第七話:ボタン鍋

「────ってことがあってね。いやぁ……、酷い目に遭ったよ」


「酷い目って……あんたさぁ」


 翌日。最初の街の片隅、テーブルベンチに腰掛けイルミネと言葉を交わす。話題は昨日の『憤怒の巨牛』について。

 シヅキ自身の感情は内容から排し、起こったことだけを伝えた。


「痛覚設定100%なんでしょ? それって、下手したら現実にまで影響しちゃうんじゃないの?」


「……まぁ、そうでもなかったよ? この通り、少し経てばもう元通りになる程度だったしね」


「ふーん……? なんか怪しいように見えるけど……。いくら動きが良くなるって言ってもそんなことになる危険性があるんじゃ、痛覚設定を引き上げる気にはならないわ」


「ざ~んねん。仲間が増えると思ったのに」


 話の流れでイルミネにも例のコマンドを伝え、痛覚の上限突破により操作性が向上することも教えていた。しかし、捕食のインパクトのせいか、まったく乗り気ではないようだ。


「で、さ。やっぱりわたしもゲーマーだし、いつかあいつにリベンジしたいんだよね。まぁ今すぐって訳じゃないけど」


「そりゃあ……気持ちはわかるけど。全然敵いそうになかったんでしょう?」


「うん、初見殺しもあったけど、まず火力が全然足りてないね。なんならそのへんの雑魚ですら何発も攻撃入れないと倒せないくらいだし」


 現状、シヅキの攻撃力不足は非常に深刻な問題だ。シヅキは今後もHP以外のステータスに割り振る気はなく、そうである以上はなんらかの手段をもって解消を試みなければならない。


「HP特化とかいう変なビルドしてるからでしょ……。そこで私を頼ってくれたのは嬉しいけれど。生産Lvはある程度伸ばしてるとはいえ、まだ大したものは作れないけど?」


 イルミネから生産可能アイテムの一覧を見せてもらうが、確かに初期装備に毛が生えたような程度のものしか見当たらない。

 そもそも、シヅキの手持ちの素材は狼の毛皮と植物の蔓、虫の甲殻が精々だ。これではまるで足りないだろう。


「んー、まぁそうだよね。どうしようかな……。あ、そうだ。なんかHPの関わるスキルとか知ってたりしない? 割合消費して比例したダメージ与えるやつとか、減少してるHP分の定数ダメージ与えるようなやつ」


「あぁ、ありがちな……。わたしもこれ始める前に多少調べてはいるけど、特に見た覚えはないかな……?」


「だよねー、わたしも記憶にないもん。習得条件はなんなんだろ……」


 切腹の回数などを要求されるとしたら非常に困る。シヅキには自らを痛めつけて悦に浸る趣味はない。


「そういうのって大抵はHPの実数値を条件としてる気がするけど。牛と戦ってから今までに確認は?」


「そういえばしてない……。なんなら最初にスキル取ったときからずっと見てないな。採取のときの雑魚狩りで経験値も貯まってるし、ちょっと見てみよっと。お、〈HPブースト・Ⅱ〉。取っちゃお」


□□□□□□□□□□

〈HPブースト・Ⅱ〉

パッシブスキル(等級:Ⅱ)


HP+20%(加算)

※装備での増加減分を除く


消費EXP:150Pt

解禁条件:HPが1000Ptに達する(1579/1000)

□□□□□□□□□□


 経験値150を支払い〈HPブースト・Ⅱ〉を獲得した。残り経験値は381、あとひとつかふたつスキルを取るのが限界だろうか。


「今の実数値はいくつになったの?」


「えぇと……1857だね。2000に到達したらなんかあるかな。ちょっと振っておこ。ふん、ふん。……11回割り振りでちょうど2000か」


──────────

PN:シヅキ

──────────

HP:2000/2000(500)(+)

MP:100/100(+)

STR:10(5)(+)

DEX:10(5)(+)

VIT:8(3)(+)

INT:5(+)

AGI:8(3)(+)

