第一章
第一話:ステータスと痛覚設定
「……意気込んでログインしたのはいいけど、まずはキャラクタークリエイトからだよね、そりゃ」
さわやかな風の吹く、平淡な草原の只中。皐月は中空へ浮かぶ半透明のインターフェースへ必要な情報を入力していく。
「名前は……シキ、は使われてるか。じゃあシヅキ……よし。ビジュアルはわたしの顔そのままでいいでしょ。わたし可愛いし。あ、耳だけ尖らせとこ」
プレビューに現れたのは黒髪黒目、ハーフアップのエルフ耳。和洋折衷と言うにはどうにも違和感がある。
熟考の結果、毛髪の色は茶色、瞳は深緑へと変更を行った。
「身体は……これも現実に寄せておこうかな。細身が映えるな~」
現実の皐月の身体に近しい肢体。ほっそりとした四肢にすっかすかの胸がなんともセクシーだ。
◇◇◇
「────で、最後に~……、初期武器? あー……うーん、どうしよう……プレイスタイルとかなんにも考えてなかったな」
表示されているのは短剣、片手剣、両手剣、槍、斧、槌、弓、杖、本の9種類。
杖と本、弓はナシだろう。遠距離主体ではスリルに欠ける。
長物では押し倒されたときの抵抗が難しい。最期まで抵抗を続けてこその陰惨な死だろう。
そうなると、短剣か片手剣が妥当なところだろうか。
「えー……? 組み伏せられたときを考えるなら片手剣よりも短剣かな? じゃあこれで」
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冒険者の短剣
装備アイテム(武器)(等級:Ⅰ)
両手武器・短剣
DEX+5,AGI+3
武器攻撃力:10+(DEX*0.6+AGI*0.4)
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[冒険者の短剣]でよろしいですか?の確認ダイアログにYESの回答。二刃一対の短剣が皐月の──シヅキの手元に現れる。
一瞬の視界の暗転を挟み、現れ出でるは石造りの都市、大きな噴水のある広場。UGRのゲーム開始地点である、『トールセン市街』だ。
ビジュアルだけが描写された賑やかしの雑踏の中、頭上にアイコンの表示されている、プレイヤーと思わしき人物がちらほらと見受けられる。
視界の左上を占有している[チュートリアル 1/8]ステータス画面を開こう!の記述を流し見しつつ、まずオプション画面を開こうとし────
「あぁいや、流石に街のど真ん中で痛覚弄るのは目立っちゃうな……。先にチュートリアル済ませて適当に人気のないとこでやろう」
気を取り直してシヅキが開いたのはステータス画面。開くと同時に現れた[チュートリアル 1/8]達成、EXP:100Pt、[消費]初級HP回復薬×20を獲得!のポップアップを閉じ、値を確認する。当然ながらすべて初期値、装備分だけが反映された貧弱な数値だ。武器によってDEXとAGIが、胴体防具によってVITが若干上昇している。
──────────
PN:シヅキ
──────────
HP:200/200(+)
MP:100/100(+)
STR:5(+)
DEX:10(5)(+)
VIT:8(3)(+)
INT:5(+)
AGI:8(3)(+)
──────────
EXP:100/100
──────────
右手:冒険者の短剣
左手:(冒険者の短剣)
頭:なし
胴体:冒険者の服
手:なし
足:なし
装飾1:なし
装飾2:なし
装飾3:なし
──────────
武器攻撃力:19 (10+DEX*0.6+AGI*0.4)
──────────
「あ何? 経験値が……あぁ、チュートリアルで多少ポイント貰えるんだ。じゃあちょっと気になってたこと試そうかな……」
先ほど読み飛ばしたチュートリアル達成の報酬によって、多少のEXPを獲得していたらしい。これならシヅキがゲームを始めて真っ先に確認しようとしていた、あることが検証できそうだ。
視界左上を占有する、[チュートリアル 2/8]アイテム欄を開こう!という表示を放置し、オプション画面を開き、設定を弄り痛覚反映度20%に。
これから行うことを考えれば、公衆の面前で実行するのは気が憚られる。歩きデバイスじみた行為をしながらも、シヅキは狭い路地、人気の少ないところへ。
そして……シヅキは自らの腹部に短剣を突き立て、刃を横へ滑らせる。途端に感じる熱さ。腹圧により、ピンク色の内臓がでろりと押し出される。
「ん、うっ……つつ……、ちゃんと内臓もシミュレートしてるのね。痛みの方は……う、ぁ? おえっ……」
シヅキ自身の意思とは無関係に、喉が動き、赤黒い血の塊が口からこぼれ出た。内臓、それも消化器系を傷付けてしまったのだろう。
「あぁ、ちゃんと吐血もするんだ……とはいえ、痛み自体は20%だしこんなもんかな? で、HPは……なるほど、60……あ、このスリップダメージは流血のかな? いいね~」
当初は死んで状態をリセットしようとシヅキは考えていたが、先ほど報酬で貰ったHP回復薬がある。所詮はチュートリアル報酬、今使ってしまっても構わないだろう。シヅキは緑色のHP回復薬をメニューから使用、手の内に現れた瓶詰の水薬を口元へと運んだ。
