第84話 キセラの街の創立祭・打ち上げ その1
ラーメンは出された以上、食べないとのびてしまう。なので手伝い組の面々は、とりあえず食事に集中する事になった。
ジジムさん達がまだラーメンを茹でたりしているので手伝いをした方が良いのだろうけど、「こっちはいいから、先に食べ始めちゃって!」とシェリンさんに強く言われて止まったのだ。
幸いなことに人形達は全員、彼らの手伝いを続行してくれている。ここはお言葉に甘えて休ませてもらおう。
「ようやくラーメンを思う存分食べられるな」
アルドさんはさっさと切り替えて、ラーメンを啜り始めている。俺達も顔を見合わせて、誰かのお腹がぐーっと鳴ったのに苦笑しあって、食べ物の消費側に回った。
俺は昼間は食べれなかった羊串や牛串に齧り付く。更科くんは商売敵(?)だったスープパスタに手を伸ばし、エルンくんはクレープに。シシリーさんはどれにしようかだいぶ迷ってから、鳥串とスープじゃない方のパスタに手を伸ばした。
ラーメンと一緒に、あっという間に最初に取り分けた分を食べ終える。間にちょくちょく間食してはいたけど、それ以上に働いたから、お腹が空いていたのだ。
「次はこれにしよっ」
更科くんが次の品に手を伸ばす。俺もここは遠慮なく食べようと思い、次の品を皿の上に取り分けた。みんなテーブルの上の食べ物の山から、それぞれが食べたいものを選んでいく。飲み物も色んな種類が積んであったから、その中から各自好みのものを選んだ。
そうやって夢中で食べてお腹がある程度満たされると、ようやく少し落ち着いた気分になる。と同時に、今日一日の疲れがどっと押し寄せてきた。
「おー、食べてるか? お疲れーっ。まだ食べれそうなら、おにぎりもあるよー?」
声を掛けておにぎりを数個ほど、こちらのテーブルに追加したのは渡辺さんだ。彼の手にはラーメンの器がある。
「あー渡辺さん。……お疲れ様ですー」
俺と同じくだいぶお疲れの様子の更科くんが、キレのない返事を返す。
「ここ、お邪魔していーかい? オレももー草臥れちゃってさ!」
言うのと同時に空いている椅子に座る。言葉のわりには元気いっぱいの様子だけども。なし崩しに、ここの打ち上げの人員に渡辺さんが加わった。
「そっちの子達は会うの初めてかな? 俺は渡辺 結弦ね。よろしくーっ」
そういえば朝、屋台の準備中に渡辺さんがおにぎりの差し入れに来た時は、アルドさんとエルンくんとシシリーさんは、水の補充でちょうどいなかったんだっけ。でもアルドさんとはもう顔見知りらしく、渡辺さんの視線はエルンくんとシシリーさんの二人に向いていた。
「エルンだ。アルド兄上の弟で、ツグミのパーティメンバーだ」
「私はシシリー、ツグミのパーティメンバーよ」
二人もさらっと自己紹介を返す。
「いやあ、そっちの屋台、随分盛況だったねえ」
飲み物を手に取りながら、渡辺さんが話を続けた。
「そういう渡辺さんの屋台も、繁盛してたみたいですね。途中で何度か、こっちまで悲鳴が聞こえてましたよ?」
更科くんもテーブルに積まれた食べ物の中から、好みのものを手に取りながら会話を続ける。
「あちゃー、俺の魂の叫びがそっちまで聞こえちゃってたかー。塩むすびなんてそこまで受けないだろうって、お客さんはそんな来ない想定だったのよ。なのに在庫がすぐになくなっちゃいそうになって、大慌てでさー。途中でインベントリから人形出して、米研ぎやらおにぎり握ってもらうのやらやってもらって、やっと捌いたよー!」
(渡辺さんも人形使いなのか)
昼間、隣の屋台の裏でやたら白い蒸気が上がっているなとは思っていたけど、どうやらご飯を新たに炊いて、そのご飯でおにぎりをどんどん作る事で対応していたらしい。
「この白い主食の塊か。味が薄くて淡泊な分、屋台の濃いめの味付けの食べ物によく合うぞ」
「そうね。他のおかずと合わせて食べるにはちょうどいいわ」
エルンくんとシシリーさんがラップに包まれた塩おにぎりを手に取ってそう言った。それがそのまま、渡辺さんの屋台が繁盛した要因のようだ。屋台の食べ物って基本、濃い目の味付けのものが多いもんな。
「うー、他の食べ物と合わせてってのは最初から想定してたけど、あんだけ繁盛すんのは想定外よー!」
屋台の繁盛は悪い事ではないだろうに、渡部さんが頭を抱える。
「それだけ見込み違いだったのに、よく材料が足りたな」
アルドさんがおかわり3杯目のラーメンの器を空にしてから、顔を上げて言う。
「そりゃ、材料が米と塩だけだし。しっかり者のエンデンさんが口を酸っぱくして、在庫は大量に確保しておけって言うもんだから、余ったら家で消費すりゃいいやって、めっちゃ大量に仕入れておいたのよ。でもオレとしては、のんびり暇な屋台をやりつつ移住者を募集するつもりだったんだけど、そっちは完全に当てが外れちゃったねー。忙しすぎてそれどころじゃねーんだもん」
(そういえば、屋台は移住者募集の一環だって、シェリンさんも朝に言ってたっけ?)
