第9話 過去のいざこざ

 ソルヴァニア王都へと向かう馬車の中で、俺はジョエルと出会う前――つまり、エルドール王国第三王子時代のことを思い出していた。


 前世の記憶を思い出し、この世界での生活を謳歌する前に追放となったあの頃……記憶にこびりついているのは醜い権力争いだった。王位継承の第一位は長兄で、次は次兄。俺は兄弟間の序列では最下位だったが、そこをなんとか繰り上がろうと策を講じた。


 しかし、結果としては原作主人公たちに悪事を暴かれ、貧民街へと落ちていったのだ。


 ……もしかしたら、ジョエルは似たような立場になるのかもな。

 さらに言えば、貴族になってからどこかで俺の正体を聞いたのかもしれない。名前は変えていないし、王子として公の場に立つ機会も何度かあったから、覚えている者がこっそり教えたという可能性もある。


 いずれにせよ、もしジョエルが困っているというなら力になりたいと思っていた。

 ダメ王子っていうのは主人公たちを引き立てるための設定だったが、そこからの経験で助言できることもあるだろうし。


 あと、ブロードとイスナーが説明をしてくれた内容はまだジョエルのすべてではない。本人からの了承がないと話せないデリケートな部分もあるだろうから、ここまでの情報で俺がどう判断するのかを見て、可能なら連れ帰ろうというのが当初のプランってところか。


 まあ、俺としてはジョエルにまた会えるなら下手な小細工なんて不要だ。

 あいつが俺を必要だと言えば、力を貸すまでだ。


「そろそろ王都が見えてくる頃だぜ」


 不意にブロードはそう言って、視線を馬車内の窓へと移す。

 つられる形で俺も視線をそちらへ向け、思わず「おぉっ!」と声が出た。

 俺たちの馬車が通っているのは小高い位置にあり、王都を見下ろす格好となっている。それによって王都の規模が浮き彫りとなった。


 第一印象は――「とにかく広い」であった。

 ど真ん中には国王の居城がどっしりと構えており、その周りの土地は運河で四つに区切られていた。それぞれの土地は別の役割を担っているらしく、まったく様子が異なっている。


「そういえば、ハインさんはこれが初めての王都訪問ですか?」

「あ、ああ……ここはやっぱり敷居が高かったから、なかなか入れなかったんだ」


 王都といえば、その国の中枢と呼べる場所。そのため、身元がハッキリしないようなヤツは中に入ることすら許されなかった。人捜しなら真っ先に訪れるべき場所なのにって歯がゆい思いをしていたな。


「本当ならゆっくりと王都案内をしてやりたいところだが、あいにくと時間がなくてな」

「いいよ。俺はジョエルに会えればそれで」

「そのジョエル様ですが、四つに区切られた地区の西側におられます」

「あそこか……」


 確かに、王都の中にジョエルがいるとするならあそこしかないだろうなって予想はしていた。なぜならそこだけ明らかに他と雰囲気が違うのだ。遠くから眺めているだけでもハッキリと分かる。西側の土地は他よりも少し広く、大きな建物が点在していた――恐らく、あれが貴族たちの住む屋敷なのだろう。


 いよいよジョエルと会える。

 そう思うと、今さらだけど緊張してきたな。




※明日も12時から投稿予定!

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