第82話 キセラの街の創立祭 その4
「この黒い四角いのは何だい?」
開店早々、匂いの珍しさに屋台の列に並んだものの、得体の知れない黒い物体が入っているのを見て、お客さんが不思議そうに、ラーメンに入っているノリを指して問う。
「これは海藻を乾燥させた食べ物です。美味しいですよーっ」
人懐っこい更科くんが率先して笑顔で答える。「そっか、海藻かー」とお客さんは納得して、そのままテーブル席についた。さっそくラーメンを食べて顔を輝かせ、幸せそうになっている。
「……海藻だったのか」
俺の背後でぽつりと、アルドさんの呟きが落ちた。
(……今まで何だと思って食べてたんだろう)
俺はアルドさんの呟きに、ついそんな事を思ったり。
そんなこんなで、ついに開催した祭りで、ラーメンの屋台の手伝いをしている。
こちらでは珍しい醤油ラーメンだ。それ目当てのお客さんの行列は途切れない。物凄い人数が並ぶ大行列にまではならないのだけど、常時5人以上が列を作っている状態だ。屋台を切り盛りするジジムさんや、全体に目を配りつつそれを助けるシェリンさんは勿論、手伝いの俺達もフル稼働で頑張っている最中だ。
何度も言うけど本当に、人形達がいてくれて良かった。人手が多いって素敵だ。
会計はシシリーさんが椅子に座って対応してる。お客さんはみんなDGをカードで支払うので、会計用の魔道具を通すのも早い。カード支払いだと、お釣りの心配もしなくていいし。
「ふむ、これは他では見かけない変わった食べ物である。一杯もらおうかの」
そんなふうに気取った表情で屋台にやってきた、カイゼル髭にモノクルにシルクハットとステッキを装備した、燕尾服の老紳士のお客さんがいた。
なんとのそのお客さんは、その後に二回も行列に並び直してラーメンをお替りした。そしてその度にラーメンについて「これは一体、どこの食べ物なのだね」「今後はどこに行けば食べられるのかの」「そちらの食堂では、いつから販売を開始するのだ」と、ラーメンを受け取る際にシェリンさんに詰め寄って質問していたので、特に印象深かった。
目立つ格好だったし、あれだけ熱意がある人は中々いない。なんとなくあの人は、アルドさんと同じラーメン中毒になりそうな気配がした。
ラーメンは他の屋台では出していない珍しい食べ物という分類で、コンスタントにお客の注目を集めているようだった。
地球からのお客さんらしき人でも、アジア系じゃないお客さんが偶にラーメンを買って食べていったりもする。アジア系の人にとってはラーメンよりもダンジョン街特有の食材や料理の方が珍しく、優先度が高いのだろう。
俺もダンジョン固有の植物で作ったらしき、果物の飴がけと、日本では見かけないアヒルの唐揚げが気になっている。休憩時間に買いに行って食べてみよう。
ラーメンは屋台仕様で4分の1の麺に少なめの具材で構成されているので、先に他の屋台であれこれと食べ物を買ってきてから、それらと一緒にテーブルでラーメンを食べるお客さんも結構いた。
(屋台仕様で量が少ないからラーメン単品だと物足りないだろうし、他の屋台の商品と一緒に食べるのは正しい食べ方だよな)
ちなみにお隣の渡辺さんのやっている屋台も、結構お客さんが来ているようだ。
「えー!! 奇を衒ってシンプルな塩むすびにしたから、こんなにお客さんが来るの、想定外なんですけどー!?」という渡辺さんのものらしき叫びが隣の屋台から響いてたから、多分あちらも繁盛してるのだと思う。
「これ、すぐにたくさん買えたから、差し入れに買ってきたよー! おやつに食べよっ」
お祭りの開催宣言から一時間ちょっとして、交代でトイレ休憩に入った更科くんが、どこかの屋台のおやき(らしきもの)を短時間で人数分買ってきてくれた。それをお客さんのラーメンを作りながらも隙を見て交代しつつ、それぞれがおやつとして間食する。なんの肉かわからない謎の挽き肉と数種類の野菜を炒めたものが入っている、おやき風の食べ物だ。
「これ、なんのお肉だろうね?」
「食べてもわかんなかった……。ちょっと鳥の肉っぽい感じ?」
俺と更科くんが何の肉かわからず首を捻っていると、シェリンさんがいつのまに食べたのか、小休憩から仕事に戻りながら、俺達の脇を通りかかって答えを教えてくれた。
「多分、ガチョウのお肉ね。ありがとうツグミくん、差し入れ美味しかったわ」
「……ガチョウのお肉って、俺、初めて食べたかも」
「俺はあれこれ食べ歩きしてるけど、鴨とか雉とかダチョウとかガチョウとかアヒルとか、普段食べ慣れてない鳥系は、食べてもすぐ、「この肉だ」って分かりにくいね」
日本の食卓だと、鳥肉イコール鶏肉ってくらいだもんな。他の鳥肉にはあまり馴染みがない。
「シェリン、俺も少し、他の屋台の買い物に行きたいんだが。あとラーメンが食べたい」
アルドさんが立ち並ぶ屋台を見に行きたいようだ。でも忙しいのでみんな、トイレ休憩や手早い差し入れの買い物以外の休憩は取れていない。他の屋台を眺めにいくだけの余裕はないと判断したのか、シェリンさんは首を横に振った。
