第158話 春のマイナースクロール祭り  前編

 ピローン、という間の抜けた音と共に、ステータスボードが自動的に俺の前に現れた。

(これ、前にもあったな)

 既視感と共に調べてみると、案の定、功績の欄に「マイナースクロール祭りを発案した功績」という記載が増えていた。

(……ガイエンさんから事前に聞いてたから、心構えはできてたけど)

 それでも実際に功績が増えているのを見ると、複雑な気分になる。


 ……本日はそのマイナースクロール祭りの当日だ。もう少し経ったら、祭りを見に行こうと思っていたところだ。それより前に功績がついて、まだ良かったのだろうか。街中でいきなりステータスボードが現れたりしたら隠しようがなかったし。

 功績そのものは恥じる事ではないし誇らしい事なのだが、一件目で隠すべき事として認識して、今だにそれを引きずっている。

 何かを提案したり手伝ったりは今後もきっとやるだろうけど、それが功績として評価されるかはわからない。でも、それは別にどちらでも構わない。俺は功績が欲しくて行動してるんじゃないんだし。


(ガイエンさんに持って行く差し入れも持ったし、そろそろ移動するか)

 祭りの開始は10時から。時計を見ると、丁度祭りが始まった時間だ。ゲートでキセラの街の中央広場に移動する。一緒に連れていくのは青藍のみだ。他の人形達はインベントリ内で待機している。

 今日のマイナースクロール祭りは、欲しいスクロールを見つけた場合、その場で使用するのに限り購入可能という売買制限が掛かっていると、以前にガイエンさんから聞いた。

 なので、買ったスクロールをその場で覚えさせる必要がある為、人形達は全員連れていかないといけない。だけど祭りは混むだろうから、最初から大勢を連れて歩くのは通行の邪魔になるかと思って、このような形にした。

(人形はインベントリに仕舞えるからまだいいけど、幻獣はそうはいかないから大変そうだな)

 特に高レベルの人は何十体も幻獣を従えている。そのすべてを連れて歩いて、欲しいスクロールを探して祭りの屋台を歩き回るのは、結構大変そうだ。それに周りにも迷惑になりかねない。

 かといって、幻獣を連れてこなければ、目当てのスクロールを見つけた時に、その場で覚えさせる事が出来ない。

 今回、幻獣があまりにも場所を取るようなら、また次回以降も祭りが行われた場合は、売買ルールが変わるかもしれない。

(初めての試みだから、どうなるかわからないけど)

 もし定期的に祭りが行われるようになれば、徐々に開催ルールも定まっていくのだろう。




(うわ、思ったよりも屋台の数が多くて大規模だし、すごい混んでるな)

 ゲートを潜って中央公園に出ると、そこはもう賑やかで混雑した状態だった。創立祭の時と同じように街中が華やかに飾り付けられ、祭りの雰囲気を盛り上げている。

 俺の思ったよりずっと祭りに訪れている人の数も多くて、公園内だけでなく街全体が賑わっているようだった。

(屋台も、スクロールを山盛りに積み上げてるところと、食べ物や飲み物を出してる屋台が、交互に並んでる感じだな)

 ところどころに飲食スペースとして、椅子やテーブルも設置してある。スクロールの売買が中心なのもあって、蚤の市と祭りの中間のような雰囲気を感じた。ところどころに鎧で完全武装した衛兵が立って周囲を監視している姿も見える。スクロールの盗難防止の為に配備されているのだろう。

(晴天の日中にずっとフルプレートメイルって、暑くないのかな)

 衛兵の恰好を見て、そんな心配をした。でももしかしたら鎧に何かしら魔道具の仕掛けがあって、涼しい仕様なのかもしれない。


 見えている近所の屋台を見回してみるけど、どれがガイエンさんの屋台かわからなかった。まあ、商品を見ながら歩いて回っていれば、そのうちに見つけられるだろう。

 まずはゲートから近いスクロールの屋台に足を向けてみる。台の上に無造作に積まれたスクロールの山を、お客さんがそれぞれ手に持って鑑定して回っている。鑑定する為の道具は、眼鏡型のものや虫眼鏡型のもの、モノクル型のものなどが、屋台の一角に置かれていた。

