第十話:ストーンゴーレム……?

「めんどくさいな……こうなったら、せめて新しい短剣くらいは宝箱から出てくれないと割に合わないけど……。あ、いや、私のステだと新しいの出てもたぶん装備できないな。ダメじゃん」


 ぶつぶつと文句を垂れながら、シヅキは薄暗い通路を進んでいく。時折存在する罠こそ慎重に回避してはいるが、全体的にやる気のなさげな姿勢だ。


 ふと見ると、右側の壁に木製のドアらしきものを発見した。宝箱の設置された部屋だろうか、シヅキは慎重に近づいていく。


「ふん、ふん。周囲に仕掛けはなし、音は……しないな。立地的にプレイヤーが最初期に挑む探索型ダンジョンな訳だし、そこまで悪辣ではないか……」


 一通りの確認をした後、扉を開け、シヅキは内部へと踏み込む。

 中は倉庫かなにかとして使われていたようで、朽ちたがらくたの山と、それに半ば埋もれた比較的綺麗な鉄製の箱があった。


「お~、宝箱。鉄製か、ええと……下から2番目だっけ。いいもんでろ~」


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中級HP回復薬

消費アイテム(等級:Ⅱ)

効果:肉体の傷をそれなりに癒し、HPを800回復する。


所持数:5

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「あぁ、うん……。わたしにとってはありがたいものだけどさ……。こういう宝箱から消耗品が出るの、なんか残念に感じるんだよな……」


 肩を落とし、シヅキは部屋から退出した。



    ◇◇◇


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下級HP回復薬

消費アイテム(等級:Ⅰ)

効果:肉体の傷を多少癒し、HPを400回復する。


所持数:5

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EXPチケット50

特殊アイテム(等級:Ⅰ)

効果:使用するとEXPを50Pt獲得する。


所持数:1

トレード不能

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風見鶏の羽飾り

装備アイテム(装飾)(等級:Ⅱ)

効果:AGI+3,風属性ダメージ+5%

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「う~ん……び、微妙……! 悪くはないけども……!」


 通路の端、ボスエリアと思わしき広い部屋の前まで辿り着いたシヅキ。ここまでの道中で先ほどと同じ鉄の箱を1つと、最下級の宝箱である木箱2つを発見、開封している。


「これ……この先のやつがいいもの落さないと本格的に徒労になっちゃうな……。はーやだやだ、さっさとボス倒して脱出しよ」


 シヅキが広い部屋に踏み込むと、背後で重い音。後ろを振り返ると、通路と広場の間に鉄格子が下りていた。

 そして部屋の中央、天井を砕き、暗色の石でできた、大きな腕の付いたダルマのような人形ヒトガタが落下してきた。


「おーん……ゴーレムね。……確かに機械ではあるんだろうけど、石製だとあんまり機械って感じはしないなぁ。まあ鉄製の奴が出てきたらそれはそれで困るんだけど。〈血の剣〉! む、おっと」


 シヅキはスキルを使い、力なくその場に崩れ落ち、しかしすぐに起き上がる。その間に人形の目には光が灯り、緩慢な動きで立ち上がっていた。全長は3、4mほどだろうか。


「想像通り、血の剣はボスの登場演出中に使えばちょうど良い感じかな。よし、この剣の錆にしてあげよう! ……うん? 『アイアンゴーレム』? キミどう見ても石製だよね……?」


