第139話 初心者ダンジョン攻略完了と家族の攻略状況

 10層の水底を移動できるようになった日から、真っ直ぐ前に歩いて対面の壁についたり、平日に斜めに歩いていたら壁につく前に時間切れになったりと色々あったが、それなりにマップは埋めてきた。まあ、マップ埋めとはいっても、水中では地図は描けなかったので、部屋に帰ってから何となくで描いたものになってしまっているけど。

 その結果、今日までにこの地底湖の水底をほぼ歩き回ってきている感覚がしていたので、そろそろ魔法陣が見つかっても良い頃だと思っていた。

 そんな今日この頃、ついに目視できる範囲に、仄かな光が発しているのを見つけた。

(あっちの方、地面からぼんやりとした光が漏れてるな……これは見つけたか!?)

 戦闘を熟しながら水底を歩いて移動していたところ、水底から立ち上がる仄かな光を確認したのだ。焦る気持ちを抑えながらも、陣形を崩さないように人形達に指示を出してそちらに向かう。そうしてようやく、ほんのりと光を放つ魔法陣が地面にあるのを発見したのだ。


(やった! これで終わりだ!)

 俺は人形達と共にピラニアを倒しながら、喜び勇んでその魔法陣へと向かう。

 白い光で描かれた二畳程度の大きさの魔法陣の上に立つと、「初心者ダンジョンを脱出しますか?」という無機質な声の問いかけが頭の中に浮かんだ。

 一応、最後に周囲を見渡して、見える範囲にドロップアイテムが落ちていないのを確認してから、「はい」と脳内で返事をする。

 すると、あっという間に視界は俺の部屋へと変わった。



「……ふお」

 マスクを外して、ドキドキしながらステータスボードを表示してみる。そこにはネットでの事前情報の通りに、備考欄に「初心者ダンジョン攻略済」の記載が現れていた。

 一つのダンジョンを完全攻略すると、備考欄に攻略済みのダンジョン名が記載されるのだ。それを知ってから、俺もこの日を楽しみにしてきた。

「やった! 初心者ダンジョン攻略完了だ!」

 俺が思わず喜びの声を上げると、人形達が揃ってこてんと首を傾げる。

「今まで攻略していたダンジョンを、無事にクリアできたんだ。これで次の、新しいダンジョンに挑めるぞ」

 俺がそう言うと、両手を上げて喜んだり、手を叩くふりをして拍手の動作をしたりして、みんなも喜んでくれる。先に進めるのは人形達だって嬉しいよな。仲間と喜びを共有できて、俺も一層嬉しくなる。

 思えば10層は夏休みの終わり頃から攻略を開始して、この11月の終わり頃までと、かなり長らく期間が掛かった。

 けれどこれでようやく、一つ目の節目である初心者ダンジョンの攻略が終わった訳だ。

 ダンジョンに通い始めたのが小学校卒業直後からなので、ダンジョンクリアまでに2年半以上掛かっている計算だ。その分だけ、こうしてクリアできた感慨も深くなる。

 今まであった出来事が胸を過る。落ちこぼれだった自分でも、ちゃんと目標に向かって一歩ずつ、着実に進んでいけているんだという実感が湧いてきて胸が熱くなった。



 夕食時には家族にも、初心者ダンジョンの攻略完了を報告した。

「そうか、ついにか。おめでとう」

「おめでとう鴇矢。頑張ったわね」

「すごいぞ。かなり早いペースじゃないか」

「良かったじゃない」

 家族のみんなが笑顔で祝福してくれる。

「うん。ありがとう」

 俺もみんなに笑顔でお礼を返す。

 急遽、ジュースを持ってきて乾杯したりして、夕飯はお祝いムードになった。俺の攻略が夕飯直前になったので、食べるものは普通の食事と変わらない内容になったけど、母が明日の夕飯に改めて、お祝い用の豪華な食事を作ってくれるそうだ。楽しみだな。


(そういえば、父さんと母さんって今、どこのダンジョンに潜ってるんだろ?)

 ふと、両親の攻略状況が気になった。今まで家で両親の攻略の話題が出た事は殆どない。そこで思いついた機会に、両親に直接訊ねてみる事にした。

「父さんと母さんは、今はどの難易度のダンジョンを攻略してるの?」

「平日に仕事に行っているとどうしても、長い攻略時間は取れないからなあ。中級を攻略した後は上級の入口で停滞してる状態だな。上級から一気に難易度が上がるから、少しずつ先に進むのも難しい状態で、ここ数年はそこで足踏みしているんだ」

 俺の質問に父が答えてくれる。

「中級までは日帰りでも何とかなるんだけど、それ以降は会社勤めしながらとなると、中々難しいわよね。会社がダンジョン攻略を推進しているところとか、仕事内容がダンジョンを攻略する事なら、話はまた別でしょうけど」