屋台が繁盛しすぎて、目論みが外れたらしい。
「そういえば渡辺さんって、キセラの街からだいぶ離れた場所に、新しい街を作ろうとしてるんでしたよね? かなり遠いって聞いたから、俺もまだ行った事ないですけど。どうしてそんな不便な場所に、街を作ろうと思ったんです?」
更科くんが不思議そうに質問した。確かに、個人用のゲートを設置すればどこにだって家を作れるとはいえ、そこまで僻地だとちょっと不便だろう。何故そんな離れた場所にしたのかは気になる。
「あー、オレは別に、最初は街とか作るつもりは全然なかったのよ。単にこの周辺で、幻獣を遊ばせられる広い敷地が欲しいなーってだけでさ」
(渡辺さんは人形使いであると同時に、テイマーでもあるのか)
幻獣はレベルが高くなると大きくなる個体も多いらしいし、私有地を自分で開拓するなら、幻獣用にできるだけ広い敷地を用意してあげたくなるのは理解できる。
「で、この辺りを見て回ってるうちに、うっかりめっちゃ遠くまで出向いちゃって、そこで見つけちゃったのよ。……温泉を」
もったいぶった言い方で、その地を選んだ理由が明らかにされた。
「ああー、温泉。それじゃ仕方ないですね。俺もその場所に居着いちゃうかも」
「温泉の魅力には抗えませんね。日本人にとって、自家用温泉ってかなりの憧れですし」
その単語に、更科くんと二人して、うっかり思い切り同意してしまう。
「掌を返したような納得の仕方だな。そんなに特別なものなのか?」
「温泉って、そんないいものなの?」
呆れ顔のエルンくんと、懐疑的なシシリーさん。二人はどうやら温泉に入った事がないらしい。それは勿体ない。ついつい二人にも温泉の良さを勧めたくなる。
「温泉はねー。やっぱ格別だから」
「その、俺達の民族って、特別に風呂好きっていうか。温泉は癒しっていうか……」
何故か擁護というか、言い訳を始める俺達。だって温泉は良いものなので。
「そそ、オレも温泉が地面から湧き出てるの見てテンションマックスになって、ここに俺の家を作るぜー! って、もう張り切っちゃってさ。そんで何年もかけて人形と幻獣と一緒に森林開発して敷地広げて、夢のマイホーム作成に邁進した訳よ。つい張り切り過ぎちゃって、幻獣用の小屋とか何軒も作っちゃったりねー。んで、5年くらい前かな? ここの街役場からオレの敷地を視察に来たエンデンさんに、街を作らないかって誘われてさ。そんでまあ、自分のパーティメンバーとかも移住に誘って、街作りを開始した訳」
「そうだったんですか」
「それでそんな辺鄙な場所に、いきなり街を作るって話になったんだー」
渡辺さんに経緯を説明されて納得する。最初は単なる個人の私有地だった訳だ。そして温泉があって、広い敷地が開拓されていたのを街役場の人が見て、街作りの話が出たと。
「温泉以外には魅力はないのか?」
エルンくんが質問する。
「えー、周りは森ばっかで、山を越えたら海があるって事くらいかなー?」
渡辺さんが首を傾げて、やや困った表情になった。温泉以外の魅力と言われても、咄嗟に思い浮かばなかったのかもしれない。
「それは魅力なの?」
「海産物は魅力じゃね?」
シシリーさんと渡辺さんが、顔を見合わせて二人で首を傾げている。
「でもゲートひとつで、海産物取り放題のダンジョンまで行けるよね?」
更科くんが指摘する。残念ながらここでは、ただ海に近いってだけでは魅力になりえないのか。
「その山向こうの海って、海水浴に向いた感じの海なんですか?」
俺も訊ねてみる。もしオルブの街みたいにできるなら、将来的には観光客を呼べる資源になると思うんだけど。
「うーむ。海はどっちかってーと日本海っぽい感じだから、夏は海水浴できるけど、南国リゾートって雰囲気はないなー。……他の街の魅力ねえ。……俺のパーティメンバーの奥さんが一緒に移住してきてんだけど、その奥さんがすっごい腕前の料理人で、日本食を色々と作ってくれる事とか?」
むむっと頭を悩ませて、渡辺さんが答える。
「それなら食堂を経営したらいいんじゃないでしょうか? こっちでは本格的な日本食を提供できる食堂は、まだ他にはないでしょうから。大きな魅力になりそうです」
ちゃんと魅力になりそうな武器があるじゃないか、と俺もつい口を挟む。日本食を提供できるって、大きな持ち味だと思う。しかも腕前がすごい料理人なら尚更。
それに日本海系の海なら、南国とはまた違った海産物が取れそうだし。食堂で海産物を活用できれば、移住も少しは進むんじゃないかな?