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[初心]初級HP回復薬
消費アイテム(等級:Ⅰ)
効果:肉体の傷を少し癒し、HPを200回復する。
所持数:20
トレード不能
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「んく、っく……。うえー、すっきりミント味。で、傷の方は綺麗に塞がる、と……。まぁHP初期値だしね」
回復を終え、再びシヅキの視界に現れるダイアログ。回復薬を使用するため、アイテム欄を開いたがゆえに条件を達成したのだろう、[チュートリアル 2/8]達成、EXP:100Pt、[消費]初級MP回復薬×10を獲得!の表記を除け、そのままメニューを操作しステータス欄を呼び出した。
「さて、持ってる経験値は全部HPに投入!」
──────────
PN:シヅキ
──────────
HP:400/400(+)
MP:100/100(+)
STR:5(+)
DEX:10(5)(+)
VIT:8(3)(+)
INT:5(+)
AGI:8(3)(+)
──────────
EXP:0/200
──────────
右手:冒険者の短剣
左手:(冒険者の短剣)
頭:なし
胴体:冒険者の服
手:なし
足:なし
装飾1:なし
装飾2:なし
装飾3:なし
──────────
武器攻撃力:19 (10+DEX*0.6+AGI*0.4)
──────────
「さ~、想定通りであっておくれよ~。でなきゃもう一回キャラクリしないといけなくなっちゃうし。よし、はいさっくり!」
シヅキは、前回と同じ形になるように意識し、腹部へと短剣を突き刺した。再び走る痛み。
「つっ……ふぅ、2回目の慣れを加味して……おおよそ同じ痛みと言っていいかな? あるいは今の方が……うっ、けぽっ……。ちょっと痛いな」
喉元にせりあがってきた血の塊を路地の片隅に吐き出し、冷静に痛みの具合を確認する。体感では、先ほどとほとんど変わらない痛みがあるように思えた。
「HPの残りは……252。HPは+200されてる訳だし、おおむね同じダメージだね。結論! HPは死ににくさにのみ影響し、痛覚及び身体の強度には影響しない! ……まぁ早計っちゃ早計だけど、VITが別であるんだからたぶん間違ってないでしょ」
……HPが及ぼす身体への影響が
それは────シヅキにはどうしようもなく素敵なことに思えた。
「つまり私が目指すビルド方針は……HP特化型! うーん、産廃ビルドって感じだね~。あでも自爆とかしたらウザそう。プレイヤーができるのか知らないけど」
ミント味のぬるい液体という、なんとも言い難いものを再び口へ運びながら、シヅキは今後の方針を決定した。
「……これ、胃や腸を取り払った状態で経口摂取したら効果は発揮されるのかな……?」
流石に、今のHPで内臓を取り払うのは難しいだろう。検証を行う前にHPが尽きてしまいそうだ。後々の検証事項として、シヅキは頭の片隅にしまい込んでおくことにした。
◇◇◇
「あぁ、ちょうどいいや。痛覚設定も100%にしとこう」
路地の暗がりで、シヅキは自らの指をためらいなく折る。骨の折れる鈍い痛み。とはいえ所詮は痛覚反映度20%、痛みよりも違和感の方が主張は強い。
「DMで聞いた話だとー……、『自分で折った指二本で痛覚設定のスライダを動かす』だったよね。誤動作防止とはいえ変な設計。はーいしゅしゅっづっゔぁっ!」
スライダを右に動かした途端、左手に走る激痛。痛い、痛い、痛い!
歪む視界、既に脳が警鐘を鳴らしているような気もするが────まだだ、まだ甘い、こんなもので満足はできない。
「い゙づ……、な、るほど~……。これ、軽はずみな設定変更を、防ぐ、セーフティ、の、役割も兼ねてる……のかぁ。そりゃ、この痛みを味わったら、普通の人は元に戻すよ。よく考えてるなぁ……いてて、ポット飲も」
さわやかぬるめのミント味。
「いやぁ……今後に期待がもてるね! 全力で抗っていこう!」
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Tips
『HP』ヒットポイント
キャラクターがどれだけの攻撃に耐えられるかを数値化したもの。肉体の受けているダメージ(損傷)とは厳密には結びついていない。
UGRにおいては「死ににくさ」を示す値であり、もしHPが無限であったとするなら、頭か心臓を潰されない限り死亡判定が発生しない、死が限りなく遠い存在になることができる。
しかしUGRの仕様上、まだHPが残っているにも関わらず傷や状態異常によって肉体が十全に動かせない状況に陥ることも多く、ほとんどのプレイヤーは敵の攻撃で即死しない程度にHPを増やした後、他のステータスを優先して伸ばしている。
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