 母が父の説明を補足する。


「上級まで行けたんなら、ダンジョン系列の会社からスカウトがあったんじゃないの? なんで父さん、普通の会社員やってるのよ」

 両親の説明に、姉がやや呆れたようにコメントしている。

「はは、別に大学卒業した当時に上級だった訳じゃないぞ? その当時は精々、中級の「易」の途中だったな」

「え、じゃあ会社に就職してから今までの期間の休日で、上級まで上がったの?」

 姉が驚いている。姉にしてみれば、社会に出て働きはじめてからも、地道に休日を使ってダンジョン攻略していくという発想がなかったのかもしれない。

「そうよ。仕事と子育てをしながらだから、ペースはだいぶゆっくりだったけどね」

「まあ大学当時も中級には上がってたから、ダンジョン関連の会社からのスカウトは来たがなあ。でも会社の指示でダンジョンに潜るとなると、どうしても自由な攻略はできなくなるから、結局は普通の会社に勤める道を選んだんだ」

 どうやら父の在学中にも、その手の企業からのスカウトは来ていたらしい。けれど父は自分のペースで攻略できなくなる事を嫌って、あえて普通の会社に就職したのだという。


「母さんは? 調理免許取るのに、専門学校へ行ったんだよね?」

 母は学生時代から父とパーティを組んでいたという話は、前に聞いた気がする。

「ええそうよ。中学、高校と父さんとパーティを組んでいたから、卒業後もダンジョンには一緒に潜ってたけど、学校は別だったわ。私は専門学校を卒業した後は調理系の仕事を何年かしてたけど、結婚して子供ができた後は退職して、3人を産んだ数年後に、今の料理教室の助手を始めたの」

「そうだったんだ」

 両親のここまでの経歴を聞いて、俺も結構驚いた。

 両親はペースこそゆっくりとはいえ、上級の「易」の入口までは到達しているのだ。そこまで行っているのに専業シーカーにならずに普通に働いている人って、結構珍しい気がする。

(普通に会社勤めしている人って、良くて中級、大抵の人は初級か下級止まりだって前にネットで見かけたけど、うちの両親はそれより上まで攻略してるんだな)


「瑠璃葉姉さんは7層を無事に超えらたんだったよね?」

 ついでに両親以外の家族の攻略状況も再確認しておく。

 姉は以前、7層をもう少しで超えられそうだけど手間取っていると話していたしばらく後で、無事に8層へ行けたと報告してくれたから、そこから状況が変わっていなければ8層攻略中のはずだ。

「ええそうよ。今は8層の攻略中よ」

「先に進めて良かったね」

「まあね。お小遣い稼ぎでやってるとは言っても、高校卒業までには初心者ダンジョンは攻略したいもの」

 姉は初心者ダンジョンの最大の山場とも言える7層を無事に攻略でき、その後も順調にレベルを上げている最中らしい。姉は今高校1年だから、卒業まではあと二年はあるんだし、きっと10層攻略までは行けるんじゃないかな。


「天歌兄さんは今どの辺り?」

「受験勉強で中断してるけど、夏休みの初めには下級の「難」の途中までは行ったな」

 やはり兄のパーティは、普通よりもペースがかなり早めだ。高校生のうちに下級の「難」まで行ける人はそんなにいないと聞いている。

「兄さんは大学卒業後は、仲間と専業シーカーになるの? それとも、父さんみたいに普通の会社員になるつもり?」

 将来の展望についても聞いてみる。すると、かなり意外な答えが返ってきた。

「俺は、できれば宇宙開発や宇宙船開発に関わってる会社に就職したいな。そんでいずれは宇宙に行きたい」

「宇宙っ!?」

「ええ!? 天歌兄さん、宇宙に行くの!?」

 兄の将来展望を聞いて、俺と姉は驚きの声を上げた。まさか兄が宇宙に行く夢を持っているなんて知らなかった。

「宇宙なんて、まだ危険も多くて、暮らしも不自由なんじゃない?」

 母が途端に心配そうな顔になる。

「いいじゃないか、夢があって。それに今の時代なら、宇宙飛行士にならなくても実現可能になりつつあるしな。……天歌が大学受験に受かれば尚更な。有名大学を卒業すれば、そういう企業からだって引く手数多だろう」

 一方で父は、兄の夢を応援しているようだ。


「へえ……すごいね。身内が宇宙に行くかもなんて、思ってもみなかったな」

 俺は驚いて感心する他ない。でも考えてみれば、宇宙なんて前は宇宙飛行士かよっぽどのお金持ちしか行けないような特別なところだったけど、今はもう月面基地も稼働しはじめて、それなりに大勢の人が基地に出入りするようになってきているんだっけ。

 ダンジョン出現以降、時代は徐々に変わりつつあるのだ。それなら確かに、兄が宇宙に行く機会もあるのかもしれない。

「まあその為にも、まずは受験で合格しないとだよな」

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