第138話 シーカー用服屋に行ってみる。エバさんにお礼を渡す
今日はシーカー用服屋さんで、防具の下に着る特殊服を買う予定だ。ちなみに服屋さんの場所はジジムさん達の食堂と靴屋さんに挟まれた位置にあった。
ダンジョン街では街の中心部にシーカー用の店が多めに配置されているという法則を前にネットで見かけたけど、本当に中心近くに必要な店が全部揃ってるんだな。便利で助かる。
まあ、斥候ギルドとかシーカーギルドとかは第三街区なのだからすべてが同じ場所に纏まっているという訳ではないのだけど、それもゲートで移動すればすぐだし。……そう考えれば、一番便利なのは空間移動できるゲートの存在そのものだろうか。世界中に点在するどのダンジョンにもゲート一つですぐに行ける状態になっているのが、ダンジョン利用の上で一番便利な点かもしれない。
「いらっしゃいー」
目的の服屋さんに足を踏み入れたところ、店内にいたのはエルフの女性だった。長い金髪に青緑色の瞳をしている。
「こんにちは」
「こんにちはー。ねえ、貴方トキヤくんでしょ?」
俺が挨拶すると、即座に名前を言い当てられたのでびっくりした。
「え? はい、そうですが」
何事? と相手を見ると、エルフの女性もまた、こちらを好奇心いっぱいって感じの、キラキラと輝く目で見ていた。
「やっぱりそうなのね! アルドやエルンから聞いてるわ。私はコルティエ。あの子達の従姉妹なの。よろしくね」
事情を聞かされてなるほどと納得した。あの二人の親戚なのか。彼らの親戚が近所にお店を出していたとは知らなかったが、それなら普段からよく顔を合わせて世間話していてもおかしくない。
「そうだったんですか。よろしくお願いします、コルティエさん」
「ふふ。そのうちトキヤくんがうちの店にも来てくれるんじゃないかって、実は期待して待ってたのよ。来てくれて嬉しいわ。さて、今日の用事はなにかしら?」
両手を合わせて嬉しそうに言うコルティエさん。まあ、俺がこの北西通りの店で買い物するのが習慣になっているのは常連のお店には伝わっているだろうし、それなら時期はともあれ、いずれはここに辿り着くと予測しても不思議はないか。キセラの街には他にも服屋さんはあるだろうけど、それだけ別の通りを利用する理由もないもんな。
「下級シーカー用の、防具の下に着る服を買いたいのですけど」
「シーカー用の服で下級相当なら、下級魔物素材ダンジョンのクロウラーの絹糸で作った服ね。クロウラーの絹糸には魔法耐性と軽度防御効果があって、目が細かくて丈夫なの。その糸を特殊な製法で織って作った布で作られた服よ。体に合わせて個別作成になるから、五日間ほど時間がかかるわ。大丈夫かしら?」
どうやらこちらも靴を同じく、注文を受けての個別作成らしい。そして靴よりは作成期間が短い。多分、靴は何種類もの皮を型に合わせて細かく切って張り付けて縫い付けて、その後に足裏の靴底を取り付けたりといった諸々の作業があるのに比べて、服は型に合わせて切って縫う工程は同じでも、細かく切り分けて縫い合わせる必要がない分だけ早いのだろう。
「はい。ではそれを二着、上下セットで下さい」
「了解よー。色は何色がいい?」
「色は黒でお願いします」
お洒落には関心がないので、靴と同様に汚れが目立ちづらい黒で揃えてみた。装備も黒系統だから、すべての装備が揃うと、全体的に黒っぽい見た目になるな。……全身黒装備とか中2病に思われるだろうか? でも、変に目立つ色で揃えるよりは無難に感じるんだよな……。焦げ茶とか深緑といった選択もあるんだろうけど、どっちにしろ地味な色合いなら、黒が一番配色に悩まない。
「クロウラーの絹糸の服は製法も特殊だから、普通の針じゃ布に突き刺せないから縫えない仕様になっているの。だから修復が必要になったら、ここに持ってきてちょうだいね。ここの服屋では服の修復も請け負っているから」
(そうだったのか。戦闘用の特殊服だけあって、丈夫すぎて普通の針じゃ縫う事もできないのか)
それにかなり高い買い物なので、ちょっとの破損だったら買い直しよりも修復した方が経済的なのだろう。それなら、糸が切れてほつれたり、小さい穴が開いたりした場合は、こちらで修復してもらえばいい。
「わかりました」
「じゃ、体の採寸をさせてね。高い買い物だからね。ちゃんと体に合った大きさのものを作らないと」
「はい」
体のあちこちにメジャーを当てられて、数値をメモされていく。マラソンやダンジョンでの戦闘の効果もあって少しは筋肉もついてきてるから、別に見苦しい体つきではないと思うけど、異性に体の数値を測られるのって少し緊張するな。
まあ、相手はプロなのだから、どんな体型の人でも気にせずに淡々と数値を測ってくれるとは思うけどさ。
「はい、採寸終了。今見積もりを出すわね。……お値段は上下セットで一着一万六千DGになるわ。二着で三万二千DGね。半額は前払いでお願いね」
「はい、今お支払いします」
こうして服屋さんで順調に、目当ての品を注文する事ができた。そしてその後は、お隣の靴屋さんへと移動する。
店主のガダさんから以前注文していた戦闘靴と登山靴を受け取って、残りの半額分の料金の支払いもした。