「アルドはまだ抜けないで、先に若い子達に昼休憩させて上げてちょうだい。それとラーメンは食事休憩の時にね」
「兄上、祭りだからといって、ラーメンを食べ過ぎるのはダメですからね」
「エルンって、お兄さんの事になると、途端に口煩くなるのね」
シシリーさんはエルンくんの様子にブラコンの気配でも感じたのか、やや呆れた表情だ。
人形達は疲労がないので、固定できるところは固定で受け持ってもらい、他の作業はみんなで適宜交代しながら働いている。時間はそろそろお昼時に入って、お客さんの人数もどんどん増えていっている。行列は長くなる事はあれど、途切れる事はなかった。
そもそも俺はバイト自体が初めての経験である。屋台ってこんなに忙しいものなのかと戦々恐々だ。
このペースで夜の閉店まで体力と精神力が持つか不安だ。人混みで接客って、思ったよりずっと疲れが溜まるのが早い。基礎レベルを上げていなかったら、そろそろ音を上げていたかもしれない。
(そういえば俺、前世の記憶が戻るまでは、人混みがすっごく苦手だったな……)
人混みは今も得意ではないけれど、以前よりは遥かにマシになってきているようだ。そもそも記憶が戻る以前だったら、バイトなんて俺には無理だって、きっと申し訳なく思いつつも断っていたはずだ。もし偶然祭りに出くわしても、人混みに慄いて即座に撤退していただろう。そう考えれば、俺もそれなりに成長してきているのだろう。
「こちらは量が少なくないかね」
午後にまた、午前中に3回も来た、モノクルにシルクハットにステッキの老紳士がやってきた。いくらラーメン中毒になる兆しがあったからって、なにも一日に何度も通ってこなくてもいいだろうに。そこまでいくとアルドさん以上のラーメン中毒になりそうで、ちょっと怖いんだけど。
「こちらは屋台用に、麺の量を本来の一人前の4分の1に抑えています。お祭りでは、他の料理も合わせて食べたい人も多いですから」
シェリンさんが答えている。この人の質問に手の動きを止めないままに丁寧に答える姿は、熟練の客商売の手際を感じさせる。
「なるほど、では一度に4つ頂けるか。本来はそれで一人前なのだろう」
「はい、ラーメン4つ、承りました」
(……二時間前に3杯、食べてたのに……)
俺は内心で戦々恐々とする。
アルドさんもエルンくんの制限が入らないと、こんな食べ方をする可能性があるのか。これはインスタント麺を持ってくる時も、エルンくんに気を付けて見てもらわなければ。
お昼時間をかなり過ぎたけど、それでも行列はまったく途切れそうになかった。それで少人数で交代しつつ、食事休憩に入る事になった。
まず休憩に入ったシシリーさんとエルンくんが、食事休憩のついでに、屋台で働いている全員に飲み物と豚串を買ってきてくれた。渡辺さんが朝に差し入れたおにぎりと一緒にそれらを食べて、全員が小腹を満たす。その後少し経ってから、今度は俺と更科くんが食事休憩に出た。
俺と更科くんは、アヒルの唐揚げや、ルビーのような赤い果物……ルピルというらしい……の飴がけ、コーンスープやクレープ、牛肉の赤ワイン煮をキャベツの千切りと一緒にケバブっぽい半月状の小麦粉の入れ物に入れたものなんかを買って、やや急いで詰め込むように食べた。
量が多いかと思ったけど、働きづめで忙しかったからお腹も空いていて、全部残さず食べれてしまった。
買ったのはどれも変わっててそれぞれ美味しかったけど、ゆっくりと味わって食べている暇がなかった点は、ちょっとだけ残念かな。その後、みんな屋台に残ってる人達に差し入れしているのを思い出して、俺もそうしようと、屋台への帰りがけに、プリプリの大きなウインナーを切れ目の入った細長いバケットに挟んだホットドックの屋台で、人数分の差し入れを買って持ち帰った。
屋台の総責任者であるジジムさんは、俺の持ち帰ったホットドックと自分の屋台のラーメンをさっと手早く食べて、またすぐにラーメンを茹でる係に戻っていく。ジジムさんは長い休憩時間を取る事もなく、ほぼ立ちっぱなしで仕事の連続だ。麺を茹でる係をシェリンさんと交代している間も、補充するスープの味を調整したり、乗せる具材を裏の冷蔵機能付きのコンテナから取り出しやすい位置に並べたりと、休みなく働いている。もっとゆっくり休憩を取った方がいいんじゃないかと心配になる。
「俺は体力があるから問題ない」って言ってるけど、大丈夫だろうか。
シェリンさんは、俺達手伝いの子供組が全員休憩が終わったのを見計らって、「じゃあ、少し抜けてくるわね。帰りに一度店に戻って在庫の補充もしてくるわ。その後はジジムに長めの休憩を取らせましょう。最後にしないと本人が絶対引かないから」と言って、「ようやく休憩だ」とウキウキと出掛けていくアルドさんの後を追いかけていった。
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