第26話 歴史の跡
「1つ、気になるのですけど……魔物は、繁殖するのでしょうか?」
「する。それは間違いない。人型の奴らの中には、ほかの種族を母体に増えることもできる場合がある。それ以外のは良く知らんが、幼体がそばにいることもあるから、そちらも同じだろうな」
「そういう被害者の保護を目的とした予算は、ここ最近は減少傾向にあったのう……」
ここには俺たちしかいないからか、隠すつもりのない会話の2人。
俺としても、その方が話が早いからありがたいのだが。
「もしそうなら、2つ考えられる。1つは、残念ながら被害が隠されていて、国が把握できていない。もう1つは……最近被害が増えたかだ」
「あんな集団が当たり前にいたら、もっとひどいことになってますよね」
「まったくだ。今のところ、森からは二回目はなさそうだが」
3人が見ているのは、村からすぐの森。
犠牲者の埋葬を終え、一息ついたところで見回りついでの時間だ。
まだ残党としてのオークが周囲にいたり、追加で出てくる可能性は否定できないからな。
瘴気特有の気配は薄く、遠い。
その意味では、今のところは大丈夫そうだが……。
村人が銀鉱石を掘るという岩山たちも、この森に入るぎりぎりぐらいにある。
平地、森、岩山、森といった順番だ。
浅いところなら、森もめったに魔物を見ないそうである。
「お兄様、あれを見てください。何か、戦いの形跡が」
「んん? 確かに……砦、いや……」
獣道とは違うような、森の奥に続く道。
その境目にある岩山は、浸食によってか削れている。
が、言われてからよく見ると、それは防壁のように見えた。
(これまでに何度も戦ってきたのか? それにしては、古い)
「ずいぶん苔むしておるのう。これは、それこそ昔、ここが魔の森として魔物あふれる土地だったころのものではないか?」
「英雄たちが、どうにかしたときの、か。なるほど」
念のために、いつでも宝剣を抜けるようにし、推定防壁跡に近づく。
近づくほどに、その大きさもわかる。
そして、確かに人の手が入ったものであることも。
ここに身を隠しながら、攻め込む準備を整えていたのだろうか。
「うっすらと何か気配が……あ、ありました。これは、灯りですかね?」
「おそらく。ここで夜番もしていたんだろうな。向き的に、やはり奥に何か原因があるのか」
村に来る前に感じた気配も、今はとても小さい。
知っていなければ、気が付かないかもしれないぐらいだ。
ただ……。
「フェリシア、嵐の前の凪に感じないか?」
「同意見です。一番の問題は、銀鉱石を掘るには安全とはいいがたいところですね」
いっそのこと、銀鉱石は見なかったことに。
可能性としては、ベリエ子爵の判断がそうなる可能性もある。
そのうえで、改めて魔の森周辺には近づくな、といった感じだ。
もちろん、しっかり対処して採掘が出来れば儲けにはなるわけだ。
採掘自体は、ベリエ子爵なら鉱山のそれを流用すればいいだけなので楽だろう。
「これはワシのカンじゃが……ご先祖たちもこのことはわかってたんじゃろなあ。魔物の発生と一部の資源には関連性がある」
「かといって、放っておくのもどこで爆発するかわからないことになったな」
すでに、反対側の領ではこのことを知っている人物がいる。
それが商人なのか、もっと上までなのかはわからないが。
人間、一度味わった諸々をなかったことにはできない生き物だ。
「寝た子を起こすべきか、寝かせておくか……ううむ」
「大丈夫ですよ、お兄様」
悩む俺の腕を、フェリシアがつまみ、そんな声をかけてきた。
楽観……いや、信頼、か?
動き出せば、どうにかなる。
そんな気持ちが、俺の中で強くなる。
「そう、だな。それに、懸念事項はまだある。あの銀鉱石、純度が高すぎるとは思わないか?」
「私、もう精製した後だと思いましたよ」
「輝きが違ったのう」
2人も、同意見だった。
村人はだいぶ足元を見られたようだが、相当な純度に見えた。
そんな鉱石が、自然にできるか? 難しいだろう。
──魔の森、それを正しく管理することで資源が豊富に得られる可能性。
人間の欲望をくすぐる、ろくでもない仮説が俺の中で騒ぎ出すのだった。
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