第126話 友達みんなで食事会  後編

 食事会開始から一時間以上が経って、みんなかなりお腹がいっぱいになってきて、食事中心から会話中心にシフトしてきた。

 俺は大人達の一部が集まって話をしている輪の中に入って、気になっていた質問をしてみた。

「あの。渡辺さんの集落に、一度様子を見に行ってみるって話はどうなりましたか?」

「行ってきたぞ。俺もシギも将来的な移住を決めた」

 アルドさんにさらりと答えられた。

「もう行って来ていたんですか」

 二人ともいずれはこの街から引っ越して、渡辺さんの集落に拠点を移すと正式に決めたらしい。

「あそこの集落の料理の先生の腕が素晴らしくて、感銘を受けました。彼女とは、ぜひ一緒に食堂を経営したいです。ですので早く食堂を経営できるよう、30層まで到達する為に、攻略を頑張りたいです」

 シギさんは頬を僅かに紅潮させて、熱心にそう語った。その料理の先生を心から尊敬しているようだ。この様子ならそのうちに、渡辺さんの集落に日本食の食堂ができそうだ。


「温泉の泉質もいい感じだった。それと、あちらの建築様式で建てられた建物が居心地良かった。俺の集落での新居にも、「タタミ」というのを敷けるように、あちらの職人に設計と建築を任せるように手配してもらった」

 アルドさんはどうやら、日本式の家を建てる事にしたらしい。日本の大工に建築を任せるって、ダンジョンでもそんな事ができるのか。こちらの世界で建物を建てる日本の大工さんの姿を想像すると、ちょっとシュールな気がした。

「畳ですか。確かにそれだと素足で動き回れるので、気持ちいいですよね」

 俺も靴下やスリッパよりも素足の方が好きなので、気持ちは理解できる。

「この街の大工はこれから忙しくなる。あちらの大工に頼めるなら、その方がいい」

「? これから何かあるんですか?」

 街の大工が忙しくなると確定している出来事が、何かあるのだろうか。俺が首を傾げていると、それまで黙ってこちらの会話を聞いていたシェリンさんが話に加わった。


「実は、本の宅配に関して、今あちらとの話が進んでいる最中なの」

 シェリンさんは世間話の一環としてその話題を出した。俺が関わっているとは、その言い方ではわからない。わざとそうしているのだ。

 今日の食事会に参加している面子はみんな俺の知り合いで信頼できるけど、下手に知らせて余計な事情に巻き込むのも良くないから、本の導入に俺が関わった事や、それで功績が記載された件については、早渡海くん以外には知られないままの方が良さそうだ。

「あちらの役人さんが、インベントリで山ほどの本を運んできてくれたそうよ。それでもまだまだ、とりあえず持ってきただけの一部でしかなくて、場所さえあればもっと持ってくるって言うんだから、街役場の役員達が驚いたって聞いたわ。あちらにはたくさんの本があるのね」

 続く説明で、政府の役人さんが大量の本を搬入してきたと語られる。

(これ多分「日本政府が本の規制をしている」って誤解を解く為に、急遽持てるだけ持ってきたって感じがするな。こちらの住民に変な誤解をさせるきっかけになってしまって、申し訳ない……)

 キセラの街の担当の役人さんに、心の中でこっそりと謝っておく。


「それで今、あちらに関連する建物を作る話が出ている。街の壁の一部を新たに外側に作り直し、内部を拡張して、あちらの本の専用図書館と専用本屋、それと領事館を作る計画が立案中だそうだ。街の中にはもう、大きな建物を建てる空き地がないからな」

 アルドさんがシェリンさんの説明を引き継ぐ。

「え? 街の敷地を広げるんですか? それに、領事館ですか?」

 専用図書館と専用本屋に関しては確かに俺が以前提案した訳だけど、領事館は完全に予想外だ。

「ふむ、あちらとの関係を、一歩踏み込む事にしたか」

 話を興味深そうな様子で聞いていたエバさんも、ほうと感心したように息を漏らした。

「まだ、他の街には領事館などどこにもない。この街が最初の領事館を建てた街となるのである」

「最初っ!?」

 エバさんの注釈にまたも盛大に驚かされる。ダンジョン内にはまだ、どこの国の領事館も存在しなかったのか。キセラの街がその一番最初になるなんて、すごいニュースだ。


「街の敷地を広げるのは、ここがシステムから街と正式に認められて以来になる。大工や石工達は大仕事を前にして、その準備で大忙しだ」

 アルドさんは肩を竦めてそう言った。

「領事館は、あちらの役人さんが常駐する建物なの。今までも数日に一回は役人さんが街役場に顔を出していたのだけど、これからはもっと迅速に、緊密な情報のやり取りをしたいから、こちらに役人を常駐させたいって要望があったそうよ」

 シェリンさんが領事館についての説明を補足してくれる。

(……まあ、情報の行き違いの数日の遅れが致命的になる可能性はあるもんな。政府も常駐の人を送り込めるなら、その方が安心できそう)

「街役場が公的施設として場所を用意して建物を作って、そちらに貸し出す事に決めたそうなの」

 知らないところで随分と話が進んでいたらしい。それにしても、まさか政府が領事館を要求するとは思わなかったな。そしてそれが叶えられた事に驚きだ。これまでどの街にも領事館がなかったのは、街側がそれを断ってきたからじゃないのかな。

「そうだったんですか。ここの街役場は、要望を飲んだんですね」

 意外とこの街の街役場の役員の人達は、日本政府に対して友好的なようだ。今後はもっと、街と政府の交流が加速していくのかもしれない。

「ああ。領事館の建築資金はそちらの政府が全額出すと約束したそうだし、専用図書館に置く本も、要望を叶えた礼として、かなりの冊数が無料で提供されるそうだ。今街役場に運び込まれている大量の本は、その一部として受け取っていいそうだ」