 石人形の頭上に表示されたエネミー名称は『アイアンゴーレム』。シヅキは違和感を覚えるが、今は戦闘中だ。ひとまず思考は後回しにすることにした。

 ずしりずしりと歩むゴーレムへと駆け寄り、血の剣を突き込む。石の表面が削れ、HPゲージがごく僅かに減少する。


「……いや固いな! 一応火力4倍になってるんだけど……まぁ脅威度25ってのを加味するならこんなもんなのかな? よっと!」


 ゴーレムもその大きな手を振り回し、反撃を繰り出してくる。だが、どうにもその動きは緩やかで、シヅキにとっては容易に回避が可能な速度だ。

 至近距離で腕を回避し、連続で血の剣を叩き込む。一撃ごとにゴーレムの身体を構成する石材が砕け散り、辺りに石片が散乱していく。


「砕けた粉が舞うのは、多少鬱陶しいけど……っ。難易度25にしては異様に弱い、なっ!」


 ゴーレムが両手を振り上げるモーションを取ったのを確認し、シヅキはゴーレムを蹴り付け大きく距離を取る。すると、ゴーレムはその場で腕を地面に叩きつけ、周囲に可視化された衝撃波がゆっくりと広がっていく。


「おー……範囲攻撃までスローだぁ。これなら適当に飛ぶだけで回避でき……た!けど、いくらなんでも弱すぎるし、これは後半になにかあるな……?」


 シヅキが少し攻撃しただけで、既にゴーレムの見た目はボロボロになっていた。胴体は大きく抉れ、鈍い光沢を宿した心材が剥き出しになっている。

 しかし、その外見に反してHPはまだ1割程度しか削れていない。


「……なんか中に違うのが入ってるな……? ははーん、名前を併せて考えるに、さては安易に石を削っていくと鉄製の中身が出てきて大暴れするパターンか。それで石なのに名前がアイアンゴーレムって訳。よし、そうと分かれば今後は中身だけ攻撃しちゃおう」


 ふたたび駆け寄り、今度は僅かに露出した金属質の部分を狙って攻撃を繰り出していく。見れば、先ほどまでと比べ、あきらかに敵のHPに与えるダメージが大きくなっていた。


「よし想像通り! 形態変化なんてさせないよ~。このまま全部削り切ってあげる!」




    ◇◇◇


 シヅキが敵へ与えるダメージが格段に増した結果、血の剣の効果時間の5分を経て、ゴーレムのHPは30%ほどにまで減少していた。


「うわっ効果切れちゃった。まぁでもこれだけ動きが鈍いなら、さっと距離取ってさっと使えば大丈夫かな……?」


 ゴーレムの動きは先ほどまでとまるで変わらず、鈍く重いままだ。シヅキはゴーレムを部屋の端に誘導したあと、すばやく逆方向の角へ走って血の剣を再度使用した。その場に頽れ、急いで起き上がる。

 すると、ゴーレムがなにやら今までにない動作をしているのが見えた。駆動音のようなものがゴーレムから鳴り出しているようにも聞こえる。


「……嫌な予感。といっても防御手段なんて持ってないし、遠巻きに様子を見るしかないかな……っ!?」


 突然の爆発音。ゴーレムの外装、砕けた石片が散弾のように飛んでくる。命の危機を認識し、加速するシヅキの知覚。致命的な大きさのつぶてを短剣で弾き、避け、身を守る。しかし、同時に撒き散らされた大小さまざまな石片のうち、躱しきれなかったものが身体を抉る。飛散する血。


「う……ぐっ……。クソが……削っちゃダメなんじゃ、なくて…………削らないとダメだった……パターンか……。いづっ……げほっ」


 シヅキは全身に傷を受け、しかし倒れず耐えきっていた。身体を見回し、支障はあるが戦えないほどではないと判断する。

 被害の元凶であるゴーレムは土埃で覆われ、姿が見えない。今のうちに回復しようとメニューを開くが、シヅキが回復薬を取り出すより早く、土埃の中から人間大の大きさの金属製のゴーレムがこちらへ向かって飛び出してきた。


「チッ……くそっ……、やってやろうじゃ、ないのさっ……!」


 痛みと失血で滲む視界。シヅキは半ばヤケクソになりながらもゴーレムが右腕に携える剣と切り結ぶ。両手の短剣を用いてなんとか受けきるが、ゴーレムの異形の左腕、回転鋸付きの腕が振るわれ、避けきれず右肩が荒く切りつけられる。