───────────

EXP:271/1721

───────────

右手:冒険者の短剣

左手:(冒険者の短剣)

頭:なし

胴体:冒険者の服

手:なし

足:なし

装飾1:初心の指輪

装飾2:筋力の指輪

装飾3:なし

───────────

武器攻撃力:19 (10+DEX*0.6+AGI*0.4)

───────────

〈HPブースト・Ⅰ/Ⅱ〉

〈駆け足〉〈血の刃〉

───────────


「で? スキルの方は~……。おっ、〈HPブースト・Ⅲ〉……これ取っちゃうともう経験値が無くなるな。保留で。ヘンな名前ヘンな名前……あ、これかな? 〈血の剣〉ってやつがある」


□□□□□□□□□□

〈血の剣〉

アクティブスキル(等級:Ⅲ)

CT:30秒 持続:300秒 MP消費:40

HPを一定割合消費し、血でできた剣身を生成、武器に纏わせる。

効果時間中、消費したHPの1/10が武器攻撃力に加算される。


使用時HP消費:最大HPの30%


使用可能:短剣/片手剣/両手剣/槍/杖


消費EXP:400Pt

解禁条件1:HPが2000Ptに達する(2000/2000)

解禁条件2:〈血の刃〉を50回以上使用する (182/50)

□□□□□□□□□□


「ビンゴ! 武器攻撃力の加算分は……現状だと+60かな? 今の素の攻撃力が19だから……火力約4倍だね!」


「えっ、強……くはないか。普通のプレイヤーはステータス加算分だけでそれ以上の武器攻撃力になってるはずだし。シヅキみたく特化してればなんとか実用性があるくらい?」


 仮にシヅキが現在HPに割り振っているEXPを他のステータスに割り振ったと仮定した場合、それだけでそのステータスの値は100を超えることになる。武器攻撃力に加算される分だけでも60には達しているだろう。


「まぁそうだね。……早速取りたいところだけど、経験値が足りないや。HPブーストⅢと合わせたら700も必要だから……残り400とちょっとか。後で適当に狩り行こ」


「……私、結局大した協力はできてないなぁ。あ、そうだ。食料は?」


 元々、今日はそれらの受け渡しをするのが目的でイルミネを呼び出したのだった。喋るのに夢中になって、本来の趣旨を忘れている。シヅキはトレード画面を呼び出し、食料系の素材をイルミネにすべて押し付けた。


「じゃあはい、猪肉と野菜色々。ボタン鍋作ってよボタン鍋」


「いや、野菜が揃ってるか微妙だし、ボタン鍋かどうかは分からないから。えーと……うわすごい肉の数……。ん、OK、素材は足りてそう。〈簡易制作〉、できた! いただきまーす!」


「いや早いな。私の分は?」


「はいれ。……ふふ、美味しい!」


 ほふほふと眼前で美味しそうに鍋を食べるイルミネから、トレード申請の表示。即座に受諾を押し、受け取った鍋を取り出す。


「ありがと。いただき、ます!」


 寒空の下、二人でボタン鍋に舌鼓を打った。以前現実で食したものと比べて明らかに味が良い。このゲームの味覚増幅機能は相応に効果を発揮しているようだ。


「外で鍋ってのも案外悪くないね」


「これもゲーム体験よ、シヅキ」


──────────

Tips

『各種ステータスの武器攻撃力計算以外の恩恵』

STR:膂力の増加。値が高まれば人並み外れた筋力を得られる。

DEX:技量の増加。値が高まれば動作に自動補正が掛かり、とても器用になれる。

VIT:肉体強度及び仮想質量の増加。値が高まれば生身で鋼のような強度を発揮でき、また、重い攻撃を受けても吹き飛ばされず耐えることができるようになる。

INT:魔法威力の増加。発動までに待ち時間のあるスキルの待機時間短縮。

AGI:加速度倍率の増加。値が高まれば戦闘中素早く動けるようになり、相対的に相手の動きが遅く見えるようになる。

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