第160話 春のマイナースクロール祭り  後編

 ガイエンさんの屋台を探しながら、順番に屋台のスクロールを見て回っている。

 その中で、「方向認識」という、自分の向いているのがどの方向なのか正確にわかるスキルのスクロールを見つけたので、即座に買って使用した。

 これがあればダンジョン内で地図を描くのに有用だし、地球でも道に迷う回数が減りそうだ。

 まず俺の分は得られたけど、他にも斥候である黒檀の分も欲しい。それとマッパー用の人形の分も欲しかったけど、今回は買って即使用するのが条件だ。もしスクロールが見つかっても、まだ作成していない人形の分は買えないのが残念だ。

 かといって、今いる人形のうちの誰かをマッパーに転向させる気も起きなかった。なのでぜひ、次回以降も祭りを開催して欲しいとの気持ちが高まった。

 他にも、「精密作業」というスキルのスクロールを見つけたので、まず黒檀に使用させた。これは、精密な作業に対する補正効果のあるというスキルだ。何の作業であっても、精密作業ならば補正がかかるようだ。これはぜひ、俺と紫苑にも欲しい。というか、できれば全員分欲しい。

 鍵開けや罠解除で特に精密さを要求される黒檀をまず優先して覚えてもらったけど、精密作業なんて誰でも使うんじゃないだろうか。何故このスキルがマイナー扱いされているのか理解できない。勿体ない。

 あとは、俺用に「快眠」というスキルも買った。眠りの質が良くなればその分だけ、日中の体調も良くなるんじゃないかな?

 こうして見てみると、有用なスクロールもマイナーとして埋もれてしまっているのを実感する。やっぱり全体的にもっと表に出す機会を増やして、人の目に触れるようにした方が良さそうだ。



 お昼近くになって、ようやくガイエンさんの屋台を見つけられた。つい、スクロールの鑑定に時間をかけてしまって、中々先に進めなかったのだ。

「すごい盛況ですね」

 俺が声を掛けると、ガイエンさんは笑顔で振り向いた。

「おお、トキヤ坊か。まあな。こんなに客が来て、喜んで買い物してんのを見ると、祭りを開いて正解だったって思うぞ。特にマイナースクロールがぞんざいに扱われたり捨てられたりするのを嘆いてた連中なんか、張り切って屋台で売ってるしな」

 そういった人達は、今回ようやくそういったスクロールにも日が当たると、喜び勇んで屋台の売り子を務めているそうだ。

「まあ、単に集めるのが楽しいってヤツらも、一部は折角の祭りだってんで参加してくれてるがな。祭りが終わって倉庫の在庫が減ったら、またスクロール集めに出るかって、もう話し合ってるくらいだ」

「……集めるのが趣味の人も、今回の祭りに参加してくれてるんですね」

 そういう生粋の収集癖の人は、コレクションが減る今回の祭りには参加してくれないかと思っていた。だが、同じ趣味を持つ仲間内で大掛かりな祭りをやるとの事で、付き合いなのか単なるお祭り好きなのかはわからないが参加してくれたらしい。

「そのおかげで祭りが盛り上がってますし、最中に在庫切れになる心配が少なそうですし、ありがたいですね」

「そうだな。思ったよりも売れてるからな。在庫を沢山抱えてるヤツらが出品してくれて助かったな」


 ガイエンさんに、差し入れの酒のつまみ各種を渡す。仲間内での打ち上げにお酒を飲むと言っていたので、魚介類の干物とかしょっぱいお菓子とか、酒の肴になりそうなものを色々と買い込んできたのだ。

 ついでに、変身魔法のスクロールに関する話もする。

「ああ、通達で聞いたぞ。それでこっちでも急遽、「声真似」のスキルスクロールを子供には販売しないように、全体に通達を出しといた。変身と声真似が揃うと、余計に厄介だからな」