「い゙ぁ゙っ……!?」


 追撃に振るわれた剣を転がるようにして避ける。纏うものが無くなったゴーレムの動きは機敏で、傷だらけのシヅキでは正面から相対するには苦しいものがある。回避に徹することでなんとか避け続けてはいるが、このままでは先は見えている。


「〈血の刃〉ぁ゙!ぐぅっ……」


 引きながら、回避と同時に腕を振るい血液の刃を飛ばす。ゴーレムの肩に当たり姿勢を揺らがすが、シヅキも痛みで体勢が崩れる。万全のときならまだしも、今の状態で受ける〈血の刃〉の痛みはかなりの負担だ。しかし、最早これしか勝機は無いように思えた。


「あぁっ……もう……っ! いっだい……なぁ゙……っ!」


 右の三連撃、左の後に右。ゴーレム第二形態の動作パターンを観察、記憶し、その都度適切な対処を編み出す。記憶すればしただけ余裕ができ、その分攻撃を入れる機会が増え討伐までの時間が早くなる。シヅキは最早意地だけで戦いを続けていた。

 時折痛みで対処が崩れるが、伸長した短剣を杖のように使い姿勢を制御し、無理矢理にでもカバーする。


 形態変化時には30%ほどあったゴーレムのHPが、今や10%を切ろうとしている。石をまとった第一形態とは比較にならないほど強い代わりに、第一形態の弱点を攻撃した時よりも更に大きなダメージが与えられるようになっているらしい。

 第二形態の攻撃パターンが出尽くしたのか、新たな動きは繰り出されなくなりシヅキにも若干の余裕が生まれる。それでも油断なく攻撃を叩き込み続け、ゴーレムのHPが10%を切る。


 ──その瞬間、ゴーレムの身体ががらがらと音を立てて崩れ去り、頭だけが頭頂部から生えたプロペラによって宙に浮かんだ。


「……は? 何……?」


 首だけになったゴーレム。先ほどまで絶えず光を宿していた目は規則的に明滅し始め、辺りには光に合わせて機械的な音が響く。


「…………ちょっ、待った待った待った! こっ……こいつ! 明らかに自爆モードでしょこれ! だー逃げるな!」


 シヅキの振り回す剣を、ふわふわと飛びながら回避するゴーレムの頭部。明滅の間隔は徐々に狭まり、光量も心なしか増してきている。


「づっ……ダメだこれ、回復薬! ふぅー……。そんでもって〈血の刃〉!っ……連打! 早く落ちろ!」


 血の刃を機械的な動作で回避する頭部。それを見越して、シヅキは二発を一セットとして着実に当てていく。狭まる明滅間隔。部屋の中は煌々と照らされ、シヅキの影が壁に大きく映る。


「こんなっ! バカみたいなっ! 見た目の奴に! やられて……たまるか!!」


 気合を乗せて撃った、一際大きな刃がゴーレムの頭部に直撃する。

 ──そして、砕け散るHPゲージ。光の明滅は止まり、最後にはほとんど繋がって聞こえていた音も消え去り、部屋に静寂が戻る。


「……はー…………。ホントに焦ったなぁ、もう……。しかし、設計を真逆に読み違えるとは……。わたしが深読みしすぎたのか、あるいは制作の意地が悪いのか……きっと後者だね、うん」


 言い訳をしながら首を振り、髪に付着していた石の欠片を落とす。

 ゴーレムのドロップした素材を確認した後、シヅキは部屋の中央へ目を向けた。そこには、ダンジョンから脱出できる空間の裂け目と、その手前に置かれた銀色に輝く宝箱。


「さ~……、せめて苦労に見合うものを出しておくれよ、銀箱くん」


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Tips

『宝箱』

 UGRの宝箱は木、鉄、銅、銀、金の5種類が存在し、プレイヤーには「材質名+箱」という形式で呼び分けられている。

 これらの更に上、絢爛豪華な装飾が施された赤い宝箱、通称「赤箱」もあると噂されているが、真偽は定かではない。

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