「これ、借りていいんですよね?」

 屋台の主人をやっているドワーフの男性に訊ねてみると、「いいぞ。だが他の屋台に行く時は、鑑定魔道具はここに置いていってくれよ」と、使用上の注意点を教えられた。どうやら屋台ごとにそれぞれ鑑定魔道具を置いてあるらしい。確かに、屋台を巡る際に持ち去ってしてしまうと、そのまま窃盗されてもわかりにくいし、鑑定道具が欲しい時に、一部で数が足りなくなったりしそうだ。それなら屋台ごとに管理する方がわかりやすい。

「はい、わかりました」

 返事をして、眼鏡型の魔道具を装着してみる。何気に、自分でこの手の鑑定魔道具を使うのは初めてだ。いつもは買取所で鑑定してもらうだけだからな。


 山積みのスクロールの中から、積んである状態を崩さないように注意しつつ、一つだけ手に取ってみる。眼鏡に映る鑑定結果では、このスクロールは「木工」のスキルだった。

 説明欄には、「木を使う細工物や木造建築などの技術習得を助ける。スキルに関連しない行動をしている時は氣の消費なし」とある。値段の欄は「800DG」となっていた。

(技術習得補助のスキル? ……生産系スキルだな)

 他のスクロールを手に取って鑑定して見ると、今度は「釣り」スキルだった。説明欄には「釣りの技術習得を助ける。スキルに関連しない行動をしている時は氣の消費なし」とある。

 スクロールを次々と見ていく。「鍛冶」「陶芸」「裁縫」「舞踏」「骨細工」……。


(マイナースクロールって、実は殆どが生産系スキルの事なのかな?)

 つまり、ダンジョン街の人達にとって、これらのスキルはあまり有用ではないのだろうか。

(自力習得を目指してるとか? あるいはダンジョン攻略を優先していて、生産系は後回しにされてるとか?)

 何故、これらのスキルがマイナー扱いされているのかわからない。通常のゲームでは生産も人気要素の一つだっとと思うのだけど。


「あの、こういう生産系のスキルがどうしてマイナーなのか、わかりますか?」

 屋台の店主に訊ねてみる。

「あー、自分に必要なスキルを一度覚えたら、それ以外はいらないからじゃないか? あと、別にスキルなしでも、覚えようと思えば大抵は覚えられるしな」

 店主のドワーフも首を傾げながら、そう答えてくれる。どうやらダンジョン街の住人でも、マイナースキルが何故マイナー扱いになったのかの、はっきりした理由は知らないようだ。

「なるほど。教えてくれてありがとうございます」

 お礼を言って、またスクロールの鑑定に戻る。

「歌唱」「天気予報」「園芸」「速読」……。


(あ。速読なら、ネットでの情報収集や、趣味の読書に役立つかな?)

 俺はあいにくと生産系には興味がないので、必要ないものは買わずに戻していたが、速読スキルなら使いそうだ。鑑定で値段の欄を見ると、800DGだった。日本円で八千円だ。

「これください」

「おう。今日の祭りじゃ、会計してすぐ、スクロールを使うのが条件だぞ。間違って持って帰るなよ」

「はい、わかりました」

 銀行カードで会計を済ませてすぐに、その場でスクロールの紐を解く。スクロールに描かれた内容がいつものように俺に吸収されて白紙となり、その後にスクロール自体が消えてなくなる。そこまできっちり確認して、店主は俺から目を離した。


 その後もいくつかスクロールを見るが、一つの屋台のスクロールをじっくりと全部見て回っていたら、いつまで経っても次の屋台に行けないし、ガイエンさんを探す事も出来そうにないと、途中で気づいた。

(これ、一日開催だけじゃ、欲しいスクロールをゆっくり見て回るには短すぎるな)

 定期開催か常設開催して欲しいけど、難しいかな? 後でガイエンさんに相談してみよう。

 山積みの半分くらいを見たところで、下のスクロールを手に取るのが難しくなる。設置方法ももうちょっと考えないと、積まれた下の方のスクロールの鑑定が出来ないようだ。

 これまで見たスクロールは、大抵が生産系のスキルだったが、珍しいスクロールには、「影属性」や「音属性」なんて魔法もあった。

 自分の影を一時的に消す「影消し」という魔法とか、声を大きく響かせる「拡声」という魔法とか。

 うちの斥候は人形なので魔法は覚えさせられないけど、普通の斥候なら、影を消す魔法とかは、身を隠すのに有効かもしれない。

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