第128話 高原と霧の街レーベ
今日は北海道帯広市にある特殊ダンジョンの中にある街に行ってみる予定だ。斥候ギルドは複数のギルドを不定期に行き来した方が、罠の配置に慣れないので鍛錬になるとマレハさんから言われたので、キセラの街、セトの街、そして今日行く街のギルドの三つに不定期に通うのだ。
今回は前回のように、昼食を新しい街で食べる予定は入れていない。たまには外食も美味しいし物珍しくていいのだけど、やっぱり気疲れする部分もあるので、そう頻繁にしようとは思えなかったのだ。
そんな訳で人形達全員を連れて、ゲートの行き先を設定してから扉を開けたのだが、ゲートが繋がったその先は、完全に真っ白な状態だった。
(え? 白い? なにこれ)
一瞬、こちらの頭の中まで真っ白になってしまった。予想外の景色に動きが止まる。
(雪? 積雪で真っ白になってるとか? 北海道の特殊ダンジョンだから? いやいや、ダンジョン内の気候と外の地域の気候は一致している訳じゃないし、そもそも北海道は気温こそ寒いけど、積雪はそこまで極端に多くないはず。そもそもこの白いの、雪が積もってるって感じじゃないし)
やや混乱しながら、スマホで「北海道 特殊ダンジョン 街1 白い」とキーワードを入力して調べてみたところ、この白いのは霧だとわかった。
ここの街はかなり標高が高い場所にあるらしく、天気が悪いと辺り一面が真っ白な霧に包まれて、まるで視界が効かなくなるそうだ。
ゲートは特殊な方法で空間を繋げているので、繋がった先が水中だろうが霧だろうが、それがこちら側に流れ込んできたりはしない。だからあちらは霧で真っ白という状態なのに、こちらの部屋にはその霧は少しも入ってこないのだ。……そのせいで、余計にシュールな光景になっているが。
(どうするか、この街の斥候ギルドに行く予定を変更するか?)
俺が今後の予定を悩んでいると、さあっと波が引くような速度で霧が晴れて、ゲートの向こうに街の景色が見えてきた。
赤い屋根に白い木の壁で作られた建物が、三階建てから四階建てくらいの高さで立ち並んでいる。建物の色彩が揃っていて、統一感のある街並みだ。
(丁度霧が晴れてきたな。これなら大丈夫そうか)
先程まで真っ白に染まっていたのが嘘のように、短時間で霧が晴れていく。
ゲートを潜ると、先程まで霧で覆われていたからか、ひんやりと冷たい空気が肌に触れた。
視界の先には街壁が長く続いていて、外に通じる大きな門があった。出口近くの公園に出たのだから当然だが。
門に近づいてそこから街の外の景色を眺めてみると、瑞々しい高原が見えた。オレンジと黄色の中間のような色のユリ科の花がところどころに咲いていて、見応えのある綺麗な景色が広がっていた。遠くには、丈の短い笹が群生しているのも見える。
背の高い木は見渡す限りなく、低木か草しか生えていなかった。標高が高いからだろうか。
門から踵を返して、今度は街中に足を向ける。足元は剥き出しの土を踏み固めた状態のままだった。そして街のところどころに、扉のついた丸い建物がある。あれはなんだろうか。公衆トイレにしては小さいし、他の建物にも繋がっていないように見えるけれど。
(あ、また霧が出てきた)
一度晴れたので大丈夫かと思って街中をのんびりと散策していたところ、ぶわっと強めの風が吹いたと思ったら、また辺りが一気に真っ白に染まっていった。先ほど霧が晴れた時と同じように、あまりの速さで周囲が真っ白に染まっていくものだから、呆然とそれを眺めてしまって、思わず逃げそびれてしまった。
(え、どうしよう。こんな真っ白だと、ステータスボードの緊急脱出システムも立ち上げられないんだけど)
気づいたら辺りは真っ白になっていて、立ち往生してしまった。一体どうしたらいいのか。
「そこの子! ボケっと突っ立ってないで、こっちにおいで!」
俺が途方に暮れていると、白い霧の向こうから声だけが届いた。女性の声だ。多分これは俺に向かって声を掛けてくれているのだろう。
「気配察知か俯瞰があれば、こっちの方向がわかるだろう? 持ってないかい?」
その声にそう言われて、スキルの存在を思い出す。スキルを使うと声を掛けてきた人がどちらの方向にいるのかわかった。
「はい、方向がわかりました。今向かいます」
返事をして、一歩踏み出す。気配で方向がわかっていても、視界が効かない状態で歩くのはちょっと怖いな。
「っ!」
そこで急に、冷たい金属質の手に手を取られて、すごく驚いた。だがすぐに、一緒にいた人形達の誰かだと思い当たる。どうやら人形が俺を先導して、目的の方向に手を引いてくれているらしい。
(そういえば人形は閃光でも視界が効くみたいだし、この霧でも問題ないのか)
人形に一体どんなふうに世界が見えているのか気になって、スキルを持つ黒檀に視覚共有を使ってみたけど、それで感じた視界は白いままだった。どうやらスキルを使って俺が見る景色と、人形が実際に見ている景色は違うものらしい。
転ばないように慎重に歩いて、声を掛けてくれた女性のいるところへと辿り着く。その声の主が導くままに建物の内部に入った事で、ようやく霧から逃れて視界が自由になった。
「ありがとうございました。おかげで助かりました」
先導して建物に入れてくれた女性に、頭を下げてお礼を言う。
その女性はやや大柄な以外、地球人と変わらない見た目をしていた。オレンジっぽい赤毛に赤い目をしている。
「この街は初めてかい? ここの街は地下道への入口があちこちに開いてるから、霧が出そうな天気の時は、そっちを通った方がいいよ。それかさっさと退散するかだね」
