ってはいない。使う当てがないとも言う。


「そ。まぁくれるっていうなら有難く受け取るけど……。ありがと」


「どういたしまして!」


 イルミネへ向けてトレード申請を行い、『風裂くヒュードラムデ』を渡した。と、ここで、シヅキはもうひとつ本題があったことを思い出した。そういえば、と前置きをし、イルミネへと伝え始める。


「この間からずっと探してたスキル、遂に見つけたんだよね。ほらこれ、〈生命転換〉ってやつ」


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〈生命転換〉

アクティブスキル(等級:Ⅲ)

CT:30秒 持続:無限 MP消費:0

「スキル使用時、MPの代わりに同量のHPを消費してスキルを発動する」状態になる。

効果中、使用するスキルの消費MPが2倍になる。

効果中、使用するスキルのCTが3倍になる。


スイッチスキル

再使用で効果が解除され、CTが発生する。


消費EXP:400Pt

解禁条件1:魔法系スキルを3つ以上獲得する(3/3)

解禁条件2:累計10000Pt以上の自傷ダメージを受ける(13157/10000)

発見者:血惨號血

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「ん、んん? ……色々気になることはあるけど……まずこの、発見者っていうのは?」


「あーそれね、わたしも分からなかったからヘルプ見たんだけど。なんかAIが新しく生成したスキルの場合、一番最初の取得者の名前がそこに載るんだって。この場合は……さんごう?さんが生成のきっかけになった、もしくは初めて解禁条件を満たした人ってことだね」


 あるいは『ちさんごうけつ』さんだろうか。どちらにせよ、このスキルを発見したのはシヅキが初めてではないらしいことは確かだ。


「なーるほど、そういうことね。これ名前晒されるのなんかヤなシステムだな……」


「ヘルプによるとデフォルトは非表示設定らしいけど。本人が望まないと書かれないやつだよ」


 血惨號血というプレイヤーは望んで名前を載せているのだろう。まぁ、名前からしてさもありなんだ。


「あ、そう……。魔法3つが条件って、何取ったの? このスキルからして回復とか?」


「あったりー、回復系2つと有用そうな探索用魔法を取ったよ」


 取得したのは自身の負った傷を癒しHPを回復する「セルフヒーリング」状態異常を回復する「セルフキュア」、それに辺りを照らす光球を呼び出す「ライト」の3つ。いずれも最初から解禁されている初歩的な魔法だ。


「ふぅん……。この効果を見たのなら、回復魔法を併せるのは誰でも考えるでしょうね。とはいえ、CT3倍がネックか……」


「そうなんだよねー、普通の回復ですら3分に1回になっちゃう。ちょっと想定とは違ったけど、まぁ実質的にMPリソースが無尽蔵になるわけだし、バランス的に仕方ないのかな?」


 CTと消費MPで倍増する率が違う辺りに、なんとなくAIがバランス調整に苦労している痕跡を感じてしまい、シヅキは溜息をついた。


「でしょうね。……というかアンタ、なんかヘンなビルドの癖して妙にスキルに統一感があるし、そもそもプレイヤー性能が異様に高いし、現時点で相当格上とも戦えるようになってるんじゃない? 上位プレイヤーとは言わないまでも、中堅くらいにはなってそうだけど。ネトゲを1カ月遅れで始めてることを考えると、それってけっこう凄いんじゃないの?」


「いやぁ、……どうだろ、わたしとしてはまだ全然物足りないんだよね、もっと、もっともっと強くなりたいし」


 現状ではまだ足りない、まるで足りていない。シヅキの理想は、こんなものではない。


「……なんかすごいモチベーションがあるのね。そんなにこのゲームって楽しいの?」


「…………実はこのゲームって敵が強ければ強いほどAIが残忍……行動不能のプレイヤーに対する追撃が過激になるらしいんだよね。そういう書き込みを掲示板で見たんだけどさ。だから……わたしはどんどん強くなって、より強い敵と戦っていきたいなって思って」


 ちょうど良い機会だと、以前からずっと抱えていた想いをイルミネに吐露する。シヅキは、このゲームの強敵・・・・・・・・との戦いを求めている。このゲームに、ではなく、このゲームの、だ。


「……? 文脈の前後の繋がりがよく分からないんだけど……」


「ああもちろん、わたしの信条的に、わざと負けるようなことは絶対にしたくないんだよ? だから、はなから勝ち目がないと分かってる相手に挑むのも嫌でさ。そうなると、より強い敵に挑む権利……『勝てる可能性』を得るためには、わたしもうんと強くならないとダメなんだ」


 シヅキの語りに熱が入る。艶やかな唇が笑みを描き、滑らかに言葉を紡いでいく。反対に、イルミネは終始困惑の顔だ。さもありなん、倒錯者の考えは常人には理解し難いだろう。


「……何? どういう帰結? ちゃんと順を追って説明してくれない?」


「してるよ? そう、わたしは、誰よりも強くなって、このゲーム最強の敵に挑んで……。そして、全力で抗った末に無惨にも殺されたいんだよ。いや、自分から負けたりは絶対にしたくないから勝てるなら勝つんだけどね?」


 『身体をぐちゃぐちゃにされ、痛苦と恐怖に塗れて死にたい』というシヅキの屈折した性癖と、『自ら負けを認め、生存権を手放すのは絶対に許せない』という信条、その二つが合わさり、異常な論理を構築する。


 シヅキは、殺されたいが負けを望みたくはないのだ。


「……あ、そう…………。向こうで付き合ってるときから薄々感じてはいたけど、まさかここまでとは……。まぁ……、うん。頑張ればいいんじゃない?」


 以前から拗らせているとは思っていたが、これほどのものだとは思っていなかったイルミネは、シヅキの宣言に心の底からドン引きしている。しかし、テンションの上がっているシヅキはそれに気付かない。素直に応援されたのだと受け取った。


「ありがと~! わたし、頑張るよ! イルミネ!」


「あぁー、うん。今度からちょっと付き合い方を考えようかなー……」


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Tips

『スイッチスキル』

 一部の特殊なスキルに設定される特性のうちのひとつ。この特性を持つスキルは、持続する効果を持ち、時間経過では効果が解除されなず、再使用で効果が解除、そこではじめてクールタイムが発生するという『切り替えが可能なパッシブ(常在)スキル』のような性質を持つ。

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ここで第二章は終了です。

この後は、敗北ifと掲示板回を挟んだのち、第三章を(完成次第)投稿いたします。


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