「んー、でもその奥さん、食堂を経営する資格がないんよ。まだ10層にも到達してなくて、旦那の同居人枠で移住してきたくらいだし。誰か別の人が代表で店舗を経営してくれれば、話は別なんだけども」
どうやらその人は、ワールドラビリンスの30層超えという、店舗経営の資格を持っていないようだ。そりゃそうか。世界最高峰のシーカーでようやく30層超えたところだって話なのだ。普通の一般人が店舗経営資格を持っているはずなかった。
「30層を超えてる人って、住人にはいないんですか?」
キセラの街からの移住者に資格持ちの人がいれば、協力してもらえないだろうか。
「やー、それが、街役場の役員のエンデンさんの他は、偶に進捗の様子を見に来る銀行からの出張員のロッテルドさんくらいしか、資格持ちがいなくってさ。この街との道も作りかけで、まだ繋がってもいない状態だしさー。居住権持ってない人にとっては不便だろね」
渡辺さんが肩を竦めて溜息をつく。資格持ちは、街役場の人と銀行の人だけか。ダンジョンにおいてその二つは、公共施設という区分にあたるそうだ。そして公共施設に勤める人は、普通の店舗との掛け持ちは不可という決まりだとか。
つまり渡辺さんの集落にはまだ、普通の店舗を持つ予定の人が一人もいないようだ。それでは食堂は経営できない。
「ダンジョンに居住権を持てるようになると、地球だけじゃなくてダンジョン内部にもうひとつ、個人用のゲートを設置できるようになるんでしたっけ。……それなら確かにどんな僻地でも、「自宅にする分には」問題ないですね」
更科くんがさりげなく止めを刺す。彼は将来ダンジョンに移住するつもりだから、10層で得られる居住権に詳しいようだ。
俺も最近、居住権について調べてみた。
まず、一度でもダンジョンに行くと自動で得られる権利。犯罪を犯さない限りは誰でも使える権利がある。
「ダンジョン街で誰でもできる権利(ただし犯罪者以外)」
・街の住人同士や、ダンジョン外部からの来訪者と、金銭や物々交換などで取引する権利
・店舗で買い物する権利(食堂での食事や宿屋での宿泊なども同じ権利)
・銀行で銀行カードを作り、カードを利用する権利
・ステータスボードが使用可能になる
・ゲートを使用する権利
・一般開放されている公共施設を使用する権利(住人専用など、一般開放されていないものは別扱い)
ここまでは、一度もモンスターと戦っていなくても、ダンジョンに入った時点でついてくる。普段特に意識もせずに、みんなが当たり前に使っている権利だ。
次に、ワールドラビリンスの10層まで到達する事で初めて得られる方だ。
「10層到達権利」
・ダンジョン内に居住する権利
・登録者を自分の家に同居させる権利(同居登録した相手も言語スキル、仮設ゲートの利用などができる。ただし登録した相手を犯罪などを犯した場合、登録した方にも責任が生じる)
・住民専用の図書館を利用する権利(一般図書館は誰でも利用できる公共施設。住民専用図書館とは別に存在する)
・言語スキル自動付与(どんな言語でも言葉が通じ、文字が読めるようになる)
・元の世界とダンジョン内に一か所ずつ自前のゲートを保持できる
・未開拓の土地を開拓し私有地にできる権利(開拓済みの土地は売買でしか手に入らない。開拓権利を持っていないと、ダンジョンの修復力で土地が元に戻る)
・道を作る権利(私有地から街までの道を開発、整備する権利。この権利を持っていないと、ダンジョンの修復力で土地が元に戻る)
・「緊急帰還システム」が使用可能になる(ダンジョン外の世界からステータスボードを使い、転移で帰還できる)
・「要望欄」と「通知欄」がステータスボードに設置される(システムからの通知の受け取りと、システムへの要望を出せるようになる)
・仮設ゲートを利用する権利(集落や村、作りかけの街といった場所に設置される仮設ゲートは、権利持ち以外は利用できない)