肩を竦めてしごく冷静に忠告される。外の真っ白な霧も、ここの住人にとっては日常茶飯事なのだろう。まるで慌てた様子がない。
「地下道ですか?」
「街のあちこちに、地下への入口があるんだよ。そっちは扉がついてるし、霧除けの魔道具が設置してあるから、中は普通に歩けるんだよ」
「そうだったんですね」
(あちこちにあった丸い扉のついたアレは、地下道の入口だったのか)
今更だが、もっと詳しく街の特性を調べてから訪れれば良かった。そうすれば霧が出てきた時、すぐに地下道に避難できただろうに。
「まあ、今度からは気を付けるこったね。雲に入る時とかは、一気に真っ白になるからね」
「雲? 霧じゃなくてですか?」
不思議に思って聞き返すと、また肩を竦められた。
「どっちも似たようなもんさ。この街は標高が高いから、時折雲の中にすっぽり包まれる事もあるし、天気が悪けりゃ、一面が霧になる事もある。結果としてはどっちも街中白くなるから変わりゃしないよ」
「なるほど……」
どうも、霧も雲も中に入れば同じものらしい。原理としては似たようなものなのは知っているけど、実際にこうして体感するのは初めてだ。霧と雲って体感では区別がつかないものなんだな。
「あとは、目が見えない状況でも、感覚でステータスボードを操作できるようになるか、そこの人形に代わりに操作を覚えておいてもらうかした方がいいんじゃないかい」
「人形にですか?」
意外な助言をされて、俺は目を瞬く。ステータスボードって、自分自身にしか操作できないものだと思っていた。
銀行やギルドなどで提示する時も表面を見せるだけで、受け取った相手が操作している様子はなかったし、非表示項目を勝手に表示に変えられたら困る事もありそうだ。
「そうさ、人形は人と違う見方で世界を見てるから、こういう景色でも「視える」からね」
それは先ほど、霧の中を手を引かれて先導された時に感じた事だ。
「なるほど、人形でもステータスボードを操作できるんですか?」
「自分の使役する人形なら操作できるよ」
どうやら他人にはやはり、ステータスボードは操作できないらしい。自分の使役する人形だからこそ、ステータスボードの操作が可能になるようだ。
良い事を教えてもらった。それなら今度、人形達にステータスボードの緊急脱出システムの使い方を教えておかないと。
「そうだったんですね。教えて下さってありがとうございます」
改めてお礼を言って、ようやく周囲を眺める余裕ができた。女性が俺を入れた建物は、お店の店内のようだった。細かい品物が沢山置いてあって、雑然とした印象を受ける。でも魔道具店と違って、もっと日常に根差したものを取り扱っているようだ。クッションとかコップとかマグカップとか、日常で使うものが多めに置いてあるのが見えた。
「ここは雑貨屋さんですか」
「そうだよ。まあ別に、一時避難させたからって買い物しなくってもいいよ」
助けてくれたからと言って、無理に買い物しろとは言わないらしい。ちょっと愛想のない感じもするが、押しつけがましくなくて気楽な感じだ。
「折角だから、ちょっと店内を見て回っていいですか?」
「好きにおしよ」
小さな店だったので、人形達には入口で動かず待っていてもらって、一人で細々とした品を見て回る。
その結果、大きさと形が気に入ったマグカップを自分と父と兄用に、それと親指ほどの大きさのガラス細工の猫が、色違いで揃っていて可愛らしかったので、母と姉のお土産にいいかと思って二つ購入した。色は二人に好きなものを選んでもらおう。
(男性陣は部屋にこういう小物が置いてあっても、掃除が大変だって思うだけで扱いに困る感じだけど、女性陣はこういうのを飾るのが結構好きみたいだからな)
それぞれの好みを考えて、お土産を実用品と置物とで分けてみた。
「それでどうすんだい? 店の中にも地下道への入口はあるけど、使うかい?」
買い物を選び会計を終えたら、店長の女性にそう訊ねられた。
「お店の中に入口があるんですか? それだと、閉店中はどうするんですか?」
店内から地下道に直通で行けるのはそりゃあ助かるけど、閉店中に店内に入ってこられるのも困るのでは、と思って聞いてみた。
「閉店中は地下道との出入り口にも鍵をかけて、閉店中の札をかけるから大丈夫だよ。この街はわりと頻繁に、霧で地上を移動しにくくなるからね。ゲートも最初から地下道に出るのもあるくらいだし。うちらもここで暮らす為に、それなりの工夫をしてんのさ」
あっさりと答えられる。なるほど、店内の側から鍵が掛けられる仕様なのか。
「そうだったんですね……。では、地下道で移動してみます」
折角街まで来たのに目的地まで辿り着かないまま終わるのも中途半端でモヤモヤするなと思って、地下道を移動してみる事に決めた。店主に斥候ギルドの地図を見せて、地図が合っているか、地下道の場合はどう行けばいいいかも確かめさせてもらう。
「そうだ。この街の名前と、店主さんの名前を聞いてもいいですか?」
店を出る前に、肝心な事を聞いていなかったと、慌てて振り返った。
「この街の名前はレーベだよ。あたしの名前はマキナさ」
「俺は鴇矢。鳴神 鴇矢といいます。今日は色々とありがとうございました」
無事に街の名と雑貨屋の店主さんの名前を聞いて、店内に設置された地下道への扉から店を出た。
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