靴を受け取る際に、実際に履いてみてその場で更に靴用の道具を使って、俺の足にぴったり合うように微調整をして貰う。そのおかげもあって、前の靴とは比べられない程に履き心地が良い物になった。
(やっぱり、自分の足に合わせて個別注文で作成してもらっただけあって、履き心地が全然違うな)
すごく高い買い物になったけれど、それだけの価値はあると思わせる代物だ。
それらの用事がすべて終わったら、お昼時の時間帯になっていた。そこでふと、ジジムさん達の食堂で普通に食事をした事がこれまで一度もなかったと気づく。丁度すぐ近所にいる事だし、これから食べに行ってみようかな。
そうしてジジムさん達の経営する食堂の店内に入ったら、なんとラーメンを食べている最中のエバさんに出会えた。
「エバさん! お会いできて良かったです。以前の魔道具のお礼に、渡したい物がありまして」
「ぬ? トキヤか」
早速、いつかエバさんに会えたら渡そうと思ってインベントリに常に確保しておいた、低反発枕と低反発クッションと懐中時計を取り出す。
クッションや枕は大きいから受け渡しの時にはちょっとかさばるけど、エバさんならすぐにインベントリに仕舞えるから大丈夫かなって思って選んだ。
懐中時計はエバさんの恰好が英国紳士っぽいイメージなので、それに似合いそうなレトロなものにしてみた。
買った後で、機械類はダンジョン内部では動かない物もあるんだったと思い出したので、慌てて実際に動くかどうかを確かめてみたのだが、レトロな手巻き式の物だったおかげなのか、無事に稼働してくれて安堵した。
低反発クッションは、実は斥候ギルドでの一件の後で追加で買い足した分だ。かなり大きめのクッションで、全身をゆったりと預けられるタイプだ。
低反発クッションと低反発枕を選んだのには特に深い理由はない。なんとなく、ダンジョン街には珍しい素材かも? と思っただけだ。でも案外、魔物素材でこういう手触りのものもあるかもしれないし、そこまで珍しいものではないかもしれない。
これでも全然、エバさんがくれた魔道具の価値には追い付かないだろう。だけど、希少な魔道具の価値に釣り合うような物なんか、俺が全財産を差し出しても用意できるはずないのだ。要は気持ちが大事なんだと開き直って、エバさんに丁重に差し出した。
「子供がそんな気を遣うでない」と言いつつも、お礼はちゃんと受け取って貰えた。良かった。
「ラーメンの種類が増えたんですね」
エバさんが食べていたのが豚骨ラーメンだったので、ついそんな感想が漏れた。この食堂では以前は醤油と味噌の二種類だけを取り扱っていたはずだ。
「そうなのである。現在、ショウユ、ミソ、トンコツ、塩の四種類になった。そのおかげでますます足繫くこの食堂に通う機会が増えたのだ」
エバさんが解説してくれた。
「そうだったんですか」
「いらっしゃい。トキヤさんは何にしますか?」
この食堂で働く従業員であるドモロさんがこちらに寄ってきて、メニューを渡される。俺にはこちらの文字は読めないけど、一緒に掲載されている写真で内容は大体予測できるようになっている。
「えっと、向かいに座らせて貰っていいでしょうか?」
「うむ、座るがいい。食堂も昼時で混んでいるのである。遠慮するでない」
エバさんの向かいに座らせて貰って、改めてメニューを眺める。
「この串焼きセットは、お肉の種類が違う感じですか?」
「そうです。羊肉や牛肉、豚肉に鶏肉など、色んな味が一度に楽しめるセットですよ」
色味の違う肉串セットが目を惹いたのでドモロさんに確かめてみると、やはり様々な種類の肉を使っているらしい。
「ではこれでお願いします」
「はい、串焼きセット一つですね。了解ですー。店長、トキヤさんから串焼きセット一つ、ご注文が入りましたー!」
「あらトキヤくん。お昼をうちに食べに来てくれたのね。嬉しいわ」
「よく来てくれた。沢山食べていってくれ」
ドモロさんの掛け声で俺の来店に気づいて、忙しい中なのに、シェリンさんとジジムさんも厨房から顔を出して挨拶してくれた。
「こんにちは。今日は普通に客として食事をしに来ただけなので、気を遣わないで下さい」
二人に挨拶して軽く頭を下げる。
串焼きセットはとても美味しかった。色んな種類の肉を一度に食べられるっていうのも、家庭では中々味わえない贅沢だよな。
しかも、ジジムさんが俺に小さい丼に少量の豚骨ラーメンまでおまけして持って来てくれた。串焼きセットにもパンがついているのにだ。おかげでお腹が限界までいっぱいになったけど、これもまた美味しく頂いた。
食事をしながら、エバさんと地球とこちらの本の分類の違いについて、少し話したりもした。
歴史、創作、芸術、娯楽、実録、啓発、学術、日記、恋愛、技術、図鑑、辞典、絵本、教科書……などなど、大抵のジャンルでは似た分類はあるようだ。ただ、漫画に似た物はやはり、これまではこちらには存在しなかったそうだ。なので非常に興味深く読んでいるとエバさんからコメントを貰った。
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