俺が調べてわかる範囲では、10層到達で得られる権利は今のところこんな感じだ。もしかしたら、内容に抜けや間違いがあるかも。
これらを調べたのは、いずれダンジョン内に移住するのも選択肢のひとつとして考えたからだ。
地球に暮らしているとどうしても、不慮の事故で死亡するリスクがある。ダンジョン内に住んでいれば、そんな心配はしなくていい。それひとつ取っても重要だと思う。
もっとも、その辺はもっと大人になってから家族と話し合ってから決めるつもりだから、まだ具体的な事は何も決めてないけど。
「それねー。仮設ゲートは10層到達者しか使用できないから、未到達の人には、どうしたって不便だわな」
止めを刺された渡辺さんは、「どうして俺は温泉を捨てきれないのか……」と途方に暮れている。
集落や村に設置してある仮設ゲートは、俺のような10層未到達の者には最初から、ゲートの行き先として表示されないのだ。資格持ちの人が同居人として登録していれば、仮設ゲートや言語スキルも使えるようになるけど。
そもそもダンジョン内に住む資格がない人は移住募集から外しても問題はないのだろうけど、資格持ちの人が中々集まらない以上、未資格の人にも範囲を広げて勧誘していかないと、いつまで経っても人が集まらないのだろう。
「その街予定地は、ここからどれくらい離れているんだ?」
黙って次々と食べ物を消費していたアルドさんが、そこでふと口を挟んだ。
「えーと、確か50キロは離れてるかな。弓星くんが作ってる村の方は、街から10キロくらいの距離だっけ。それと比べるとめっちゃ遠いね。徒歩だと12時間以上かかる計算だし。シーカーの身体能力で強行突破しても結構かかるねー」
(徒歩12時間って、……道を作るにしても結構な距離だな)
渡辺さんも最初はキセラの街の周辺に家を作るつもりだったはずなのに、どうしてそこまで離れた場所まで足を延ばしてしまったのか。せめてゲートが使えれば不便も感じないのだろうけど、そのゲートを使えるようにする為には、人を集めて街にする必要がある訳で。
「……ふむ」
渡辺さんの答えを聞いたアルドさんが顎に手を当てて、何か考え込んでいる。アルドさんが何を考えてそんな質問したのかわからないので、更科くんと渡辺さんはそのまま放置して会話を続ける事にしたようだ。
「弓星さんって、キセラの街の近くに村を作った日本人の人でしょ? あっちも街として整備する予定って聞きましたけどー。渡辺さん、知り合いなんです?」
「ああ、弓星くんとこには、うちの敷地を広げる為に切りまくった木材を卸してるからねー。日本人だと煉瓦より木材建築のが馴染みやすいからって、大量に買い取ってくれてんの。そんで顔見知りよ。ツグ刺し、あっちの村には行ってみた?」
どうやら更科くんも渡辺さんも、キセラの街の近くに村を作っている「弓星さん」という人と、顔見知りらしい。
(煉瓦の家より木造建築の方が落ち着けるっていうのは、ちょっとわかるかも)
あと、家の中まで土足の様式よりも、家の中では裸足かスリッパの方が、断然過ごしやすい。ずっとそういう様式で過ごしてきたのもあって肌に馴染んでいるのだ。
「弓星さんの村には行ってみたよー。のんびりまったりスローライフって雰囲気の、長閑な村だったねー」
疲れて気怠くなっているせいか、渡辺さんが相手だからか、更科くんの敬語が段々と怪しくなってきた。
「なんか、村全体がサナトリウムって雰囲気だったでしょ」
「……サナトリウムって、渡辺さん。人の村を例える言葉として、ちょっとどうかと思いますよー?」
「えー? オレ、もう本人にもサナトリウム言っちゃったわ。弓星くんもなんか、「村人の殆どは静養がてらスローライフしてる人達です」って言ってたしさー。……あ、ちょうど話題の本人あっちにいるわ。おーい! 弓星くーん! こっち来ないーっ!?」
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