 どうやら街役場に運び込まれた本は、図書館が完成したらそちらにまた移されるようだ。


「大量の本か。読みごたえがありそうではないか」

 エバさんも髭を撫でつけてご満悦な表情だ。

「図書館も本屋も領事館も、かなり大きな建物になる予定らしい。久々の大物建築に腕が鳴ると、大工連中も嬉しそうだったぞ」

 それなら確かに、他の集落まで家を作りに行っている暇はないだろう。大工さんが忙しいのも納得だ。

「それじゃあこの街もそのうちに、第四街区まで増えるんですか?」

 キセラの街は他より小さめだと聞いている。これを機会に街全体を広げたりするのだろうか。そう思って質問すると、アルドさんが難しげな表情で首を傾げた。

「どうだかな。外壁を作り変えるとなれば大工事だ。今回の一部拡張だけでもかなりの規模になる。これ以上、すぐに街全体を広げる話にはならないのではないか? ……それに、この街を大きくするよりも、他の村や集落を街に昇格させるよう、システムから求められているしな」

 アルドさんの答えにまたまた驚く。


「システムがそういう要求を、街に出したりするんですか?」

「ああ、ここの特殊ダンジョンには、街がまだ一つだけしかないから、可能ならばもっと増やすように、街役場宛てに通知が来たそうだ」

 やはり、運営方針に口出しがあるらしい。ダンジョン内部に暮らす身として、住人達はよっぽどの事がなければ、システムの方針には逆らえないだろう。……という事は、弓星さんや渡辺さんの村や集落を街へと昇格させる為に、ここの街役場があれこれ手助けしているのもまた、システムの意向となる訳だ。

「そうなんですか。システムはダンジョンに街が増えて、繁栄するのを望んでいるんでしょうか」

「そうだろうな。街役場の運営資金を出したり、店舗に補助金を出したりしているくらいだし、人の営みを歓迎しているのだろう」

 言われてみれば、システムは一貫してダンジョンに人を集めているように思える。

 地球の人達にダンジョンを攻略させる為にドロップアイテムを充実させたり、救済ダンジョンを実装して、より多くの人が訪れられるようにしたり、ダンジョンは常に人を増やそうと誘導している。

 内部に住まう人達に対しても、人を増やし街を増やすよう求めるのは、システムからしてみれば、ごく自然な振る舞いなのかもしれない。


「そうそう。そのうちに紙類も、宅配で取り扱えるようになるのよ。できるだけ早く、紙専門カタログを用意して持ってくるって、役人さんが約束してくれたそうなの」

 シェリンさんから更に追加の情報がきた。今度から本の他に紙も、宅配での取り扱い商品になるそうだ。

「それは良かったです。紙も色んな種類があるので、きっとカタログを見るだけでも楽しいですよ」

 透かし入りの紙とか模様入りの紙とかもあるし、色も豊富だし、紙はとても色んな種類があるのだ。そのカタログともなれば、きっと見ごたえがあるものになるだろう。正直、俺も見てみたいくらいだ。

「そうなのね。今からカタログが届くのが楽しみだわ」

 シェリンさんは本当に嬉しそうだ。こうして本の導入で喜んでいるのを見ていると、俺にもじわじわと喜びが込み上げてきた。

 自分がやったのは提案だけだけど、それでもそれが彼らの役に立ったなら嬉しいな。




 その後、食事会の終了予定時刻になったので、みんなにそれぞれ挨拶をしてから解散となった。

 ジジムさんとシェリンさんは、母の持たせてくれた差し入れのお重やタッパーに、たくさんの料理を詰めてお返ししてくれた。これは夕飯に家族みんなで食べさせてもらおう。

 みんなもそれぞれ楽しめたようだ。雪乃崎くんや早渡海くんも、エルンくんやシシリーさんと仲良くなったり、ガイエンさんやホルツさんから街の話を聞いたり、ジジムさんやドモロさんから地球の名物料理の話をねだられたりと、そちらはそちらで色々とあったようだ。


「じゃあ俺はエルン達と、お店の飾りつけを片付けてから帰るから、みんなは先に帰っててねーっ」

 更科くんに背を押されて、店の入り口へ送られる。

「俺も伝おうか?」

「僕達も時間もあるし、片付けくらい手伝うよ?」

 俺と雪乃崎くんがそう申し出るも、更科くんは笑顔で首を振って譲らない。

「ううん、今日は俺達でやるよ。みんなは招待客だからさ」

「そんなの気にしなくていいのに」

「……ツグミはこういう時、言い出したら聞かない」

 早渡海くんは早々に諦めて、背を押されるがままに店の入り口の扉を潜った。流石幼馴染だけあって、更科くんの行動をよく理解しているようだ。

「任せてちょうだい、ちゃんと最後まで綺麗にするから」

「ああ、食事会を企画した者として、片付けはぼくらが責任を持って行う。トキヤ達は気にせず帰って構わないぞ」

 シシリーさんとエルンくんも更科くんに加勢して、俺達の背を押して送り出そうとする。ここまで見事に結託されると逆らいようがない。

「そうそう! いいからいいから。俺達に任せてよっ。それでまたそのうち、みんなで集まる機会を作ろうねっ。今日はすごく楽しかったから!」

 テンションの高い更科くんにそんな感じで勢いよく送り出されて、楽しく賑やかな食事会は終わりを告げたのだった。

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