 ガイエンさんが腕を組んで、難し気な表情で唸った。

「声真似……。そんなスキルもあるんですか。確かに二つ揃うと、詐欺とかの犯罪に余計に利用されやすそうですね」

 俺も眉を顰める。変身と声真似が揃ってしまうと、声も見た目もそっくりになるのだろう。言動で違和感を感じる可能性はあるにせよ、そっくりに化けられてしまえば、看破するのは難しいだろう。身近な相手に化けられた場合、誰でも騙されてしまいそうだ。そんなスキルや魔法が一般に出回るなんて危険すぎる。

 犯罪以外に使うなら、単なるジョークグッズで済むのだろうか。あるいはモンスターに化けての偵察といった、ダンジョン攻略に使うとか? ……もしかしたら本来は、そういう用途の為のスクロールなのかもしれない。

「大人が犯罪に利用してダンジョンシステムから裁かれんのは自業自得だが、子供はなあ。やっぱ販売制限が妥当だろうな」

 ガイエンさんも販売制限に賛成のようだ。この分だと今後は、一部のスクロールは購入の際に年齢確認が必要になっていきそうだ。

「はい。そうしてもらえるとありがたいです」

 それでも、ダンジョン街で大人への販売が制限されないなら、やはり国にはしっかりと対策を取ってもらいたい。犯罪に手を染めた後はシステムから刑罰が下るとはいえ、その犯罪で騙された被害者には、システムの補償がある訳ではないのだ。できれば犯罪を実行される前に、そういった魔法やスキルの使用を法律できっちりと規制して、被害を防いで欲しい。



「ああ、あとな。今回の祭りが随分と好評だから、マイナースクロール祭りはそれぞれ別の街で、夏、秋、冬と開催されて、春にはまたキセラの街に戻ってきて開催して欲しいって話が出てる」

「おお、年四回の開催ですか!」

 嬉しくて、つい声が大きくなってしまった。

 ダンジョンならどこの街で開催されても、ゲートがあれば参加できる。別の街での開催でも参加には問題ない。

「ここの街以外はまだ、どこで開催するかは決まってないが、そのうち話し合いをして、希望する街役場と協力してく事になりそうだ」

「嬉しいです。今回だけじゃなく、もっとマイナースクロールを入手できる機会が欲しいって思ってましたし」

 年四回、スクロールを手に入れる機会が得られるのは純粋に嬉しい。俺も今回はまだ、人形専門のスキルは一つも見かけてないくらいだ。きっと、まだ見ぬスクロールの種類は、もっと沢山あるはずだ。

「そうだな。こんなに沢山の客に望まれるなら、この先も祭りの開催や別の方法を考えて、マイナースクロールをマイナーじゃなくするように、何か考えてかないとな」

「そうですね。多くの人に認知されて必要とされていけば、それはもうマイナーじゃないですよね」

 ……とは言っても、ガイエンさんは今後も個人的に、店に来る客が欲しいスクロールを探すのを続行してくれるそうだ。非常にありがたい話だ。

 今回、人数分入手できなかったスクロールも含めて、またそのうちにガイエンさんにお願いする事になりそうだ。

 でも、いずれはどの店でも、マイナースクロールを取り扱ってくれるようになるといいな。



 その後はまた、食べ物の屋台で食事休憩を挟みつつも、夜8時の祭りの終わりの時間まで、じっくりとスクロール探しを続行した。

 その結果、今回俺が購入したスクロールは、「速読」一つ、「快眠」一つ、「料理」四つ、「掃除」四つ、「精密作業」五つ、「方向認識」五つとなった。大収穫だ。

 他にも、「遮光」(闇属性で光を適度に遮断して快適にする魔法)や「水浄化」(水属性で汚れた水を飲める水に浄化する魔法)の魔法なんかもあった。日常生活やダンジョン泊に使うかもと思って欲しかったのだけど、該当する属性の精霊が俺の契約する精霊にはまだいなかったので、今回は購入を断念した。

 いずれ精霊の数が増えてそれらの属性を獲得したら、また入手できればいいな。


 そうして、初開催となったマイナースクロール祭りは終わりを迎えた。

 初めての試みという事もあって多少の問題も出たけれど、概ね好評だったそうだ。また次に開催されるのが楽しみだ。

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